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いじめのきっかけは些細なことといわれますが…

いじめのきっかけは些細なことという意見を見かけますが、具体的にはどんなことなのでしょう? 具体的な話ってあまり見たことがありません。 1.なにがきっかけか? 2.被害者はどんな人か? 3.加害者はどんな人か? 4.どんな攻撃が行われたか? 5.「些細なことがきっかけ」と話す人はどんな立場か? 6.「些細なことがきっかけ」と話す人はどのようにして経緯を知ったか? 宜しければお聞かせください。

みんなの回答

noname#202739
noname#202739
回答No.14

人の本能的な部分ですね。 動物界では強い者が弱い者をいじめ、場合によっては殺す。 人間も賢いとか言いながら、しょせんは獣同然。 支配欲求に抗えない。 性犯罪だってまさに人が獣と同じ醜い本性をさらけ出した一例。 後は、「異質なものへの不安」ってのもあるでしょうね。 これもまた本能。 ぼくは背がほかの人より小さいとか、暗いとか。 「ほかとは違う」ってことでいじめられましたよ。 要は気に食わないってことです。 しょせん、人間なんてそんなもの。 彼らを殺したいほど憎んでるぼくもしょせんは汚い人間のひとりというわけです。

05051036
質問者

補足

すみません、質問の趣旨は、いま頂いたようないじめに関する見解をどのようにして抱くようになったか、知ったか、ということです。 回答者様が実際にそのような欲求に駆られたのでしょうか? 加害者がはっきりとそう認めていたのでしょうか? >「異質なものへの不安」 本当にそうなのであれば、まずは受け入れを迫る側がその不安を払拭するアプローチをするべきなのですが…。 排除しようとする側の非難ばかりで、どんなアプローチをしてたかってのは全然見えてこないんですよね。 >「ほかとは違う」 本当に、ただそれだけで気に食わなく思うものなのでしょうか? 例えば、 「自分の感性に正直で何でもズバッと言う性格だから気に食わない」 これと、 「身長のようなデリケートな問題でも何でもズバッと言う性格だから気に食わない」 これでは本当に必要となる対処は全然違ってくるわけですが、これは被害者サイドから見たのではなかなかわからないと思います。

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  • key00001
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回答No.13

お礼ありがとうございます。 > いじめは犯罪だなんて発言する人も多いですが、挙げられたような要素の違いを考えてるとは思えず、 > と、なると安易にいじめる奴はこうだとか原因はこうだなんて断言はできませんね。 この2つの文章に、答えが象徴,凝縮されていると言えそうです。 即ち、「いじめは犯罪」であって、いじめも犯罪心理学などで分析すれば、簡単な話しなんです。 いじめを犯罪と捉えれば、「〇〇型犯罪」などと類型化は出来ても、詳細は事件ごとに千差万別で、「安易にいじめる奴はこうだとか原因はこうだなんて断言はできません」となります。 しかし、実際には逆で、いじめは犯罪とは区別して取り扱われている場合が多いと思われ、「いじめは犯罪に比べて軽度」などと考えられがちだから、画一的に「いじめのきっかけは些細なこと」などと、安易に分析されてしまうのでしょう。 言い換えますと、実際には犯罪に含まれるべき「いじめ」を、犯罪のニュアンスを低減させる「いじめ」と言う言葉で表現することが、問題の根底ではないか?と思います。 凶悪なストーカー殺人事件でも、「所詮は痴情のもつれであって、きっかけは些細でつまらないこと」などとは言えますが、そんな表現は、少なくとも公共メディアなどは、安易,軽率には言えないでしょうから。 いじめをキチンと「犯罪」として捉えれば、気軽に「きっかけは些細なこと」などとは発言出来なくなるとも思います。 また、当事者にとっては、些細では無いから、事件,犯罪にまで発展したと考えるべきでしょうね。

