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エホバの証人による輸血拒否の意味

こんにちは。 最近、エホバの証人の勧誘が私の家に訪問しました。 話を聞くと「今のキリスト教は間違っている」とのことでした。 私には輸血を禁じているエホバの証人にキリスト教の過ちを指摘すること自体が不思議でした。 そこで質問です。 (類似した質問も読みましたが私にはよく理解できませんでした) 1、聖書には「献血をしてはいけない」とは書かれていないそうですが、それではどうしてそんなに輸血拒否にこだわるのでしょうか? 「輸血すると復活できない」という部分がよくわかりません。 できるだけわかりやすく説明願いますか? 2、キリスト教はどうして多くの宗派がありながらエホバの証人だけが輸血を嫌うのでしょうか? 3、1985年に神奈川県川崎市で交通事故があり、小学生が輸血拒否のために死亡したとのことですが、この事件に付いて詳しく書かれたページがあれば紹介願います。 質問は以上の3点です。 回答願います。

質問者が選んだベストアンサー

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  • platon3
  • ベストアンサー率38% (44/115)
回答No.5

参考のURLを付けますね。 更新が遅れ気味ですが、おそらく日本語では一番詳しいサイトです。 歴史から主張まで広い範囲で書かれています。 1、輸血 彼らは、あくまでも「聖書」を基準にしています。 (実態は彼ら独自の聖書ですけど) 輸血については「輸血」そのものを聖書が禁止しているのではなく 「血を食べることを避けなさい」といった記述を拡大解釈して、 「輸血は血を自分の体内に入れるので食べることといっしょだ」といった 意味にとっています。 それが、医学上の解釈と対立してきたので(あたりまえですが)慌てて いろいろな言い訳を後付している、というのが実態でしょう。 また、「聖書の教えに背くと楽園にいけない」という基本的な方針が ありますので「復活できない(楽園にいけない)」と言われるのです。 ちなみに、輸血拒否するのは「あくまでも個人の判断」と指導されます。 教団の指導だと未信者の家族から訴えられる恐れがあるためだと 思われます。 ついでに、彼らが配っている薄い雑誌も、昔は印刷されていた「定価」 が無くなっています。税制や訪問販売法などのせいだと言われています。 当人たちは「寄付はあくまでも本人の気持ちだから」と言っています。 2、エホバの証人だけが輸血を嫌うのでしょうか? 特徴的な教義がある方が信者を獲得しやすいからだと思われます。 また、一度言ったことは簡単には引っ込められない、というのが 本当の事情だと思いますが。 例えば「終わりの時」という得意の台詞があります。 これは、聖書の文脈を勝手に解釈して「1914年に終わりの時が来る」と 「予言」したのですが(ちなみに彼らは予言などの行為は悪霊の仕業と して公式には拒否しています。)その年にちょうど第一次世界大戦が 始まったものだから、それをテコに信者を増やしました。 新興宗教はある程度既存の宗教とは違いを出さないと何を言っても 耳を貸してもらえませんから。 その後については、いつまでも「終わりの時」来ないものですから 何度も言い訳をして期限を延ばしています。 一番有名なのは「ますます光りが増してきて真実が見えてきた」と 言うのがあります。これは通訳しますと「色々あったけど、前に 言ったことが間違いだったらしい」という意味です。 3、神奈川県川崎市、小学生が輸血拒否 http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061850660/249-6697223-6354727?v=glance&n=465392 http://homepage2.nifty.com/ichikawakita/witness/shiryou.html ・大泉実成 『説得-エホバの証人と輸血拒否事件-』(講談社文庫、540円) Webではあまり詳細な情報が公開されていないようですので、書籍を お薦めします。 勝手な想像ですが、カルトからの脱出を援助するグループなども あまり細かな情報をWebで公開するのを避けているように感じます。 信者にはインターネットの利用を制限するような指導をしていますが、 教団としては「反対者の意見を研究している」のが見え見えなので。 常に論破されるのを避けるのは教団としては当然でしょうから。

参考URL:
http://www.jwic.com/home_j.htm
tauhon
質問者

お礼

詳しい回答ありがとうございました。 参考にさせていただきます。

その他の回答 (6)

