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責任と罪悪感

仮の話ですが、 自分の過失で同僚を数名死なせて、 会社に莫大な損害を負わせても 天寿まで生き続けるのが普通の人間でしょうか? 自責の念から死を選ぶ人は例外中の例外ですか?

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  • toka
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回答No.1

 中世の日本にあった自裁ですが、記憶に残るケースでは三島由紀夫の割腹、最近で言うと保守系評論家の西部邁氏の入水がそれに近いと言えます。  三島由紀夫の場合は死を見せつけることにより日本国民に自らの覚悟を誇ったものと言えます。  西部氏の場合は晩年の著作や言動から、家族に先立たれたことや自身の健康状態の悪化から、周囲に迷惑をかけずに死にたいと願っていたということです。  寿命の残っている者が自身の意志に関わらず、周囲の雰囲気を悟って死を選ぶというのは、文化としても廃れているし、社会制度としても想定されていないことであり、現在日本では奇怪といってもいいかも知れません。  日本での自殺は死亡保険も下りないし、自身が自責の念から身を振りほどく効果しかない(それによって被害者や加害者の身内が救済されることはない)と私は思っています。  他国での安楽死は、自分がもう生きる喜びを得られないという動機に基づくものですし、戦死や自爆テロは国や他人からの命令もしくは言外の強制によるもので、いずれも自裁とは少し違うでしょう。

dw5462
質問者

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回答ありがとうございます。 大変、勉強になりました。

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