• 締切済み

論理的推論

とある人曰く、 「システム屋の立場からいうと信頼できるシステムとは「正しい事実のデータベース」と「正しい演繹推論規則」の組み合わせで作られています。哲学も同じことがいえます。」 これは、理系の方で実験して得られた情報を解析するトキこれは援用できますが、哲学をコレでやるってのは、どんな具体例があるんでしょうか?? 判る方、お願いします。

みんなの回答

回答No.7

(*^▽^)/★*☆♪お気に入りからひとつ 【QNo.307287「科学的視点」からの「論理の展開」って?】 http://okwave.jp/qa/q307287.html

回答No.6

カール・ポパーをあたってみては?

noname#194996
noname#194996
回答No.5

>信頼できるシステムとは「正しい事実のデータベース」と「正しい演繹推論規則」の組み合わせで作られています。哲学も同じことがいえます。」 仰ることがよくわからないでいます。 哲学って創造活動ですから、信頼できるシステム(結論が常に正しい計算機構?)とは出発点から異なったものなのではないでしょうか。 上のことが言えるのなら、小説も同じことが言えるのではないでしょうか。もっとも、いまどき小説もコンピュータで書くということを聞きましたので、これは間違ってはいないのかもしれませんが。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7194/21844)
回答No.4

社会学の理論てのは、結論から逆に 遡るんですよね。 そういうものが多い。 つまり、結論が先にあって、それを 因果の関係で原因と結びつけて説明していくだけ、て のが多い。 だから、哲学には同じ事は言えないので はないですか。 「どうしてこうなるのかの説明は、非常に説得力がある。  そして、それが当たらなかった場合の説明には  もっと説得力がある」

  • mmky
  • ベストアンサー率28% (681/2420)
回答No.3

哲学をコレでやるってのは、どんな具体例があるんでしょうか?? ○ここ100年ぐらいの歴史で説明しますと、村社会という小さな社会はお互いに助け合って生きている社会です。こういう社会はどこにでもありますので、データとしては豊富ですね。小さなコミュニティ・システムといってよいでしょう。さて、この村社会を国家規模にしたらどのようになるかなんですが、良い国家になると思いますか? 実際にそれを国家規模にしてやってみたのが共産主義国家ですね。旧ソ連になりますが国家規模では100年と持たなかったですね。まだいくつかそのような国家は残っていますが長く存続するとは思えないですね。 このように、思想・哲学は規模を大きくすると100年以上やってみないと結果が出ないのですね。そこが理系のシステムの違いなのです。また、アナログからデジタルへの変更は人の命の問題はありませんが、思想・哲学のシステム変更では数千万、数億の人が思想が故に弾圧され、粛清されることがあるのですね。 つまり、哲学における推論は未来にわたって幸福ももたらすが悲劇ももたらすのですね。 科学技術でも同じようなことが生じますが、大きな違いは責任の所在がない点なのです。自国民に粛清された人は恨みつらみを持っていく他国はありませんからね。原発の事故なら所有者に責任をとえますしね。規模が大きい国家的な推論を哲学というのですね。よき哲学者がたくさんいれば国家は繁栄しますが逆であれば悲惨な未来が待っているということですね。日本もそんな状態に落ちないようにしないとね。

  • bokeyu
  • ベストアンサー率37% (15/40)
回答No.2

>「正しい演繹推論規則」 という言葉を聞いただけで、 その「ある方」はDQNである、 ということが判る(笑)。

回答No.1

「正しい」という言葉は、2つの意味を持たされています。 あるプログラムが「正しい」という場合、ロジックに破綻がなく 演算が可能である」という意味と、その演算の結果がリアル における目的の最適解であるという意味があります。 また、「正しい事実のデータベース」も、データベースにする 上で、実物を保存する訳にはいかず、何らかのパラメータを 作為的にとってスクリーニングする訳で、いくら『事実』でも、 演算の目的に必要十分な情報であるかどうかは不明です。 つまり「論理的推論」とは、(必要な結果を導くのに必要な) 作為的なパラメータをとり、(必要な結果を導くと思われる) 作為的なロジックを組んで、演算するだけの事であり、 それが「必要な結果」に沿ったものでなければ、『推論を導く ための推論が間違っていた』という事で、それらしい結果が 得られるまでフィードバックして組み直す、という試行錯誤が (作業であれ脳内であれ)行われます。 そこにあるのは「それらしい結果」を判断する感性であって、 「ロジックに破綻がない」正しさはロジカルに検証できても、 「結果がリアルに即している」という正しさは、感性の問題に 過ぎません。 その、後者に関わるのが、哲学です。

