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科学技術の進歩はインフレを解消できるか

staratrasの回答

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  • staratras
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回答No.3

 確かにパソコンやデジカメのような製品は、10年前、20年前と比較して「高性能で低価格化」になっていますが、このことと「デフレかインフレか」ということの関係はそれほど単純ではありません。  日本(当初は東京のみ)でテレビ放送(白黒)が始まったのは今から64年前の1953年ですが、当時の白黒テレビ受信機は非常に高価で、真空管が20本程度使用された17インチサイズの製品が1台20万円前後でした。その後技術革新とテレビ放送網の拡大による重要増加に伴って、価格はどんどん下落し、7年後の1960年にソニーから発売された最初のトランジスタ式白黒テレビ(23石・19ダイオード)は8インチで約7万円となり、12年後の1965年にはカラーテレビが1インチ1万円(14インチで14万円)の時代になりました。「高性能で低価格化」は昔からあったのです。  しかしこの間日本経済はごく一時期を除けばずっと高度成長を続けていて、こうした一部の工業製品を除けば物価が上昇するインフレ時代でした。  20年前はインターネットに接続するにはパソコンが必須で、今から考えると恐ろしく低機能の製品でさえ20万円以上しました。通勤・通学途中に電話をかけるには携帯電話が、音楽を聞くには携帯型の音楽プレーヤーが、ある程度まともな写真を撮るにはカメラがそれぞれ必要でした。  ところが現在ではこれらのことはスマートフォン1台で済んでしまいます。これは1950-60年代にテレビの価格が下落したのとは異なり、ほかの商品の需要も減少させていますのでこれだけを見れば、技術革新がデフレーションを助長させているとも考えられます。  しかし一方では、ネット社会の発達・スマホの普及はインターネット通販など、従来にない業種や企業の発展をもたらし、SNS関連も含め新興の巨大企業をも誕生させています。またこうした技術革新は日本だけでなく、世界中で進行しているにもかかわらず、すべての国がデフレになっているわけではなく、インフレ傾向にある国の方が多いでしょう。問題は複雑であり、単純な法則で割り切れるものではなさそうです。

kaitara1
質問者

お礼

技術が進歩して価格が安くなるとかえって経済のためにならないというのは人より金のほうが大切という本末転倒的な(現在はむしろこれが常識なのでしょうか)考えかたかなとも思えました。

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