回答No.7

私は未信者ですが、母がエホバの証人でそういった話も聞いたり研究に付き合ったりしました。 未経験者ゆえあまり参考にならないかもしれませんが、今まで私が調べてきた中から回答してみます。 1.「血は命であるから、他人の命を受け入れる事は許されないから。血が命である証拠に、血がなくなったら人間は死んでしまうから」と私の母は言っていました。 これは例えであり、ものみの塔冊子協会でそのように教えているのかはよく分からないのですが、「血を食べてはいけない」という聖句があるので、それを拡大解釈して「輸血はいけない」ということにしたようです。 他人の血を輸血により受け入れる事は人食いと同然であり、人食いをするという事は神の教えに背いているという事にもなるので、輸血をする=神の教えに背いた=背教者ということになり、排訴され神に滅ぼされるという最悪の結果が待っているので、断固として輸血を拒むのではないでしょうか。 2.エホバの証人(ものみの塔冊子協会)を設立した後、それを統括する統治体と呼ばれる人々がそのように教理を定めたからだと思います。 出来たばかりの頃は輸血拒否をするという教理はなかったらしく、設立した後で新たに付け加えられた教理だから他のキリスト教と違う所が多いのだと思います。 誕生日会・クリスマス・エホバの証人の教えに則る以外の冠婚葬祭の禁止・国旗掲揚、国歌斉唱、校旗掲揚、校歌斉唱時に何もしない事・柔道などの格闘技の授業不参加など、多くの宗派が存在するキリスト教の中でも、規制が事細かに決められている宗教ですので、輸血以外にもエホバの証人だけが嫌ったり禁止しているものは非常に多いと思います。(脱線してしまいました…すみません) 3.私が今まで見たサイトでは、このようなものがあります。 http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Yurinoki/4549/book2.htm 詳しく書かれたページは、探してみたのですがどれも簡単に書かれたものしか存在しませんでした。 輸血拒否は現在も続けられている教えなので、それにより命を落とす人も決して少なくなく、どちらかというと1985年の事件の事よりも輸血拒否という教理そのものについての議論が多くなされているようです。 google等で一度「大ちゃん事件」「輸血 拒否」「エホバの証人輸血拒否事件」等、様々な言葉を駆使して検索してみる事をお勧めします。 「大ちゃん事件」については、本が出版されているようなので、ネットで探すよりも図書館に行って本を探すか自分で購入して調べてみるのが、より近道になるかもしれません。

参考URL:
http://www.jwic.com/home_j.htm
  • jameskun
  • ベストアンサー率17% (123/685)
回答No.6

No.5補足致します。奴らがあまりにしつこければ、不法侵入、強要などで警察に相談する対象になるという意味です。 輸血問題については、他の方々がおっしゃるとおり、聖書の極わずかな部分だけを取り出し、歪んだ都合の良い解釈によるものと思われます。元来は直接的に『輸血は拒否れ』と言ってる教義ではないでしょう。 例えて言えば、日本人のバレンタインデーの狂った解釈(女の子が男の子にチョコを渡して告白する日)のようなものですね。 同様に最近流行り?のスピリチュアルナントカなども、教義自体には何の問題もなく極めて常識的な道徳心に満ちてますが、それをこのように歪曲して狭義の解釈をすると、トンデモないことになりそうで、私は日々心を痛めてる毎日ではあります。狂信的回教徒のテロ行為なども然りです。 何にしても両刃の剣であり、要は使う者の心掛け次第です。 参考に、ウチの会社にも『目覚めよ』と言う機関紙を宣伝に来ましたが、即刻自分が「帰れ!」と一喝してやったら恐れをなして出て行きました。長話に持ち込ませないことが大切です。 とはいえ、奴らのほとんどが何らかの問題をかかえて育ったり、立ち直れないような挫折を味わったことのある、いわば不幸な人達です。一般的な平々凡々な暮らしができなかった人達で、同情すべき点はあります。ですから、彼らのマインドコントロールの解ける日を切に望みます。(ちょっと弱気?)

