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「一期一会」という言葉が好きではないのですが皆さん

「一期一会」という言葉が好きではないのですが皆さんは一期一会と言われると嬉しいものなのですか? 1つの出会い出会いを大切にしようという誰が考えた意味だと思いますが、一期一会と言われると一回きりの出会いなのねと少し寂しい気持ちになります。 この一期一会っていう言葉ってそんな来世にも残り続ける美しい日本語だと思いますか? 私は嫌いです。一期一会に変わる素晴らしい日本語を教えてください。 名刺に一期一会と書道で書いている人の気が知れない。

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  • mon205
  • ベストアンサー率31% (139/441)
回答No.5

なるほど、良い質問ですね^^。 >一期一会と言われると嬉しいものなのですか? 別に「嬉しい」わけではないけれど・・・ アナタが、好きではない理由も、なんとなく頷けます。 どんな言葉も解釈の仕様。 人生、何年生きられるか、何が起きるか、誰にも解りません。 明日も、今日と同じ一日とは限らない。 >一回きりの出会いなのねと少し寂しい気持ちになります。 どんなに互いが「また会いたい」と思っても、 それぞれに、何が起こるかわかりませんから、二度と会えない可能性もある。 >名刺に一期一会と書道で書いている人の気が知れない。 これは、おそらく、アナタ自身が「一度きりなのね」と感じてしまうから、相手のソレも「同じ」と解釈しての・・・気が知れない。ですね^^。 A 「私は、どんな出会いも大切に思っていますよ」 B 「私は、この出会いは、これきり。と思っていますよ」 私なら、Aの解釈をしますが、 Bの解釈をする人も居るのだなぁ~と勉強になりました。 【袖すり合うも他生の縁】 私は、この言葉が好きです。 >私は嫌いです。一期一会に変わる素晴らしい日本語を教えてください。 生きていれば、嫌いだったものが好きに変わる瞬間が来る。 活きていれば、素晴らしい日本語に、出会える。いつでも。 こんな風に、見ず知らずの方の何気ない質問から、 また一つ、勉強になった事、感謝しています^^ありがとう♪

gasshop2017
質問者

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  • hue2011
  • ベストアンサー率38% (2800/7250)
回答No.10

解釈が違います。 一期一会というのを言ったのは千利休で、お茶をたてて飲むとき、というのは茶道の話ですが、主人が抹茶を杓で茶碗に入れ、釜からお湯を注ぎ、丁寧にまぜ泡を立て、適切なところで茶筅をヨコに立て、客の前に置く。その茶碗を客が両手で受け取り、3回横に回す。これは正面にあたるところに自分の顔を持ってくるためです。そしてお茶をいただき、「結構なお点前でした」とお礼をいい、頭を下げることを言います。ここまでは驚くことではありません。 そもそも茶室というのは小さい四角い穴のようなところから頭を入れて入るんですが、これをにじり口といいます。なぜそんな不自由なことをするかというと、入室者は必ず頭を下げて入らなければならず、刀を差していたら入れないためです。 つまり茶室に入ることで相手に命を預けるんです。信頼の表現です。入った途端主人が斬りつけてきたら必ず死にます。それを承知で入るんです。 ですから茶室でお茶をたてるから来てくれ、というのは極めて重大な依頼なんです。信長や秀吉が茶室に入るときは、必ずなにか重大な話をしたいときに限ります。 お茶をよばれるというのはそれだけの覚悟が必要なので一つの命のなかでたった一回の出会いだと思う必要があるぞ、というのが「一期一会」です。 井伊直弼なんかはにじりぐちのないようなところでお茶をたてて出しましたけど、怪しい危ない政策実行時には必ずお茶をたてました。 一度天璋院がそれこそ生涯たった一度井伊の屋敷でお茶を呼ばれたんですが、このときに何を話したかは分かりません。しかしその翌日だったか数日後、井伊は桜田門外で斬殺され、クビが宙を飛びました。まさに一期一会なんです。天璋院以外何を語ったか知るものはないんです。 この意味の言葉の別の日本語は私は知りません。それだけ研ぎ澄まされた言葉なので。

