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死って何ですか?死ぬのが怖いと思いませんか?
私は19歳の大学生です。私は死ということについてよく考えます。特に、夜寝るときとか、自分の死について考えると、眠れないくらい不安になってどうしようもなくなります。 なぜ自分がこんなことを考えてしまうのかもわかりません。特に最近死というものに直面したということもありません。 誰かが死ぬのが怖い、寂しいとはあまり思わず、この自分が、自分が死ぬということに恐怖を感じてなりません。しかも、一人でいる時にきまってこの恐怖が襲ってきます。誰かと一緒にいるとき、このような話題をしても、全然怖いとは思いません。 これは何なのでしょう?こういうこと考えるのってちょっとおかしいのでしょうか?わけがわからなくなります。・・・。 誰か私と同じようなことを感じたことある方いらっしゃいませんか?
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私は中学時代一人になって寝る時、死を考えてノイローゼ状態になりました。遠くに光が見えるけどたどり着けない。でもその光を求めて延々と階段を歩く自分の姿・・生きてるから死ぬ事考えるのは当たり前の事です。でも生きてるからこそ生きてる出来事に忙しくなり、そのうち忘れます。(笑)青春時代は恋愛、結婚したら子供とか、仕事とかともかく生きる刺激が多すぎて、でも生まれつき潜在意識には必ず死があるから そして生あるものは必ず死があるから、「死」を考えるのは必要かな・・わたしもいろいろな本を読みました。今もいつも読んでる。世界中には「死」に関する本は山ほどあります。活字の力は凄いものがあります。今は私なりの「死」に対しての考えがあります。今は全く恐くないです。この間私の大好きな母が死にました。話せばあまりにも長くなるので出来ませんが、母の遺書には「我が人生悔いはなし、幸せな人生だった!みんなありがとう・・」って書いてありました。その死に顔の美しかった事。死は美しいのかも?と錯覚しました。死について誰かとオープンに話したりするのも面白いよ。だからあなたが考えるのは、人間である証拠です。最近読んで面白かった本は池田晶子著「魂について」かな・?
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- saxphone999999
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こんにちわ。 僕も同じように19歳の頃だったか、そういった、無限とか永遠、そして死とかいう概念への恐怖を持っていた人たちの一人です。 そして今は、そういったものを考えなくなってます。 僕自身の体験から少しお話します。 今思えば、自分は無限や永遠、そして死というものが怖いわけではなくて、きっと分からないことが怖かったんじゃないかと思います。おそらく、それは自分の中で知性が芽生え始めていた証拠なのではないか、と。 19歳という年頃になると、急に色々なことが分かってくる。だから何でもかんでもわかるようにならなければ気がすまなくなってくる。そしていくら考えても分からないことまでも考え込み泥沼にはまっていったのかなあ、とね。 今の自分はそういうことは考えなくなっています。 それは、自分自身の、時間とエネルギーの無駄になることがわかっているからなんだと思います。 もし、こんな自分の言葉がveritaさんのお役に立てたらと思います。
お礼
皆様、様々な意見を聞かせてくださって本当にありがとうございました。一人一人の方にお礼を申し上げるのはちょっと大変なので、皆様に同一のお礼の文書を差し上げています。申し訳ありません。 皆様の意見を伺って、自分なりにまた考えました。しかしやはり考えても、考えても答えはでてきませんでした。しかし、分かった事もいくつかありました。ある方が、死ぬときの苦しみを思って恐怖を感じているのではないか?と指摘してくださったのですが、私の場合はそうではなく、この世から自分の存在がなくなってしまうということに恐怖を抱いているのだということに気づきました。 また、多くの方がおっしゃっていたように、そのような恐怖を感じると言う事は自分が今幸せであり、死にたくないと切に感じている証拠だと思うようになりました。確かに今、私は毎日楽しく過ごしています。ずっとこの状態が続けばと思っています。このように思えるのは本当に幸せな事だと感じております。 安心した事は私だけがこのような事について考えているのではないということ。世の中には私と同じように死について考え、思いをめぐらせている方がいるのだと思うと、なんだかすごくほっとしました。 様々な年代の方に、回答していただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
