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韓国は日本帝国主義の被害国ですか?
staratrasの回答
- staratras
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「日本帝国主義の被害」を受けたと言えるのは、日本統治時代の朝鮮の人たちです。これは別に戦後になってかの国の人たちだけが言い出したことではなく、日本統治時代の日本人の中にも、日本の朝鮮統治のあり方について異議を唱えた勇気ある人がいました。 例えば民本主義で知られる東京帝国大学教授の吉野作造は「三・一独立運動」直後の1919年6月、黎明会での講演の中で、「1.朝鮮人に対する差別的待遇の撤廃(特に教育の不平等と官吏採用・昇進上の不公平)、2.武人政治の撤廃、3.いわゆる同化政策の抛棄、4.言論の自由の付与」を要望しています。(「三・一運動論」東洋文庫『中国・朝鮮論』所収) この中の一部、例えば「武人政治の撤廃」については、その後「現役軍人に限られていた朝鮮総督の資格を文官にも拡大したり憲兵警察を廃止したりするなど若干の改善もなされている」ことからも分かるように、当時の日本政府(原敬内閣)も韓国併合後の朝鮮統治のあり方に問題があることは理解していました。 このような、当時行われた講演の記録や新聞・雑誌記事などには、日本の朝鮮統治の実態が具体的に記されていて、「日本はかの国の人たちに乞われて韓国を日本に併合して善政を敷いたのであって、感謝されることはあっても、恨まれるいわれはない」と言うような昨今の一部の言説は、皮相の見に過ぎないことがよくわかると回答者は考えます。
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>「日本はかの国の人たちに乞われて韓国を日本に併合して善政を敷いたのであって、感謝されることはあっても、恨まれるいわれはない」と言うような昨今の一部の言説は、皮相の見に過ぎないことがよくわかると回答者は考えます。 ご回答ありがとうございました。 以下は日本が行った朝鮮統治の実績です。 <封建的諸制度、因習の廃止・禁止> ・身分制度とそれに伴う特権や差別の廃止 (身分制度廃止令は併合前だが、実際は後) 奴婢の解放 (人口の30%) 両班の特権廃止 女性の解放(名前を奨め、再婚を許可) 衣服の自由化、瓦屋根や二階建て以上の家屋の制限を撤廃 ・因習の廃止 人身売買の禁止 宦官(睾丸の腐割)の禁止 纏足の禁止 少女を妓生とすることを禁止 呪術的医療の禁止(朝鮮巫術の禁止 <近代的経済法制の導入> ・私有財産の保障(所有権制度の整備) ・土地測量と地籍の確定 (墳墓など0.05%位が未申告地として残った) ・近代的企業制度と商法の確立 ・通貨制度の整備 ・度量衡の統一 <近代的社会制度の導入> ・罪刑法定主義を徹底(私刑の禁止) ・残虐刑を廃止 ・行政の単位をそれまでの一族から、家族(氏)に規定(これが創氏の目的) ・家長の権限を制限 ・地方の行政長や議員の選挙による選出 <教育・医療の近代化と普及> ・小学校5,000校以上、大学など1000校以上を建設 ・ハングルの整備と普及 ・西洋医学や衛生思想の普及、疫病の防除と罹患者の隔離、医療施設の整備 <社会基盤の整備> ・道路、橋、鉄道(4000km)、港湾の整備、電源開発 ・治水事業による耕地拡大と農業の近代化 ・大規模な植林(6億本) ・1920・30年代GDP平均成長率4%(1920年代の世界経済は2%以下、日本は3%強) ・1人当り国民所得が1910年の40ドルから倍増 ・日本資本の大量流入(統治期間総額で80億ドル)による通信、運輸、都市の発達 ・耕作地の拡大(246万町から449万町まで) ・米の反当り収穫量が0.5石から1.5石まで3倍増 ・農産物、工業製品の輸出の急増 (内地で半島米の輸入反対運動が起こった程) ・人口が1300万人から2600万人に増加 ・平均寿命が24歳から56歳に ・識字率が61%を超えた(1944年時、併合時は4%程度と推定されている)