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亡くなった大叔母に対する後悔

私が幼少の時に 自分の祖父の妹の大叔母の家によく遊びに行ったり泊まったり とても私を可愛がってくれた大叔母がいました。 しかし 私が成長するにあたり 大叔母の家にはほとんど行かなくなり さほど遠いところでもなかったのですが またそのうち会えるだろうという気持ちが あとで大きな後悔になってしまいました。 私は震災前に福島にいて 震災が起こる前の月に大叔母の家に電話をして 来月遊びにいくからねと 伝えました。それから1ヶ月 大地震が来て 私の住む所は放射能が高く小さい子どももいるため すぐに他県に移り住む事になりました。 震災をまる二年間 他県ですごしましたが なぜか 福島に帰らないと後悔するという 漠然とした言葉が いつも浮かんできていて 悩むに悩んだ挙句 福島に帰る事になりました。 そして 大叔母とは 数十年ぶりの再会を果たしましたが 昔の大叔母の元気で明るい姿はなく 寝たきりになっていて 話もほとんどできない感じになっていました、 でも名前を言ったら 顔がぱぁっと明るくなり笑って うん うん と言っていました。 大叔母の瞳はガラスのように透き通っていて なぜかどこか訴えてくるような寂しい目をしていました それが心配でしたが。。 また来るね・・それまで元気でいてねと言って 離れました。 その二日後 電話で 大叔母が亡くなったことを聞かされて ショックでした・・ どうしてもっと 元気だった時に どうしてもっと沢山大叔母の所に会いに行かなかったんだろう・・と  私を可愛がってくれていた大叔母 本当は私を待っていてくれていたと思う。。 なのに気づかなかった私・・ 亡くなってから 毎日涙が止まらなくて  どうすれば良いのでしようか・・

みんなの回答

回答No.2

七つの習慣・・と言う本があります。 それを読まれると良いですよ。 その中に答えが書いてあります。 触りだけ・・ 殆ど人の人生では、多くの場合、緊急な事に対応してしまいます。 例えば「電話」最近では「メール」かも。 電話が鳴ると、大抵の場合は、他に重要で在る仕事をしていても、電話に出てしまいます。 が、それが重要であるかどうかは、出てみるまで分かりません。 また、本当はその電話に出なくても、済む場合も多々あります。 ある人など、午前中は電話にはでない・・・などと決めている人もいます。 (勿論周知しています) この電話やメールは緊急ではあるが、重要では無い場合が殆どです。 その証拠に後ほど電話をしても間に合う場合が殆どです。 救急ではないが、重要な事。 それは、家族との時間・・などなど。 家族とは毎日一緒。 で、一日延ばしにする事が多いですね。 親子の会話・・ 子の行事への参加・・ 子が話しかけて来ても、今忙しいから・・などなど。 勿論、夫婦の会話なども同様でしょう。 で、ある日、突然の様に離婚の申し立て・・ 大叔母さんは、あなたの人生で、何が大切か・・を最後の最後の教えてくれました。 また、最後に会う事もできました。 後は、あなたがどの様に生きるか・・が、残されているだけ。 大叔母さんが教えてくれた、どの様に生きるか・・を実践するかどうかは、あなた次第。

sayosayo0601
質問者

お礼

回答、ありがとうございます。大切なものは失ってからでは遅いという事・・ 身にしみて実感しています・・・ ありがとうございます!

回答No.1

貴女が悔やむと大叔母様は成仏出来ませんよ。 「私のことでsayosayo0601は、あんなに哀しんでる、、、」と。 貴女と最期にお別れが出来て、喜んで旅立たれたと思います。 貴女が、明るく生きていかれることが、大叔母さまへの供養になります。

sayosayo0601
質問者

お礼

回答ありがとうございます。本当に、そうですよね・・ ありがとうございます!

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