- hiremekizitugen
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死にたく無いと想うのは、正常なことです。 生き物はすべて死にたくはないでしょう。 蚊でさえも命が惜しくて飛び回っています。 産卵のために川を登ったあとに死んでいく魚も、 産卵を終える前に死にたくはないでしょう。 本能と言うのでしょうけど。 死にたく無いと想うのは、きわめて正常なことです。 自分には生きる価値があると感じている証拠です。 だから、「死にたく無いと想うのは異常だろうか」と悩んで眠れないのは、体にも悪いので、もう、やめましょう!^^ 人間は、勝手なものです。 どんなに重い病気でも「生き延びたい」と想っているかと想えば 健康なのに「死にたい」と想っていたりします。 今日のニュースで、ネットで知り合い集団自殺したのが報道されました。 「自殺をくいとめるにはどうすべきか」で悩まなければならないと想います。 それから、死の恐怖を軽減するには、他の方も仰っているように、あっという間に過ぎ行く人生の中で、人様に迷惑にならないことなら、失敗してもいいからなんでもやってみて、悔いなく笑って死ねる人生になるように、努力していくことだと想います。
お礼
皆様、様々な意見を聞かせてくださって本当にありがとうございました。一人一人の方にお礼を申し上げるのはちょっと大変なので、皆様に同一のお礼の文書を差し上げています。申し訳ありません。 皆様の意見を伺って、自分なりにまた考えました。しかしやはり考えても、考えても答えはでてきませんでした。しかし、分かった事もいくつかありました。ある方が、死ぬときの苦しみを思って恐怖を感じているのではないか?と指摘してくださったのですが、私の場合はそうではなく、この世から自分の存在がなくなってしまうということに恐怖を抱いているのだということに気づきました。 また、多くの方がおっしゃっていたように、そのような恐怖を感じると言う事は自分が今幸せであり、死にたくないと切に感じている証拠だと思うようになりました。確かに今、私は毎日楽しく過ごしています。ずっとこの状態が続けばと思っています。このように思えるのは本当に幸せな事だと感じております。 安心した事は私だけがこのような事について考えているのではないということ。世の中には私と同じように死について考え、思いをめぐらせている方がいるのだと思うと、なんだかすごくほっとしました。 様々な年代の方に、回答していただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
- tips
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こんにちは。 自分も時々考えます。 死ぬことで、たしかにさみしさや悲しさが あるとおもいますが、 生きている今、自分がこれまで経験した たのしかったことや、素敵な思い出、 美しい風景、人と共有した空間、幸せなときを リアルに想像することで、 ある程度、いつ自分が消えても、 大丈夫、それに、まだ死なない、今は生きている。 っておもえます。 自分は、小学生のときに、 なんか、自分がいつか死んでしまうことが ものすごく恐ろしくて夜寝る前に天井を 眺めながら、自分が地球上の一人の人間で、 地球はもっと広い宇宙のなかのちいさな点で、 その果てにはもっと、ひろいものがあるんだって そんなふうにかんがえて、不思議な重いような 体から、こころがはなれてしまうような へんてこな気持ちになった記憶があります。 いまでも、半年に一度ぐらい、あの感覚がきます。 そんなときは、音楽を聴いて 自分が、これまでに経験した美しいものや、 幸せなときを、リアルに手に取れるように 想像して、のりきります。
お礼
皆様、様々な意見を聞かせてくださって本当にありがとうございました。一人一人の方にお礼を申し上げるのはちょっと大変なので、皆様に同一のお礼の文書を差し上げています。申し訳ありません。 皆様の意見を伺って、自分なりにまた考えました。しかしやはり考えても、考えても答えはでてきませんでした。しかし、分かった事もいくつかありました。ある方が、死ぬときの苦しみを思って恐怖を感じているのではないか?と指摘してくださったのですが、私の場合はそうではなく、この世から自分の存在がなくなってしまうということに恐怖を抱いているのだということに気づきました。 また、多くの方がおっしゃっていたように、そのような恐怖を感じると言う事は自分が今幸せであり、死にたくないと切に感じている証拠だと思うようになりました。確かに今、私は毎日楽しく過ごしています。ずっとこの状態が続けばと思っています。このように思えるのは本当に幸せな事だと感じております。 安心した事は私だけがこのような事について考えているのではないということ。世の中には私と同じように死について考え、思いをめぐらせている方がいるのだと思うと、なんだかすごくほっとしました。 様々な年代の方に、回答していただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
