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弱肉強食

歴史の中でも基本的に弱肉強食 例えば労働組合ができたのも歴史の中では最近でしょうし。 資本主義の仕組みを採用している以上金持ちの方が生きやすい世の中、逆に言えば金がない人間は生きにくい。 (まあ日本で言えば最悪生活保護で生きてはいけるでしょうが) 100年前のエリート主義や欧米列強も「強い国」でしょうし。 例えばあるアメリカに関する本を読んだとき、「医者の集まりの場で清掃の人が倒れても誰も助けなかった。なぜなら支払い能力がないから助けても意味がない」というような記述がありました。 まあ流石にこのインターネット時代で顔や名前を出して言う人は少ないでしょうが… 結局、古代だろうが中世だろうが現代だろうがいつの時代も人間社会=弱肉強食でしょうか。

みんなの回答

回答No.3

a) 社会が弱肉強食なら、あなたもそれに迎合するのでしょうか? 本当に善を求めるなら、迎合せずに社会と戦って下さいよ。

回答No.2

 確かに弱肉強食社会のことを考えていて、1割の高所得者と残りの中~低所得者になるのかもしれませんが、実際サバンナの弱肉強食では、多くの草食動物は何とか肉食動物の餌食にならなければ、あとはそこら中に生えている草を食べて生きていける、楽そうな食生活です。      一方肉食動物は、必死で動く獲物を捕まえないといけない食生活はどんなものか、世界には沢山獲物がいるのでそう苦労しないのか、やはり動くものを捕まえるのはそうとう大変なのか、経営者なんかも明日の経営を日々考えることなどそうとう大変なのかどうか、ちょっと想像がつきません。  ウクライナ戦争も弱肉強食世界ですが、ウクライナもがんがん対等にロシアを攻撃すればいいのにと思うと、そうかロシアには核兵器があるからできないんだと。  やはり人生武器を持つことが必要で、持たない者、替えがきく者はなかなか成功しない(格差)、強い武器を持っている人だけが成功している感じですが、弱肉強食後の世界は、弱国のウクライナが戦争に勝つために日々戦っていることと何か関連するのかもしれません。長年の研究なんかもそうですね。

  • head1192
  • ベストアンサー率20% (159/779)
回答No.1

小麦法は今から2千年以上前の施策である

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