  • Dr_Hyper
  • ベストアンサー率41% (2482/6031)
回答No.9

松岡修造が,「この一球は絶対無二の一球なり」という言葉を使ったことをご存じでしょうか。初代全日本チャンピオンである故福田雅之助翁が言った言葉でテニス界では名言とされています。 「一期一会」も意味としては同じところがあります。 いまこのボールを打つ状態は物理的に考えても二度と同じ事はありません。 まったく同じ位置から同じ設定,同じ相手にしても,すでに数秒はズレてしまいます。その瞬間のメンタリティー,思考全てを一緒にすることはできないのです。同じ設定にしようとしたじ点で気持ちが変化するのは当然ですよね? だから,ただ今はこの一球に全ての思いと願いと気力を込めて打とうじゃないか。そういった気持ちが込められた言葉だと思います。 すでにご存じのように, 井伊直弼(1815年~1860年)は、自身の著書『茶湯一会集』にてこの言葉を残しているのですが, 「そもそも茶湯の交会は一期一会といひて、たとえば、幾度おなじ主客交会するとも、 今日の会にふたたびかへらざる事を思へば、実に我一世一度の会なり、去るにより、 主人は万事に心を配り、いささかも粗末なきやう 〔中略〕 実意を以て交わるべきなり、是を一期一会といふ」 (何度も同じ人と茶会で同席することがあるとしても、この茶会は一生にその日ただ一度のこと。 二度と同じ時に戻ることはできないのだから心を尽くしてもてなさなければならない) と述べています。つまり毎日顔を合わせる友人や家族や仕事仲間であっても、 言葉を交わすその一瞬一瞬は「一期一会」である。 相手を思いやり、出逢えたことに感謝をしなさい。というような意味なのです。 人との出会いや付き合いも,この先二度と会えなくなってしまうかも知れない。 今日はこの程度だけど明日また美味しいまんじゅうをお出しすれば良い。明日の方がもっと湯加減が上手くできるかも知れないけど,今日はこの程度で。 でもこの世の中何が起こるかわかりません。もしあなたが適当に振る舞った次の日相手が死んでしまったら,次の日に用意したまんじゅうと,最高の湯加減のお茶はだれにも飲まれることはありません。 あなたとの出会いにたいして,今できる最高のことをしたいのです。 次に会ったときには,その時にできる最高のことをする事を約束します。 それが一期一会。常に最高の思いやりをもってあなたと接したい。 あなたの解釈としてはどちらかというと「これきりだから今日は最高にしておく。つまり今日は最後だからおまけしておくね。」という受け取り方をされているみたいで,それだと解釈が間違っています。 ですが,あなたがその言葉を聞いてどうしても二度と出会えないと感じてしまうのであれば,解釈が違うといっても鵜呑みはできないでしょう。 似た言葉に一瞬懸命 といった言葉があります,一生懸命にと言われてもだらだら長い時間を出されるよりも,今この瞬間に最大限のことをしますという意味ですが。人付き合いもあなたにベストを尽くします。と解釈されビジネスの場には時々用いられる標語かと思います。

  • msMike
  • ベストアンサー率20% (363/1775)
回答No.8

》 私は嫌いです それで構わないですよ、貴方の解釈の正誤に関係なく、それは個人の好みなので。

回答No.7

>一期一会と言われると嬉しいものなのですか? 嬉しいとも何とも思いません。 >誰が考えた意味だと思いますが 千利休がお茶の心得として言い残した言葉だとされています。 お茶を飲むのは中国から伝わった習慣ですがこれを「茶道」などというものにしたのは日本人です。 中国の人達は過去も現在もお茶の味や香りを楽しんだり飲む場所を選んだりはしますが、お茶を入れたり飲んだりする所作を儀式化することはありません。 所作を儀式化したり人生訓のような理由付けをして「道」と呼ぶのは日本人特有の文化です。 茶道の他に華道、書道などがありました。 刀や組み討ちを実用的に必用とされていた江戸時代までは剣道、柔道などという言葉はありませんでした。 実用的な意味が薄れた明治以降に生まれました。 千利休の思想というか考え方は仏教に由来します。 仏教ではあらゆる事物は「縁」によって成り立っていて独自に孤立して存在するものは無いとされています。 「一期一会」というのは狭い茶室の中で出会うのも何かの縁によるものでその縁を大切にしろという意味が込められています。 >この一期一会っていう言葉ってそんな来世にも残り続ける美しい日本語だと思いますか? 美しいかどうかは知りませんが茶道というお稽古事が残る限り残り続けるでしょう。 >一期一会に変わる素晴らしい日本語を教えてください。 代わるかどうかは分かりませんが今を大切にしろという意味であれば親鸞が詠んだと言われる和歌に 「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」 | というのがあります。 意味するところは違いますが今を大切にしろというということであれば新約聖書のマタイ伝に 「あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう」 という言葉があります。 同じ人と二度と合うことがないのが世の常だというような意味であれば 「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」 という言葉があります。 >名刺に一期一会と書道で書いている人の気が知れない。 気が知れないで済めば良いですが、あらぬ誤解を生んで相手を怒らせるだけでしょう。

