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部落問題って

はじめまして、僕は最近授業で差別問題のテーマで部落問題という問題があると聞きました。少し調べたりしたのですが、なにが原因なのかとか誰が悪いのかとか、結局よくわかりませんでした。詳しい方がいればぜひ教えてください。簡単にこうですと言えることではないと思いますがお願いします。最後に、単なる興味本位とかではありません。差別なんて絶対あってはだめだと思います、でもやっぱりいろんなとこでまだあると思います。少しでも理解して、差別なんて減らしていけたらと思ってるのです、よろしくお願いします。

  • musie
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  • ベストアンサー
  • n_kaname
  • ベストアンサー率22% (694/3099)
回答No.7

わたしも知ったのは高校生の時だったかな。結構ショックでした。 これはすごく根っこが深い問題です。 下でも出たとおり、動物の解体や革製品の加工を行っていた人が起源なのですが、動物を解体する時って臭いが凄いんです。だから町中ではなく、外れの方で仕事をすることになります。 そうするとみんなそこに定住してしまう。 次第に町に住む人々は、動物の悲鳴が聞こえて、臭いが凄い場所に、固まって住んでいる人を恐れていきます。 江戸時代に入り、士農工商という身分制度が確立したとき、それより下の身分に「えた・ひにん」としてその人たちを置きました。ひにんとは非人と書きます。士農工商以外の人たちは人ではないと言っているのです。 そうやって理由もないのに迫害され続けたものが今日まで残っているのが部落差別です。 何故こんな制度を作ったか。それは士農工商の身分制度に関係があります。農が2番目に来ているのは貧しくても身分の上では2番目にすることで、幕府に対する反発を防ぐためでした。それと同じように一番下の商人には、まだ自分より下がいるんだ、ということで納得させたのです。 また、アイヌや朝鮮人なども自分たちとは違った民族と言うことで不当にみな恐れて迫害してきた過去があります。この辺りも同和問題として合わせて考えて良いと思います。 だから差別される側には何ら落ち度はないのです。悪いのは間違った制度から目を反らし、意味もなく恐れていた人、全てです。 臭い物にふたをするのでも、ただ間違っているからなくせというのでもなく、ちゃんとその背景を知りそしてなくして行くことが大事だと思ってます。 同和問題については住井すゑさんの小説「橋のない川」を読んでみるとすごーく、ためになりますよ(映画にもなっているので、こちらも良いと思います)←ただしかなりナーバスになってしまいます・・・(苦笑)

musie
質問者

お礼

「橋のない川」、どこかで聞いた覚えがあります。 これを機に読んでみますね。 みなさんのたくさんの意見を聞いて、やはり一筋縄では行かないものだと改めて思いました。確かにそういう昔の名残で今も差別が続いているというのは、いけないし、ただNo7さんの言うように、「動物の悲鳴が聞こえて、臭いが凄い場所に、固まって住んでいる人」がいたら避けるかも知れないという本音もあります。どちらに転んでもおかしくないんだなあ、という思いでいっぱいです。ただ平等も行き過ぎると、幼稚園で園児が手をつないでいっせいにゴールするとか(直接は関係ないですけど)、本末転倒な極論に至るときがあって、やはり難しい・・・。いろんな立場の人がいて、それぞれの意見を主張する。折り合わないのは当然ですよね。今回、みなさんに質問できたこと、大変プラスになりました。なにも知らない僕に親切に教えてくださって本当にありがとうございました。ここからは自分で知って行きたいと思います。

その他の回答 (6)