05051036
質問者

お礼

犯罪として見る場合、証拠や証言の出所があまりにも偏っているのでは…? というのが現状だと思います。 >いじめは犯罪とは区別して取り扱われている場合が多い 現実的な対処を考えるなら、人災や労働災害という切り口で見ることも必要ではないかと思います。 特定の児童に激しいストレスをもたらしたり怨恨を芽生えさせたり、距離を取るとか対話といった平和的な対処を難しくしたり。 連帯責任とか障害児のお世話係といった制度はこういう問題を招く非常に危険なものなのですが、これは犯罪という観点で見た場合、末端の実行犯だけを叩く対症療法に終始してしまうと思います。 参考になる回答をありがとうございました。

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回答No.12

A No.3 HALTWO です。 御礼と補足、有り難うございます。 補足 (ランドセル) の件……その通りなのだろうと思います(笑)。 叱られてから数日間は手提げ袋等で通学したのですが、翌休日に新品のランドセルを渡された時には……何か釈然としませんでしたが、まぁ、そう、嬉しかったです(^_^;)。 5.6.で「些細なことがきっかけ」に注目されていらっしゃるようなので「大人になってから」の事を少し…… 大人になってからの私は狡くなりました(笑)。 「虐め」は明らかに被害者側に「被害」という「負」の「しこり」が残り、虐め自体に害があったように見えなくても、積もり積もった「恨み」から思わぬ Trouble に繋がる可能性があります。 そこで私は「虐め」に繋がりそうな Approach は全て「イヂる」方向に改めています……狡いですね(^_^;)。 「イヂる」対象者はいずれも「理解力に乏しく、何度教えても同じ過ちを繰り返すような部下や同僚」が多いですね。 叱り付けても直らないのですから、何度でも注意を喚起するためには、恨まれないように「対象者自身が照れ笑いしたり、例証に同意して笑い出す」ような用法を用います。 多くの過ちはその場で対応可能な些細なものばかりなのですが、些細な過ちであろうと見逃していると重大な過失に繋がり兼ねませんので、その度、注意をするわけなのですが、なにしろ、同じ者に同じ注意を何度も々々もするのは、幾ら「お前のためだ」と言っても他の者からは「虐め」に見られかねませんし、注意される本人からも恨みを買いかねません。……まともに注意してばかりでは「うざい野郎だ」と反感を買って嫌われるだけでしょうね。 今では「イヂる」ことで「虐め」を回避しているのですが、子供の頃は「イヂる」と「イヂメる」との境界を見極めるのが難しく、簡単に境界を突破してしまっただろうと思います。 「イヂられる」或いは「イヂメられる」直接的な原因は、大抵の場合「些細なこと」が引き金になるものですが、その「些細なこと」が容易に境界線を突破させるほどに、普段から被害者に対する加害者の認識は「境界線」に近い「負」の認識が大きいものです。 その境界線に限りなく近付けてきた個々の要因もまた「些細なもの」の集合なのですが、それらを崩して「正」の方向に戻す行為を被害者が怠ってきた (或いはその能力がなかった) ことが根本的な原因とも言えます。 何度も注意しなければならない部下の場合、何度イヂって注意を喚起させてもなかなか改善できない「集中力不足」等といった根本的な原因があるのですが、そこは十人十色……本人の能力の問題ですので、それを面と向かって責めたところで逆効果であり、大して集中しなくてもそつなくこなせるように慣れさせる方が上策です。 イヂっても直ちに反撃してくるような Communication 能力に富む者の多くは理解力も高いのですが、何の反撃も説明もできずに、下手な (或いは的外れな) 言い訳をするのが精一杯、あとはヘラヘラ照れ笑いしてしまうような者は要注意です。……実は私も反論に窮した際には照れ笑いする癖 (「恥じ入るあまり、相好を崩した」と言いたいところなのですが) があり「笑い事じゃないだろっ!」と叱られて初めて自分が照れ笑いしたことを知ることがあります。……自分の印象を悪くするだけで何の益にもならない癖なのですが、なにしろ本人は気付かない癖ですし……(滝汗) 「理解力のなさ」は自分自身の意思を正しく相手に伝達する Communication 能力の不足にも繋がっており、対人関係で積もり積もった「負」の貯金を精算することができないばかりか、加害者に対して容易に境界線を突破させる状況さえも作り出してしまうものです。 「何故みんなは私のことを解ってくれないの?」と嘆く原因は「理解させようとする努力を怠っていること」にあるのであって、その努力ができない性癖が「虐め」を呼び込む原因になっているのではないかと思います。 つまり、短期の事件で切って個々の原因を見れば「些細なこと」ばかりなのですが「虐められやすい人」には「些細なことが積もり積もって水に流せなくなる」根本的な要因が底流に存在するのではないかと……少なくとも私が加害者となって 2 件の虐めや、今に至るまでの数え切れないほどの「一過性ではない『イヂり』」対象者にはそれが共通してあるように思えます。