tauhon
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 参考にさせていただきます。

  • ipa222
  • ベストアンサー率20% (903/4455)
回答No.4

エホバの証人は、旧約聖書をバイブルとするユダヤ教の一種です。 旧約聖書ができた当時は、羊飼いの宗教でしたから、羊を殺した血は神に捧げ、肉を人間が食べるという風習でした。 旧約聖書を一言一句信じるという宗教ですので、2000年前の羊飼いの常識を現代社会を生きるということになります。 ですから、イエスキリストは信仰の対象ではありません。信仰の対象はエホバです。つまり想像上の人物です。 逆に言うなら、イエスキリストが当時批判したリアリティのない教えを、守っている人たちとも言えます。 キリストは、書物の文字や言い伝えよりも、目の前の人の幸福を最優先する人でした。だから、キリスト個人とは相反する宗教だと思いますよ。 ですから、エホバの証人はキリスト教ではありません。 カソリックやプロテスタントの本部に聞いてみればいいですよ。キリスト教ですか?と聞くと、NOといいますから。

tauhon
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 参考にさせていただきます。 エホバの証人がユダヤ教の一種であるとは知りませんでした。 自分で確認したいと思います。

  • myeyesonly
  • ベストアンサー率36% (3818/10368)
回答No.3
tauhon
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 参考にさせていただきます。

  • patak
  • ベストアンサー率23% (108/457)
回答No.2

1.少し考えればわかることですが簡単な輸血の際には臓器移植のように細かい適合検査がない。さらに現代の地球の医学は血液中のウィルスを完全に分析できていない。血液にだってエイズウィルス以外にも子供に親から移るミュータンス菌みたいなものがないとはいえない。血液中の成分の個体差もあります。 輸血を禁じていたのは神様は原始医学では、できたらよした方がいいと教えてくださっているだけなのです。 2.原文のヘブライ語を翻訳して得た結果みたいです。   エホバの証人と聞くと、「ああ、あの輸血を拒否する人たち」という反応を示す人は少なくありません。確かに輸血、ならびに血液製剤による医学治療を避けることは、エホバの証人の教義の中でも最もユニークなものの一つと言えるでしょう。多くのキリスト教宗派、ユダヤ教などの聖書を使用する宗教の中でも、医療行為一般を拒否する小さな宗派は知られていますが、エホバの証人のように血液による治療だけを取り上げて、命がけでこれを拒否する宗教は他にありません。  しかし、エホバの証人のこのユニークな血の教えの、細かな内容を理解できる一般の人はわずかしかいません。大部分の人は、「聖書に血を食べていけないと書いてあることを文字通りに守っているだけ」と簡単に理解しています。しかし、この血の教えには複雑な聖書的理由付けと、歴史的背景があります。また、その教義も単に輸血を拒否するだけでなく、更にもっと細かい医療行為にまで及んでいるのです。  またその一方で、エホバの証人の兄弟姉妹の中には、この複雑な教えの問題点を認識し、血の教えを含むエホバの証人の教義とその組織を、より柔軟性をもったものに変えようとする内部改革の動きが、主に北アメリカと北ヨーロッパの国々で静かに広がっています。これらの兄弟姉妹たちは、現時点では表面に出ての発言は控えていますが、インターネット上で活発な運動を繰り広げています。 「ただし、血を食べてはならない。地の上に、それを水のように注ぎ出すべきである。」 確かに論理的な帰結としてそうなると言えるとしても、血を食べることを直接に禁じている命令はありません。すでに指摘したように、「血」は命の象徴として使われています。ノアは、「その魂、つまりその血を伴う肉を食べてはならない」と命じられました。何人もの聖書注解者は、この命令は主に生きた動物を食べることを禁じる命令と結論してきました。この命令は、今日の私たちにとっては不可解で馬鹿げているとさえ思えるでしょうが、しかし、アジアの一部やアフリカを旅行した者であれば、これは現在でも普通に行われている(ぞっとするような)習慣なのです。 3.検索できませんでしたが、このようなものがありました。 エホバの証人と輸血の問題 http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Yurinoki/4549/top.htm

tauhon
質問者

お礼

詳しい回答ありがとうございました。 参考にさせていただきます。

  • evianan
  • ベストアンサー率35% (48/135)
回答No.1

1、2についてですが、 ご参考になれば。

参考URL:
http://jwpc.milkcafe.to/blood09.html
tauhon
質問者

お礼

回答ありがとうございました。 参考にさせていただきます。

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