具体的に「死ぬこと」の何処が怖いのか考えてみたことがありますか? そうすると「死ぬ瞬間が苦しそうだから」あたりが出てくるんじゃないかと思いますが、 実際、それだけの事なんですよ。 生きている間は死なないし、死んでしまえば苦しくないし 一度死ねばもう二度と死ぬこともないし。 つまり、注射される瞬間の痛さから“注射が怖い”と言うのと あまり変わりないように思いますよ。 もっと怖いことは世の中にいくらだってあります。 まだご質問者くらいの年齢ではそんなこともないのかもしれませんが 長く生きていると“死んだほうがどれほどラクか”と思うことはしょっちゅうです。 死ぬのが怖いと思うのは今が幸せ(と言うか、苦労がない)と言うことです。 言ってみれば「贅沢病」の一種です。 こればっかりは人生経験を重ねないと治りません。 ま、治ることがいいことなのかどうかは分かりませんが。
お礼
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- Komiker
- ベストアンサー率16% (83/518)
61歳、男性です。 ちょうどあなたと同じ年齢のころ、同じような思いをしたことを思い出しましたよ。 「 やがていつか『 自分 』が消えてしまう 」と思うと、抑えようのない恐怖感で大変でした。 今はそのような気持ちに苛まれることはありませんが、死への恐れが無くなっているわけではありませんね。 いろんな面から、死について「 解説 」することはできるでしょうが、どのような「 解説 」も、「 気持ち 」は受け入れないのではないでしょうか。 >自分が死ぬということに恐怖を感じてなりません。 その恐怖は死の「 何 」についてのものか、その感情はどこから発しているのか等、自己の内面を検べてみられてはどうでしょうか。思わぬ収穫があるかもしれませんよ。(^^)/
お礼
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- mohu
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だれも「死」に対しては、恐れを抱いています。ですから、「恐れ」のみに考えをもって行かずに、発想を変えてみてはいかがでしょうか。 ご質問の趣旨とは話が違ってしまいますが、実際自分が死んだと想定して、自分の部屋が整理出来ているか、身内には知られたくない物を処分出来ているとか、知人との約束事などが死んでしまっても済ませられるか、葬式代金とかは大丈夫かとか、こんな事を考えてみて下さい。冷静に考えれば考えるほど、おいそれと準備不足で、「死ねない」という事を痛感できるかと思いますよ。 とりあえず、「死」は突然やって来るのは確かですので、恐怖心よりも日々の生活の充実に目を向けて下さい。日々の生活の充実がなく、「死」への恐怖に慄く方が死ぬ事よりも性質が悪いと言えます。
お礼
皆様、様々な意見を聞かせてくださって本当にありがとうございました。一人一人の方にお礼を申し上げるのはちょっと大変なので、皆様に同一のお礼の文書を差し上げています。申し訳ありません。 皆様の意見を伺って、自分なりにまた考えました。しかしやはり考えても、考えても答えはでてきませんでした。しかし、分かった事もいくつかありました。ある方が、死ぬときの苦しみを思って恐怖を感じているのではないか?と指摘してくださったのですが、私の場合はそうではなく、この世から自分の存在がなくなってしまうということに恐怖を抱いているのだということに気づきました。 また、多くの方がおっしゃっていたように、そのような恐怖を感じると言う事は自分が今幸せであり、死にたくないと切に感じている証拠だと思うようになりました。確かに今、私は毎日楽しく過ごしています。ずっとこの状態が続けばと思っています。このように思えるのは本当に幸せな事だと感じております。 安心した事は私だけがこのような事について考えているのではないということ。世の中には私と同じように死について考え、思いをめぐらせている方がいるのだと思うと、なんだかすごくほっとしました。 様々な年代の方に、回答していただいて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