05051036
質問者

お礼

>同じ者に同じ注意を何度も々々もするのは、幾ら「お前のためだ」と言っても他の者からは「虐め」に見られかねませんし、注意される本人からも恨みを買いかねません。 私が加害者認定された事案の一つはまさにこれでした。 忠告をせねばならない立場だったので、関わらないという選択が許されてなかったし、気に入らない点を話し合うという対処がイジメ認定されてしまったわけです。 むやみに叱るのではなく、回答者様が身につけたようなスキルを伝授することこそ必要かもしれません。 >「何故みんなは私のことを解ってくれないの?」 これも重大です。 障害者がよく理解してほしいなんて訴えますが、説明が適切なものだったか怪しいものがあります。 理解と称して求めているものが間違っていたり、特性をきちんと理解したうえで事故のリスクや負担を理由に拒絶されてるのを不服に思ってるフシも伺えます。 わかってもらえないなんて悲劇のヒロイン気取りをする前に、己を省みることが大事ですね。 回答者様のような切り口から見れば、より現実的な対処法もたくさん出てくると思うのですが、巷に満ち溢れている正論とは相容れないものも多く難しいですね。 回答ありがとうございました。

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  • unknown36
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回答No.11

No.7です。補足がありましたので再回答させていただきます。 >回答者様自身が「いじめのきっかけは些細なことと」いう意見の持ち主なのか、 回答者様からみた「いじめのきっかけは些細なことという意見の持ち主」についての見解なのかわかりかねるのですが…。 言い換えれば『些細な事が原因』として『深刻ないじめ』が発生した時に『いじめ問題』として取り上げるべきだと言う事ですよ。そりゃ些細な事が原因でないいじめなんてものもあるにはあるでしょう。大けがさせた相手に仕返しでかすり傷をつけられていじめられたと騒ぎ立てるような馬鹿もいますからね。 文部科学省のいじめの定義自体が『一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの』とされてる以上、そういう馬鹿の例にしても、いじめと言えなくもないですからね・・・まあ現場を知らない役人の定義などこんなもんです(笑) 他の方が些細な事と言ってるにしても、似たような見解じゃないでしょうか?因果応報でいじめられるケースなら被害者側も予防が可能ですが、予防不可能ないじめを平気でやる馬鹿がいるから問題なのです。目の前に現れた人をいじめの対象する人から目をつけられたらどーにもならんでしょう。『些細な事』と言うのはそういう意味での限定ですよ。 >5.6は客観的な見方に見えますが、それ以外は主観的に見えます。 主観的に見えるのも無理ありませんが、これは実際にあった事ですよ。実際の教育現場でね。加害者自身の証言や関係者の証言、事実関係の検証などから、『たまたま目の前に現れただけのきっかけ』で『下手すれば死に至るほどのいじめ』を行った事が明らかになったのですからね。確かにそういうのを『人間のクズ』と言ったのに限っては私自身の見解ですが、人間としての良心のカケラもない奴に対して他に何か言いようがありますか? ほんの一例ですが、こんなものは別に珍しい事ではありませんよ。実際には因果応報の場合を除いては、人間のクズのような加害者の存在、いじめる為の手段の存在、加害者と他者の接点の存在によって全て発生してます。

