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教官との関係

はじめまして。お願いします。現在、機会学部で卒業論文に着手しています。 私の性格も関係すると思うのですが、悩みはその指導教官の言動が気になるということです。 私のゼミには同じ年の男性があと二人います。二人とも非常に優秀です。 一人は学力的に、もう一人は知識人としてとても器用で何でもつくってしまうんです。 その二人と比べられてしまうことが悩みです。 私はもともと楽天的な性格に見えるようで、よく冗談も言われます。いじられキャラなんですね。 先生はその二人に対してに「優秀だね。ほっといてもしっかりしてくれるから。」といいますが。 私に対しては「ほっておくと、ぱにくって爆発しちゃいそうだから。」といわれます。 ゼミの先輩も二人には「あの二人は本当にすごい!!俺たち抜かれちゃうよ。」といいます。 なんかそれがすごく寂しいというか、むなしいというか・・辛くて。 気にしなければいいと思うのですが、性格上、すごく人の言動が気になるんですね。 私は、加えて、とても心配性なんです。 卒論に関しても、私は寸前の一夜漬けとかが苦手なので、だいぶ前から先生にチェックを頼み、添削を受けていました。 しかし、その二人は私よりだいぶ後に出したのに、私よりもチェックも少なく、また、 「いやー君たち二人は文章もいいし、直すところないね!!」と言われていました。 すごい嫌なんですよね。そうやってゼミのときに言われることが。・・・・もともと、ほめられるのが大好きで、ほめられればなんでも頑張っちゃう性格。 小さいころはほめられたいがために頑張っていたときもありました。 そうゆうのも影響しているんですかね・・・・もう、なんかストレスで・・・・ 比べられるのが苦痛なんですね。ちょっと聞いてほしくて書いてしまいました。 コメントいただければうれしいです。

質問者が選んだベストアンサー

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  • usui323
  • ベストアンサー率35% (40/114)
回答No.4

私も高校時代に比べられて辛い思いをしました。 大学になってからは、特に比べられるということはありませんが、 すごく優秀な人がいます。 同じような卒業研究2人でしています。 当然その人はサクサクできますが、私は理解に時間がかかり、なかなか出来ないことが多いです。 もう比べるまでもありません。 同じ先生に質問に行くことがあるのですが、その人と喋っている時は 先生もとても楽しそうです。(先生も興味のある分野の研究なので) ですが、私が質問に行く時は、そうでもありません。 50点だね。といわれたこともあります。 彼に対する先生の期待と、私に対する先生の期待というものは全く違います。 私は彼ほどは期待されていません。(-_-;) そこで思いました。 「あぁ、この人は自分とは世界が違うんだな。レベルが違いすぎる。」 こう思うことで、比べられたとしても次元が違うからしょうがないやという気になります。 また、私は自分のことを馬鹿だと思っています。 高校時代からそこそこの成績はとっていましたが、でも上の人たちと比べると馬鹿です。 なので、自分は馬鹿なんだ。しょうがない。 だったら、もっと賢くなる為にがんばろう。 そういう出来る優秀な人を目標にがんばろう。 っというような気になります。 っというか、強制的にそう思い込みます(笑) 自分は自分。 「自分はそこまで出来ない」ということを認めることで、なんか肩の荷が下りたようなきになりますよ(^-^) でも頑張りすぎないでくださいね。 自分の実力以上のことをやろうとするとすごいエネルギーが必要で、疲れちゃいますから・・・。 適度に息抜きも大切ですよ(^-^)

その他の回答 (3)

  • okojochan
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回答No.3

大変そうですね。 わたしも似たような境遇でした。 でも今になってみるとその低姿勢が良かったと思います。 できるとほめられて有頂天になったとしても、 いずれは社会に出たときに誰かに鼻をへし折られます。 教官などはいわゆる社会にもまれていない人種なので ちょっと感覚がずれているところがあると思います。この人たちの評価基準はあてにしてはいけません。 卒業後の社会では貴方のようなじっくり物事をみるタイプの方が生意気じゃないのでいいと思います。 あまりにできすぎるより今のままで添削を素直にうけいれられる姿勢をもっていたほうが従順でいいと思いますよ。 いまここで差別されても、いずれは彼らも大変なときがきます。貴方みたいな従順なかたをうらやましく思うでしょう。 できない学生とあつかわれるのはとても悲しいものがありますが、できないなりに努力さえしていれば大丈夫ですよ。

  • nintai
  • ベストアンサー率31% (401/1269)
回答No.2

まぁ、気持ちはわかります。私も出来ない学生として扱われていたタイプでしたから。 しかし、私の場合はすぐに、そういった扱いをされることに対して気にならなくなりました。 それは、自分の所属の研究室の方面での就職や進路を全く考えていなかったからです。 mmadoushiさんが、『来年から大学院に進学し、M1の冬に教授推薦をもらって、トヨタかキャノンの研究職として就職したい』というのであれば、落ち込んでいるヒマはありません。一日でも早く現在の評価を覆す成果を挙げないといけないでしょう。 しかし、専攻外での就職が決まっているとか、4年で研究室とバイバイする、というのであれば、この際どうでもよくないですか? 私も中学生ぐらいまでは、ほめられるのが好きなタイプだったかもしれません。 しかし、高校に入って明らかに能力差を感じる友人たちと出会ったときに、そういったストレスについて考えるのをやめました。 それは、学校とか研究室といった狭い社会の中で与えられる評価は、それほど意味がないことに気づいたからです。 私たちは大学卒業後に社会人になるわけですが、、、本当に評価が必要なのは、そういった卒業後の職場や組織においての評価です。 視野の狭い理系の教授の気まぐれな評価など、全く意味がありません。 常に自分の将来に対して努力をしていれば、研究室でのストレスなど感じることはないでしょう。 ただし、根本的に『人と比べられるのがイヤ』という種類のストレスならば、生き方そのものを一度ゆっくりと考えた方がいいかもしれませんね~。

noname#15622
noname#15622
回答No.1

そのお二方はとても凄い人なんですね。 比べられたくないのであれば、その二人とは別のことを頑張るというのはどうでしょうか?または、なぜそんなに優秀なのか、観察してみるのはどうでしょう? 私は、その二人よりもmmadoushiさんの方が優れていることが、少なくとも一つはあると思いますよ。

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