  • 0913
  • ベストアンサー率24% (738/3035)
回答No.6

私は、日本人の「人権意識」がゆがんでいたことの証であると思います。 確かに、よそのどの国でも、この類の差別は起こったことがないということがあります。 過去の歴史は消せないものであり、その上に私たちの現在が築かれているので、先人たちの流した血と汗を闇に葬ることは出来ませんが、今の私たちに出来ることは、1人でも多くの人が「人権」を正しく理解し、憲法の理念を具現化していくことだと思います。 今、憲法第9条やその他の条項を「見直す」と言いつつ改憲する動きがありますが、そのこと自体、世界に誇れる憲法に記された基本的人権を裏切る行為だと思います。 過去の歴史の中で、いったい誰がどのような立場から「差別」を生み出させ、権力の保持に役立てようとしたのか。そのような観点から学習することは有意義と思いますが、特定の団体の中で「教育」されているものは、逆差別を増大させ、人間同士の連帯を分断する動きにつながる可能性があり、大変危険なものと言わざるを得ません。 そのようなことからも、「部落問題」だけを取り立てて特別な枠を設け論議する近代人権教育はゆがんでいると思います。 ご相談者様は、学校の中での学習であり、教師の指導いかんでどちら側の学習に進むかわかりませんが、私の持論は、「部落問題」は、「人権学習」の中の一カテゴリーであり、正しい人権意識を培うことが一番重要だと思います。

musie
質問者

お礼

はい、ありがとうございます。 正しい人権意識って難しいですよね。 こういう問題になるとなんかぎくしゃくしだしたりして、 友達なんかにも冷静に話しできる人が少ないんですよ。 あくまで、僕はフラットに、冷静に取り組んで行こうと思います。

  • syamon9
  • ベストアンサー率26% (24/90)
回答No.5

NO.4の方へのお礼欄を見て気になったのでちょっと。 >動物解体という特殊な仕事をする人たちを集めだしたところから始まったともあるのですが。 結局社会的弱者が生き残っていくためには人のやらない(嫌がる)事をやらなくてはならないのです。 >諸説あるということですかね? >歴史に事実は一つだと思うのですがどうなのでしょうか? 歴史は切り口によってどうにでも解釈できます。たとえば君が友人に殴られたら殴られた事実はひとつですが、その理由となると殴った友人は出会った時までいくつでもさかのぼる事が可能です。 >そんなにあやふやなものなんですか、この問題は。 削除対象になる恐れがあるので、あまりはっきりとは書けません。ゆえにあやふやな印象をもたれる程度の説明しか出来ないのです。 君の思っている事は正しいです。その考えを全うするためにもネットなどではなく、近くの図書館で調べてみてください。

musie
質問者

お礼

ありがとうございます、言われるとおりここからは自分で調べていこうと思います。これ以上みなさんに頼るのも自主性がない気がしますので。

  • Heads
  • ベストアンサー率22% (10/45)
回答No.4

こんにちわ。 聞きかじった知識で申し訳ないのですが・・・ 部落は、すなわち民族問題なのですね。 被差別部落の人たちは、旧石器時代の日本の先住民です。 そして、私たち一般の日本人(大和人)は縄文~弥生期に大陸より稲作・土器・磨製石器・金属器などの高い知能文明を伴って来た弥生人の子孫たちです。 天皇・大和朝廷も、弥生人のトップと言えるでしょう。 そして、弥生人たち(大和人)は原始先住民から自らの地位を守るために、かれらを不可触民として、集落を分離し、差別しました。これが賤民です。 そして、賤民→川原者→穢多民→被差別部落民→現在の同和地区 ・・・ となり、現在まで「部落問題」と形を変えて日本に続く原始民問題すなわち民族問題となってしまうのです。 そして、悪いことに、それを利用して逆に暴利をむさぼったりすることが多かったために、日本人たちの感情を逆なでしているのが実情で、それがかえってこの差別問題の根を深くしてしまってるのが現状と言えるでしょう。。。 難しいかなぁ・・・ 簡単に言えば、イギリス(Gブリテン)でいえば、原始先住民:ケルト人とバイキング:ノルマン人との関係や、インドで言えば、原始インド原住民とアーリア人の関係と似てるのではないでしょうか。 インドの、カースト制度も、アーリア人が上位~中位に、古代インド人が下位・不可触民に分離し、差別することで成り立った制度なんですよね・・・ 歴史的にも、かなり類似性が高い、このカースト制度を頭に浮かべると分かりやすいのではないでしょうか。 同様のものは、世界のほとんどの地域で見られますね。(原始先住民が賤民とされてきた例は、世界のほとんどの地域に見られます。が、いわゆるインディアンやインディオやアボリジニーやアイヌなどの、「先住民問題」とはまた別のものとされます。) 外国人に説明するときも、この説明(すぐ上の段落の・・・)の仕方が一番分かりやすくわかってもらえるので、このように説明していますが、どうでしょうか?