05051036
質問者

お礼

>言い換えれば『些細な事が原因』として『深刻ないじめ』が発生した時に『いじめ問題』として取り上げるべきだと言う事ですよ。 と、なると、被害者はいじめだと訴えているが実態はこうなのでいじめではない。 という結論になる事案も多数出てくると思います。 これを責任逃れと解釈されない土台作りが必要になりますね。 >文部科学省のいじめの定義自体が『一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの』とされてる以上、そういう馬鹿の例にしても、いじめと言えなくもないですからね・・・まあ現場を知らない役人の定義などこんなもんです(笑) 同意です。 >目の前に現れた人をいじめの対象する人から目をつけられたらどーにもならんでしょう。『些細な事』と言うのはそういう意味での限定ですよ。 それなら確かにそうですね。 いじめの経緯や加害者について言及するならそこらへんはっきりさせる必要ありますね。 >加害者自身の証言や関係者の証言、事実関係の検証などから、『たまたま目の前に現れただけのきっかけ』で『下手すれば死に至るほどのいじめ』を行った事が明らかになったのですからね。 伝聞や被害者目線からの一方的なものではなく、明確な根拠があったということですね。 詳しい話をありがとうございました。

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  • key00001
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回答No.10

1.なにがきっかけか? 基本的には「好悪」「愛憎」感情です。 概ねは「悪」「憎」側の感情によって、いじめなどの加害行為は発現します。 中には「愛憎のもつれ」的な加害行為も存在するものの、最終的には「憎」による行動です。 しかし具体的な「殺意」などに比べれば、遥かに幼稚,軽微な感情,動機であって、これを「些細」と表現するのでは?と思われます。 但し、好悪,愛憎などの大小は、あくまで主観的なモノであって、当事者にとって些細かどうかは、第三者は正確には知り得ません。 たとえば、物品やら金銭の貸し借りでも、好悪の原因となり得ます。 それが100円とか、100円の消しゴムであったとすれば、第三者的,客観的には「些細」でしょうけど、貸借の当事者にとっては、重大な問題にもなり得ます。 あるいは、客観的には「軽く肩がぶつかりあっただけ」だとしても。 好きな人とぶつかったのか、嫌いな人とぶつかったのかで、受ける印象は正反対にもなり得ますし。 「悪意を持ってぶつけた」かどうかなど、本人しか判りませんし。 「悪意を持ってぶつけられた」と感じるのも、あくまで主観です。 2.被害者はどんな人か? 要は「犯罪被害者」側であり、受動的な立場ですから、一概には言えません。 いじめの場合、通り魔の様な突発的,無差別な犯罪では無い場合が多いとは思いますが、それが皆無とも言い切れませんので。 総じて言えば、他人の悪意を受けやすいのか、あるいは意識的か無意識的かは別として、他人に対し悪意を発し、その反作用的な悪意を受けるタイプでしょうね。 3.加害者はどんな人か? コチラは被害者に比べれば割と簡単で、「いじめ」と言う犯罪行為を犯すワケだから、少なくとも法律の一線を、安易に越えてしまう人格であることは、言うまでもありません。 但し、それが ・悪性の人間性に由来ものか? ・単に「いじめ」と言う犯罪行為に対し、認識が甘いのか? ・単に法的無知なのか? などの違いはあります。 4.どんな攻撃が行われたか? 大別して「作為」と「無作為作為」です。 作為は、具体的な攻撃行動で、身体的な攻撃や、器物の破壊とか、悪口など精神的な攻撃。 無作為は、代表的なものが「無視」「仲間外れ」などです。 5.「些細なことがきっかけ」と話す人はどんな立場か? 基本は冒頭の1.で述べた通りです。 整理しますと、まず客観的な立場であり、基本的には、人間関係の好悪,愛憎に発端する問題との認識で、「いじめ」と言う結果を、無意識的に殺人などの凶悪犯罪との対比で「些細」と言っているに過ぎないと思われます。 ただ、たとえばストーカー殺人などでも、人間関係の好悪,愛憎に発端する問題であって、結果が重大と言う違いだけなのですが。 6.「些細なことがきっかけ」と話す人はどのようにして経緯を知ったか? これも概ね、1.で述べましたが。 基本的には、自分が直接的に目撃するか、当事者や目撃者からの聴取以外には、経緯を知る手段は有り得ません。 それら情報から、第三者が「100円の消しゴムを返さなかっただけ」「最初は軽く肩がぶつかっただけ」などと判断してしまえば、「きっかけは些細なこと」と言う認識になってしまいます。 言い換えますと、人間が認知し得るのは「言動」のみであって、たとえ「心情」などまで聴取したとしても、当事者の正確な心情は、完全には理解が出来ないのです。 言語と言うのは、伝わっている様で、伝わらない部分が多いのです。 日常会話などでは、20~30%も伝われば良い方で、言語能力や共感性が高い人同士が、お互いに必死に相手を理解し合う努力をしても、伝わるのはせいぜい70~80%程度と言われます。 同じ行動をして、それに関して話し合った上で、同じテーマで作文を書いても、内容はバラバラになるのが当然で、「いじめ」などの調書でも、同様のことが生じます。 一方では、警察や検察の調書とか、法廷の訴状やら答弁書などの場合、定型文やら常套句が存在し、割と統一的,画一的にはなる傾向です。 従い、「きっかけは些細なこと」と言う文言も、経緯や事実とは無関係に、定型文的に使われがちな言葉なのでしょう。 実際は、「事件の数だけ、違う心情や事実,真実がある」でしょうね。