- kyo-sya
- ベストアンサー率31% (92/289)
私もそうですが、死を恐れない人はいないと思います。 そして、この件(なぜ人は死を恐れるのか)について 自分の考えを深めるために質問してみようかなあ・・・ と思っていたところでした。 私の考えでは・・・ 人は死を恐れるように、遺伝子に書き込まれているのではないかと思うのです。 そうでなければ、自らの命を絶つのが可能である、われわれ人類は 少しのことで簡単に自殺してしまうのではないかと思うのです。 また、病気になったときに「治りたい」という気持ちも強く持てないかもしれません。 遺伝子に書き込まれている情報には、子孫を残すことなど様々なものがありますが 基本的に、「種」を繁栄させるためのものであると思います。 つまり、遺伝子にとってその人が命を絶ってしまうことは、都合の悪いことなのです。 私がこのような考えになったのは、竹内久美子さんの著書を読んでからなのですが もし興味があればご一読ください。 人間(動物)の不思議な行動や現象について、面白い考えをされています。 また、自らの命を絶ってしまう人は ある意味極限状態にあったからだと私は考えます。 そう考えると、残された人が、自分のせいなのではないか とか どうしてあんなことを・・などと苦しめられることもないのではないかと思います。 以上、あくまでも個人の考えです。
お礼
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- E-mi
- ベストアンサー率15% (243/1523)
死ぬとどうなるか・・・この世に生まれ変わる?、生まれ変わらない?、別の世に生まれ変わる? 生まれ変わるとすると、いつ?どこで?なにとして? いつ?・・・その前に時間の概念があるのか?1秒後か?1億年後か?もっと・・・? どこで?座標の概念はあるのか?近所か?日本か?海外か?地球か?太陽系か?どこの銀河か・・・ 何として?・・・物体として生まれるのか?男?女?・・・人間?動物?植物? (例)死んだら、地球時間で1兆年後、遥か銀河の果ての星で、日陰の水辺に生殖する「カビ」みたいなものとして生まれ変わるかもしれない。・・・そしたら、隣のカビは前世に近所に住んでいたおじいさん・・・かもしれない。 (例)死んだら、別の世(天国)にエンジェルとして就職? (例)死後、生き物としては生まれ変わらず、思想だけ(魂だけ)で地球に再登場し、2~3時間でまた死ぬ? と、こんな馬鹿みたいなことを考えていました。ですから、怖いって感じとちょっと違います。
お礼
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- rikacchi31
- ベストアンサー率20% (14/68)
とてもわかります。 私も怖いです。 自分が死ぬのが怖いです。 当たり前のことですが、いつか自分が死ぬんだってことが怖いです。 そんなことをいつか、中年の方に話したことがありました。 そしたら、返ってきた答えは、「あなたはまだ若いからそんな風に思うんだ」というものでした。 私もまだ19なのでわかりませんが、あと10年20年生きていくうちに、死の恐怖というものが完全になくなるというわけではないと思いますが、薄れるというか、死に対する考え方が変わってくるんじゃないかなと思います。 でも、死について、人は考えなさすぎだと思います。 (日本人だけでしょうか!?) いつか人は必ず死ぬということは当たり前のことで、みんなわかっていて、いつか自分にも絶対絶対起こることなのに、私たちはあまり死について考えないというか、話したりもしないし、考えることから避けているという気がします。
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こんにちは。 私は、小学生の時から、時々考えます。 口癖が「もう死ぬ~」とか「死にたい!」とか暗かったんですよ。 でも、ある日、寝ようとする時に、ふと思いました。 人間は、死ぬとどうなるんだろう? 家族や友達とはもう話せないの? 寝ているみたいに、精神がなくなるの? 考えることさえ許されなくなるの? 終わりのない眠り、闇、怖い!! その時から、死について考えることさえ怖くなりました。 死について気軽に口にしなくなりました。 そうやって、人は死の重大さを知ってゆくのではないでしょうか?
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