  • skp026
  • ベストアンサー率45% (1011/2238)
回答No.6

一日千秋なんて言葉は、私は好きです。 素晴らしいかどうかは分かりません。 参考にならなかったらごめんなさい。 ※ 一期一会について。 私が知っている一期一会は、この瞬間を大切にする という意味だと思っています。 例えば、同じ人や場所などだとしても、 中学生のときに会ったとき、高校生のとき、 大学生、社会人、そう年期、老年期と、 みずからの立場や体は移り変わっていきますから、 「いまの自分にとっては一度きりの出会い」という考えは、 間違いではないと思うからです。 あと、現代と違って、昔は簡単に人が死にました。 足の小さな傷から病原体が体に入り亡くなるなど、 ほんとうに身近に死があったのです。 だからこそ、もう会えないかもしれないかもしれないから、 一期一会として、この瞬間の出会いを大切にするという 考えで使われた言葉です。 現代はスマホでつながることが出来ますし、 足の小さな傷で亡くなることは、ほぼ無いと思いますから、 一期一会という言葉は、イメージしにくくなっています。 でも、必ず終わりはあるものです。 なにかを失った悲しみや苦しみの経験があると、 一期一会の意味がしみてくるかもしれません。 >>一期一会と言われると嬉しいものなのですか? えっと、私は一期一会って言葉を使われた印象はないです。 使ったことも、使うつもりも無いです。 使われたとしても、「なにいってんだこの人」になります。 なぜかと言うと、一期一会って心構えみたなものです。 2度と会えないかもしれないなら、 愛しているなら、愛してます。 好きなら、好きです。 大切なら、大切です。 という言葉のほうが相応しく、一期一会の意味に合います。

  • satouenn
  • ベストアンサー率13% (276/2055)
回答No.4

私は嫌いじゃありません。 ともすると何事にもぼーっと過ごしがちになってしまう日常で「おっと、一期一会」とちょっと身が引き締まるというか。 一期一会の類義語としては巡り合いとか出会いとかがあるみたいですが、こちらはいかがですか?

  • house112
  • ベストアンサー率22% (11/50)
回答No.3

一期一会を検索すればいい、貴方の言っている事が的外れだと分かる。

  • eroero4649
  • ベストアンサー率31% (10479/32964)
回答No.2

私は女性とデートをするとき、いつも「一期一会」の気持ちで会うようにしています。どういうことかというと「今日が最後のデートになるかもしれない」という気持ちを心のどこかに持つのです。 「だから、今日のデートに悔いを残さないようにしよう」と思っているのです。男と女の関係なんて儚いもので、「次のデートで告白しよう」と思っていたらその次がなかったなんてことはよくあります。女性との出会いは「次がある」なんて思わないほうがいいのです。 「今日が会えるのが最後になるのかもしれない」と思えば、今日という日を大切にしようと思うようになるかなと思います。 もちろん、人生観はそれぞれですから、質問者さんの見解を否定するものではありません。若いうちはいいんですよ。出会いが未来に沢山ありますから。でも、ある年齢を過ぎると、出会いより別れのほうが多くなってくるのです。

回答No.1

「語源はなんだろう? 仏教語かな?」と思って調べたら,Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%9C%9F%E4%B8%80%E4%BC%9A に ーーーーーーーーーーー引用 一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する ーーーーーーーーーーーー とありました。私個人は,直感的に嫌ってきた言葉ですが,やはりこんな「えせ哲学」が背後に潜んでいましたか。 しかし,同趣意のことは,自分自身も授業中に学生に言います。 「おれの講義は,在学中に一回こっきりだからな。おなじネタを,あれこれの科目で使い回しはしないよ。教務システム上に講義要録をアプロードしたりもしない。いっぺんで覚えろ。落語の修行ではこれを『いっぺん稽古』というんだ。じゃあ・・・」 つまり,「●●中に一回こっきり」が私の用語です。

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