05051036
質問者

お礼

>基本的には「好悪」「愛憎」感情です。 メディアではゲームとか組織の中での通過儀礼とか嫉妬として行われるものばかりですが、普通に考えればそういう感情に基づくと考えたほうが自然ですよね。 >しかし具体的な「殺意」などに比べれば、遥かに幼稚,軽微な感情,動機であって、これを「些細」と表現するのでは?と思われます。 加害者は幼稚という意見の出所はこれでしょうね。 ただ、こいつは幼稚なんて目で人様を見たらトラブルはますますこじれますが。 >それが100円とか、100円の消しゴムであったとすれば、第三者的,客観的には「些細」でしょうけど、貸借の当事者にとっては、重大な問題にもなり得ます。 そうですね。 持ち主が角を維持することにこだわってたり、無断の拝借が重大なトラブルになったというのが考えられます。 >「悪意を持ってぶつけた」かどうかなど、本人しか判りませんし。 >「悪意を持ってぶつけられた」と感じるのも、あくまで主観です。 そうですね。 問題は、いじめる奴はこうだとかこうやって発生したと発言する人たちはどうなのか? 主観に基づく一方的なものなのか、明確な根拠があるのか? これなんですよね。 >3.加害者はどんな人か? >コチラは被害者に比べれば割と簡単で、「いじめ」と言う犯罪行為を犯すワケだから、少なくとも法律の一線を、安易に越えてしまう人格であることは、言うまでもありません。 >但し、それが ・悪性の人間性に由来ものか? ・単に「いじめ」と言う犯罪行為に対し、認識が甘いのか? ・単に法的無知なのか? などの違いはあります。 ですね。 いじめは犯罪だなんて発言する人も多いですが、挙げられたような要素の違いを考えてるとは思えず、わかりきったことを声高に言われてもという印象です。 >言い換えますと、人間が認知し得るのは「言動」のみであって、たとえ「心情」などまで聴取したとしても、当事者の正確な心情は、完全には理解が出来ないのです。 略 >実際は、「事件の数だけ、違う心情や事実,真実がある」でしょうね。 参考になります。 と、なると安易にいじめる奴はこうだとか原因はこうだなんて断言はできませんね。 回答ありがとうございました。

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回答No.9

繰り返しの質問に対して、繰り返しの的外れ回答ですが、誰でも被害者になりうるし、加害者にもなりえます。きっかけなどはこじつければ何でも理由になります。「白い服を着ているから」でもいじめる側には理由になるのです。「他の人はかまわないが、あなたが白い服を着るのはおかしい。」これこそ言いがかり以外の何者でもありませんが、いじめの理由になっています。

