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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:1か0の考え方しかできない人?)

1か0の考え方しかできない人?

このQ&Aのポイント
  • 日本人の考え方について、1か0の判断基準が不可解であることについての質問です。
  • 日本人の友人達は、度合いの考え方がなく、1か0の判断基準で話し合う傾向があると感じます。
  • 人工甘味料やワタミのブラック企業疑惑、ガンの治療法について、量や確率の視点が欠如していると考えます。

質問者が選んだベストアンサー

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noname#207138
noname#207138
回答No.4

こんにちは。 質問文を拝見していてお若い方かな?と思いましたがお間違いありませんでしょうか? 20代前半位? もしあなたが20代前半位であるならば、まだ社会に出て自分の意志で真剣に物事と向き合わなくても良い学生マインドが抜けていない人達との会話とはそんなものだと思います。 社会人になって大分経ってもそういう人は居る位ですから、20代前半なら当然といえば当然です。 また、日本人は表面的な付き合いしか出来ない人も多く、故に発言内容も表面的。 とりあえず体裁を整えておく程度の付き合いしか出来ない人も増えてきているので、体裁を整えるだけの会話に真剣に思考する訳も無く、故に0か100かトークが出来上がります。 手っ取り早く会話のリズムを作れるし、快活な気分になれるし、故に面白い気分になれるというのはあるのではないでしょうか。 別の視点から見ると「心ここにあらず」状態で喋っているとも言えます。 つまり中身が無いのです。 日本人は右へ倣えの民族とよく言われますが、能力主義が強くなっているとは言えまだまだ右へ倣え民族です。 物事を真剣に考えれば意見の衝突なども増え、その後始末やら何やらも増えます。 そうした事をこなす事が苦手なんだと思います。 そういうスキルが育つ環境があまりありませんから。 仰る通り危険な事です。 でも、子供にいきなりオートバイを運転させるのは危険です。 先ず教習所に通わせないと事故による死傷者が多発するでしょう。 先ず、0か100かトークを作り出している原因を洞察し、原因が分かったらそれに対して自分はどうしたいか、どう働きかければそれが実現するかを考える事だと思います。 【0か100かトークは今正にあなたの目の前で起きている現実なのです】から。 現実に驚くのは適当にして、目が覚めたら目の前の現実に向き合うのが最良だと思いますよ。 私の言いたい意味分りますかね?(笑) by酔っぱらい♪

その他の回答 (3)

  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.3

これは教育の問題なのでしょうか、それとも私の周りの環境がたまたまそうだったのでしょうか。 ↓ 私の周りの環境がたまたまそうだったのでしょうか。 一般的に調査における国際比較で、日本は中間的な回答をする傾向が見られる 参考例 http://www.worldpublicopinion.org/pipa/2013%20Country%20Rating%20Poll.pdf China → China Positive でも Negative でもない 7 India 21 Germany 28 France 9 Japan 46 日本は自国に対する評価において、飛び抜けて 「どちらでもない」と回答する国である

  • TANUHACHI
  • ベストアンサー率31% (791/2549)
回答No.2

 それはむしろアメリカの方が顕著でしょう。日本はまだマシともいえます。 多様な意見の存在を前提とするのは、ドイツ・フランスを中心とする西欧の考え方の基本ですよね?。思索の方法としてヘーゲル弁証法があるように、これかあれかとの二択ではなく、その二つよりも良いモノはないかと探し、そのための議論をするとのスタイルです。  確かに現在の日本(バブル崩壊後の失われた20年そして高度経済成長下の60年代から70年代初頭にかけて)では、出口が見えないから余計に結論を拙速な形で求めようともする近視眼に陥ってもいます。  それはある意味で正解病や成功病とも呼ばれる社会状態でもあって、そうでなければならないとの強迫神経症にも似ているといえます。  別なスタイルがあっても僕は別に構わないと考えていますが、どちらかといえば「多数派」に身を委ねれば安心との根拠のない安心感がそれを物語っているともいえます。  がん治療の問題を例示として引用されていますが、日本のがん治療では標準治療とのガイドラインがキチンと設けられてもいます。それに対し一部の民間療法も様々に宣伝もされていますが、その殆どはデタラメで医療効果のないことを日本の殆どの方もご存知です。恐らくは質問者様の周囲にいる人がその様な信仰に近いものに縋っている形を目にされての引用でしょう。それでしたら引用は誤りと言えます。  ワタミやゼンショーがブラック企業として社会問題になったのは、雇用条件と現実の乖離を企業が野放しにしてきた責任を追及されているとの話で、正規従業員がいくら多勢いようともそれは関係のない話です。待遇は異なるものの、同じ企業に雇用される人間ですから、就業条件をキチンと守られねば人権侵害ともなります。そうした部分をご存じないままにこの質問を投稿されているのでしたら、先ずは御自身で様々な資料を集めて調べてみることを強くお勧めします。  こうした点から言えば、僕はむしろ質問者様の方がゼロイチ人間に近いのではなかろうかとの印象を持っています。  そして「確率」も日本の学校教育ではきちんと扱ってもいます。もしそれは嘘であると仰るならば、文科省の学習指導要領なり数学の学習参考書を御覧になれば、解決できる問題です、御自身でお確かめになってください。そうでなければ、勝手な思い込みと同じです。  確率や度合などの数値時指標で判断するよりも、基準は法や指針にある。それは何よりもデータを踏まえての結論であり、そのデータが何を意味するかとの部分に目を向けることをお勧めします。  数値に囚われるのは正解病に罹患した受験生や上昇志向の世界でしか生きてくることの出来なかった自惚れサラリーマンの得意技ですから 笑

  • jusimatsu
  • ベストアンサー率11% (171/1438)
回答No.1

日本人だけじゃねーよ。

totetsumonai
質問者

補足

例えばどこの国のどこの人がそうですか? 私はフランスと日本のことしか分かりませんが(それも私の交友関係の中しか分かりません)、少なくともフランス(の私の交友関係の中)ではこのようなことは常識になっており、不思議に思うことはありませんでした。しかし日本では凄く感じるので質問したのです。

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