musie
質問者

お礼

なるほどー。 ちょっとわかった気がします。 でも過去のスレッドとか見てると、動物解体という特殊な仕事をする人たちを集めだしたところから始まったともあるのですが。諸説あるということですかね?でも歴史に事実は一つだと思うのですがどうなのでしょうか?そんなにあやふやなものなんですか、この問題は。

  • tenshin
  • ベストアンサー率23% (61/263)
回答No.3

私が父から聞いた話では、大昔、流れ者などが集まってできた集落と聞きました。 時代は流れ、現在の方たちはもちろん罪人でもなんでもなく普通の人たちです。先祖なんて関係ないと思います。 ですが、まだ完全に部落への差別は消えていません。 過去に、 一人一人はいい人でも、何か問題が発生した時に集団で寄ってくる  という事もあったらしいです。ですから、あまり深いつきあいは…という方も中にはいらっしゃるようです。ですが、今ではそんな事はめったにないですよね。個人個人が良い人なら私はご先祖様が何してようが関係ないと思います。現に部落出の人が一番の大親友です。でも、その子は知り合って10年以上経ってからやっとそのことを私に話しました。その事が原因で仲が悪くなったり、そういう偏見の目で見られるのが恐かったらしいです。当事者はかなり周りの目をきにしているようです。 私は学校で部落問題を教えるのは大反対なんです。 なぜなら、知らない人までが部落の存在を知り新たな偏見を生むからです。私自身、学校で習うまで存在すらしりませんでした。実際の部落の子供も、自分の目の前でそんな授業がされたらいい気しないと思います。今はそんなに差別がひどいということはないので、教えなかったら自然に消えていく問題なのになぁ…とずっと思っていました。 父から教えてもらった話ですがさほど興味がないので、間違いでしたら、ごめんなさい。

musie
質問者

お礼

流れ者っていうのは抽象表現としてですか? それともほんとにどっかから誰かが流れてきたんですか? そこがわからないと・・・。

  • timeup
  • ベストアンサー率30% (3827/12654)
回答No.2

私見です。 自然界では生物って弱肉強食ですよね。常に自分が強い立場のグループに成ろう・行こうとしています。 で、そういう性格・性質が有る動物・・・特に考える事の出来る人間の集団を纏めて、更に支配するためには其の性質を利用するのが手っ取り早いと支配者は考えたわけです。 ある程度のルールを決めた社会集団でも自分が一番弱い立場には居たくない庶民の不満を抑えるために、支配階級は「お前たちより、更に低い段階のものがいる。お前たちはそれを苛めて差別して鬱憤を晴らせ」という事だと私は理解しています。 それが、長年月続き、そこで元々の性格・性質を出していたので、他の面でもそれが当たり前になってきました。 アジアの某国が、日本を悪者にして、国内を統一するのも同じ手法です。 宗教団体が、悪いと言う相手を決め手、自分たちの団体を結束させるのも同じです。 >差別なんて減らしていけたらと ⇒自分に直接の被害の無い「余裕」のある場合は、出来るのですが、イザと成ったときにもそれが出来るのは「聖人君子」だけでしょう。 と言っても、貴君のすることが無駄と言うわけでは有りません。 立派なことだとは思いますが、偽善にならないように自分の精神を高めましょう。(^'^)

musie
質問者

お礼

もちろん偽善ではなく、あくまでフラットな気持ちで言ってるのです。ありがとうございました。

回答No.1

つい最近、このような議論もありました。 先ずは御参考まで。

参考URL:
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=679132
musie
質問者

お礼

ありがとうございます。読んでみました。 ただそもそも何なのかがよくわからないのです。 僕は大阪に住んでいます。 あまり適切ではなかったら、お答えはいりませんので。 ただ、知らなければ問題にもならないという考えでは、知った場合(僕のように)にはどうしましょう? できるだけ知って、理解して減らそうとしてる人にも教えてもらえないのですかね。あまり文が上手くなくて、言いたいことが伝わってるか心配ですが、親切に答えてくださると嬉しいです(大阪・18歳)

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