05051036
質問者

補足

すみません、質問の趣旨は、いま頂いたようないじめに関する見解をどのようにして抱くようになったか、知ったか、ということです。 そういう光景を実際に見ていたのでしょうか? どうして6についての解答がいただけないのでしょうか? 特定されそうな要素を分離したりぼかして書くのが困難ならそうお答えいただければ済むことなのですが…。

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回答No.8

いじめは弱者を攻撃するから理由は些細ですよね。 「おまえの聲や態度がきにいらない」 これだけ。 なんでもよいのですよ。 嘘を言ってもよい。 正当な理由をさがしてからいじめる必要もないしそんな人もいない。

05051036
質問者

補足

すみません、質問の趣旨は、いま頂いたようないじめに関する見解をどのようにして抱くようになったか、知ったか、ということです。 そういう光景を実際に見ていたのでしょうか?

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  • unknown36
  • ベストアンサー率32% (25/76)
回答No.7

>いじめのきっかけは些細なことという意見を見かけますが、具体的にはどんなことなのでしょう? 些細な事がきっかけだからいじめと言うんでしょうね。強い関連性のある因果応報ならばいじめとは言えませんからね。具体的には以下のように『誰でもいじめに対象になる』『全てはいじめる側の人間性の問題』と言う事で位置づけられますね。 >1.なにがきっかけか? 被害者がたまたま加害者の目の前を通りかかった事です。 >2.被害者はどんな人か? 加害者に対して何の利害関係もない人です。 >3.加害者はどんな人か? 他人が精神的肉体的に苦痛を受ける事に対して、『すっきりする』『面白い』『楽しい』『ストレスが解消する』という気持ちを抱く人間のクズです。たとえ相手がそれによって死に至っても何ら良心が痛む事無い人間としての欠陥品です。 >4.どんな攻撃が行われたか? 殴る、ける、物を取る、隠す、壊す、悪口を言う、デマを流す、仲間外れ、無視、強要、脅迫、通路を塞ぐ、閉じ込める、個人情報を晒す・・・などなど >5.「些細なことがきっかけ」と話す人はどんな立場か? 実際にその現場を見た人、もしくは当事者。 >6.「些細なことがきっかけ」と話す人はどのようにして経緯を知ったか? 当事者以外では、実際に加害者の言動や動向を見ていた事でしょうね。もしくは、その言動や動向を知りうるに足る客観的な事実が判明している事。それ以外に経緯を知りようがありませんよ。

05051036
質問者

補足

回答者様自身が「いじめのきっかけは些細なことと」いう意見の持ち主なのか、 回答者様からみた「いじめのきっかけは些細なことという意見の持ち主」についての見解なのかわかりかねるのですが…。 5.6は客観的な見方に見えますが、それ以外は主観的に見えます。

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noname#195452
noname#195452
回答No.6

解答4です。お礼ありがとうございました。 逆にご説明いただいたようで、結論は、加害者の 「うさばらし」 そして、そこに従う手下(実行役)がいたことですね。 いじめのケースによくあります。 現在は高校生になり、逢うこともありませんが、平気でお化粧をして学校へ通学していると他のご父兄から 伺いました。(わたくしの時代は、高校にメイクをしていくなんてあり得ませんでしたが)

05051036
質問者

補足

そこでちょっと疑問。 憂さ晴らしというのは、加害者がはっきりとそれを認めてるのでしょうか? 拷問や脅迫、誘導といった要素のない公正な取調べの上で加害者は認め、乱暴な要約のない公正なまとめの上での発表だったのでしょうか? (私が加害者認定されたときは、取調べも発表も公正とは対極にあるものでした) そもそも、憂さ晴らしの「憂さ」とはどのようにして発生したのか? 憂さ晴らしのイジメというならば、その憂さがいじめの原因ってことです。 N04を見る限りでは家庭環境によるもののようですが、本当にそうなのか…?

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回答No.5

「いじめはおもしろい」がいじめる理由です。 残念な言い方ですが、いじめや差別は人間の持つ性」が原因です。「きっかけ」はただの言い訳に過ぎません。 ・いじめられている人を笑うことが愉快 ・自殺でもしそうなくらい困ってれば、愉快さ倍増 ・どう間違っても自分に責任は回らないから、とことんいじめ抜く ・物的証拠がなければ、学校も警察も動きようがない ・万一自殺しても、責任は学校が取ることになる いじめている子供にはこのような心理があります。しかしそれを指摘するのはあまりにも露骨で単純過ぎるので、またあまりにも残酷な理由なので、さまざまな口実を後からつけているのです。 学校や親の働きかけで、ある程度の範囲で減らしたり、軽くすることはできますが、根絶は不可能です。大人社会でも、確執などで人間関係が巧く築けない場合が五万とあります。いじめを学校の責任にしておけば、親が責任を取らされることはありません。

05051036
質問者

補足

回答者様は、どのようにしてそのような確信に至ったのでしょうか? 「いじめはこういうものだ」「いじめる奴はこういう奴だ」と発言する方がおりますが、その中でも「些細なことできっかけで起こる」に対して抱いた疑問がこのたびの質問の趣旨なのです。 回答者様は些細なことがきっかけという説には反対のようですが、折角なので回答者様が挙げた事案について、 質問文に挙げた1~6にそって、特に6について、詳しくお聞かせ願えませんでしょうか?

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    いじめには 加害者と被害者の立場があります それぞれの 家庭環境 性格 学歴 収入 関係性 能力で、被害者になったり加害者になったりしますよね 今回の東北地方での大震災のように、みんなと同じ条件になったらいじめは無くなりますか? 一人一人違うから、ストレスが溜まっていじめになるのではと私は思うのですが…

  • 果たしてそれはいじめなのか

    お菊 「ある行為をされた側が”いじめられた”と感じたらそれは”いじめ”だ。 ”いじめた”側が加害者であって”いじめられた”側が被害者だ」 お涼 「ある行為をされた側が”いじめられた”と感じてもそれが”いじめ”であるとは限らない。 完全に、”いじめた”側が加害者であって”いじめられた”側が被害者ということはできないのではないか」 お菊とお涼のこの二つの主張についてどう思いますか。 被害者が被害者でないなどとは言いません。 加害者が加害者でないなどとも言いません。 ただ、最近、keikeini(この文章を執筆・投稿した者です)の周りに、ちょっとしたことで「いじめられた」と主張する人間(仮に”お綾”とします)がいます。 お綾の話を聞く限りでは、その行為が「いじめ」に該当するとは思えず、お綾の思い込みが激しい部分があるような気がするのです。 お綾は過去の出来事についても「こういう風にいじめられた」「こういう辛い経験をしてきた」「周りばっかり幸せになっていく」と話すのですが、聞く限りではお綾の「思い込み」の部分が大きいような気がします。 確かに「辛い経験をしてきた」のかもしれないと思ったこともありますが、確実に「思い込み」だという場面に出くわしたこともあります。 百聞は一見に如かず。 実際のところはどうなのかはわからないのですが。 言い方は悪くなるかもしれないのですが、お綾のような「思い込み」によって加害者にされる人もいるのではないでしょうか。 よく見かけ、またお菊も主張するような「相手がいじめだと思ったらそれはいじめだ」という考え方はいたるところで用いられます。 しかし本当にそうなのでしょうか。 最近ある人物(お文とします)がお綾に、「そうやっていつも被害者面していると周りの人がいい思いをしない。はっきりと言ってうざいよ」と指摘したら、「いじめだ」「酷い」「裏切られた」「傷ついた」「もう二度とそんなことを言えないように切り刻んでやりたい」と言われたそうで、お綾とkeikeiniとお文とその他多数の属しているコミュニティーの空気が悪くなり、全員でミーティングを開くまでになりました。 お綾とお文との出来事を知ったコミュニティーのリーダーが提案し、お綾とお文が了承した結果だと思われます。 そのミーティングの中でまず先にお綾が今までの被害について(他にも色々と「いじめ」だと感じていたことがあったそうです)を言いました。 これ以上はきりがない(時間が限られていたため)と感じたのか「過去のことではなくこれから先のことを話そう」とリーダーが提案し(たしかにコミュニティーとしてはそうですよね)、色々話し合っていたら、お綾が怒って、「コミュニティーを抜ける」と宣言し、暗い雰囲気の中でお開きとなりました。 その後、お綾からコミュニティーの全員に向けてメールが届きました。 「悲しんでいる人がいるのに涙一を流さないなんて最低」「”過去のことではなくこれから先のことを話そう”なんてできるはずがない」「そういう経験をした人にしかわからない」「過去のことを忘れることを強要するな」 そのようなことを言われてもわかりません。 涙を流さなかったのも、お綾の気持ちがわからないのも事実です。 しかしこちら(コミュニティー)としては強要した覚えはありません。 リーダーはその後SNSで相当責められたそうです。 この出来事を受けて考えるようになりました。 「いじめとは何なのか」 「本当にそれはいじめなのか」 「”被害者”を自称する人物が”いじめだ”と主張したらそれは本当に”いじめ”なのか」 「”加害者”にされた側は”加害者”でなければならないのか」 長く、まとまりのない文章ですが、意見を伺いたいと思っております。 2012/03/27 00:00 に締めきります。

  • いじめ

    いじめ加害者が守られる世の中に疑問を感じます。被害者の自殺後の実名報道はありながら、加害者の実名報道はありません。ぜひとも加害者の実名報道を実現して欲しいものです。それに賛同してもらえる方、反対される方意見ください。

  • いじめ

    いじめ加害者達が嫌がらせ、中傷、犯罪行為を何年も行なってきて、被害者が中傷に耐えきれずにその中傷について反論した場合、被害者が中傷したことになりますか? 日本では、被害者が加害者達のいじめを隠蔽した後、加害者達が被害者の反論は中傷だとする事例が多い気がします。 (伊藤詩織さんなど)

  • 学校はどのようなとき、いじめを認めるのでしょうか?

    東京都の清瀬市で中学2年の女子生徒がいじめを受けたとほのめかす遺書を残して自殺した問題で、市教育は報告で「女子生徒への悪口があった」としながらも、いじめの確認はできなかったとしています。 いじめかどうかの認知は、数年前、滝川市などで起きたいじめ隠蔽事件を踏まえ、いじめる側にいじめの自覚があるかないか、客観的に見て些細なことかどうかなどといった加害者や教師の立場で判断するのではなく、あくまで被害者の立場に立って考えるべきであり、その際は被害者のつらい気持ちさえ理解すれば足りるため、詳細な事実の確認までは必要ないというふうに改められた経緯があります。 これは人権問題の基本的な対応方針でもあり、セクハラなどの認知にも似たようなところがあります。 ところが、滝川市の事件以降でも高畠高校や今回の清瀬市の事件などに共通していますが、ある程度された行為の事実もわかり、また、自殺した生徒が死を選ぶほど、それらの行為をされたことがイヤだったとメッセージを残しているにもかかわらず、あいかわらず学校と教育委員会は、いじめを認めようとしません。 いじめを認めたところで、ただちに賠償責任が生じるわけでもないでしょうに、どうしてここまで、いじめを認めたがらないのでしょうか? 残された家族や友達が不憫で仕方ありません。

  • 故意でなくともいじめなのか

    いじめは被害者が苦痛を感じればいじめだそうですが、加害者(?)が例えば被害者に間違ってぶつかってしまったらいじめなのでしょうか?

このQ&Aのポイント
  • 同居していても遺産放棄できるのか、父からの言葉に不安を抱える人も多いです。この記事では、同居中でも遺産放棄が可能なのか、さらには遺産放棄よりも自己破産の方が良いのかについて解説します。
  • 同居していても遺産放棄は可能です。ただし、具体的な手続きや条件については、弁護士に相談することをおすすめします。遺産放棄よりも自己破産した方が良いのかも、弁護士と相談して判断しましょう。
  • 父からの言葉に不安を感じる気持ちもわかりますが、まずは弁護士に相談してみることをおすすめします。弁護士が具体的な手続きや条件を教えてくれるはずです。また、仏壇や荷物については行政の方針に従うことが一般的ですが、具体的な解釈についても弁護士に相談してみると良いでしょう。
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