関連するQ&A

  • 学問の方法論について

    いろいろな学問、特にいわゆる文系の学問、の方法論、考え方に興味があったので質問させていただきます。 理系の学問では研究の仕方というのはだいたい数学のそれか物理学のそれと同じかと思います。 数学では公理系と推論規則から様々な定理を演繹し、 物理学では従来の理論では説明できない実験データから、そのデータを説明できる仮説を立て、仮説から新たな予想を立て、その予想が実際の実験結果と一致すれば新しい理論は正しいとみなします。 (多分これでいいと思いますが、間違っていたらすいません) このように理系学問の方法論というのは比較的わかりやすいのですが、諸文系学問ではどのような方法というかスタンスでもって研究を行っているのでしょうか。たとえば社会科学とかは「科学」と名前をつけているあたりから想像すると、物理学の方法論を社会学に適用しているのでしょうか? みなさんよろしければご意見等お聞かせください。

  • 数学 推論、論理学

    以下問題です。よろしくお願いします。 下記の発言をもとに、導かれる記述として正しいものを選んでください。 ヤマモトさん『私が常に真実を述べる人なら、タナカさんも常に真実を述べる人』 1、この選択肢にはない 2、ヤマモトさんは常に真実を言い、タナカさんもつねに真実を述べる 3、ヤマモトさんは真実を言ったり嘘をついたりし、タナカさんはつねに真実を述べる 4、ヤマモトさんは真実を言ったり嘘をついたりし、タナカさんはつねに嘘を述べる 5、ヤマモトさんは真実を言ったり嘘をついたりし、タナカさんも真実を述べたり、嘘を言ったりする

  • 論理学 推論が得意な方へ

    ∃x(Px∧Qx)、∃x(Sx∧∀x(Qy⊃┐Rxy))→∃x(Px∧┐∀y(Sy⊃Ryx) もとはある数学者(P)は変人だ(Q) ある実業家(S)はいかなる変人をも評価しない(R) 以上が前提で ある実業家はある実業家によって評価されない この推論を証明できまでしょうか? (1) (2) ・ ・ ・ みたいな感じで出来ますでしょうか? 出来る方いたら教えてください。よろしくお願いします。

  • 【論理的推論】チャールズ・サンダース・パースの論理

    【論理的推論】チャールズ・サンダース・パースの論理的推論の演繹(えんえき)、帰納(きのう)、アブダクション(仮説形成)を簡単に分かりやすく説明してください。 演繹って何ですか?帰納って何ですか?仮説形成って何ですか?

  • 推論

    核となる情報を欠いた情報のみで他人の人間像を推論する人間って、欠陥人間ですよね? だって本質を見抜けない人間ってことですから。 バラエティはどうなのか知らないですが、リアルではどうでしょう。 ここにもバラエティ大好き人間はいるみたいですがw ※「ここ」はこのカテゴリという意味ではありませんよ。

  • 演繹や帰納みたいな論理学の推論方法について

     あくまで仮説や推測に過ぎないのに、ある独断の結論から、その視点に無理矢理データを合わせようとして正しい事を証明しようとするやり方を何と言うのでしょうか?  まあ「こじつけ」と言えばそうなんですが、物事の証明方法や、演繹や帰納みたいな論理学の世界で何か特別な名称があれば教えてください。

  • 論理学 命題文の推論についての質問です

    「入門!論理学」~野矢茂樹著・中央公論新社 で論理学を 勉強しております。 推論の真偽を問う問題の解説として下記のように記載されて おりましたが、残念ながら理解できませんでした。 ここから引用>>   手形は有価証券である。   小切手は手形ではない。   だから、小切手は有価証券ではない。  前提を認めて、その上で結論を否定してみてください。  手形は有価証券で、小切手は手形ではなくて、でも  小切手も有価証券である、そう書き並べて、これは  矛盾しているでしょうか。  手形も小切手も有価証券だけれども、手形と小切手は  違う。これは別に矛盾ではありません。有価証券にも  いろいろあるんだなというだけのことです。ということは、  この前提を認めても結論を否定する余地があるという  ことですから、この導出は絶対ではない。つまり、  演繹としては正しくない。そうなります。  逆に、前提を認めて結論を否定したときに矛盾になる  場合には、その導出は演繹としてた正しいと言えます。  演繹の正しさをチェックするやり方として、この「前提を  認めて結論を否定し矛盾になるかどうか調べる」という  チェック法はかなり有効ですから、覚えておいてもよい  でしょう。 <<引用ここまで 理解できないのは、「前提を認めて否定する余地がある」 ということから、「この導出は絶対ではない」と言える理由が 解りません。 後述されていますが、どうやら 「前提を認めて結論を否定し矛盾になるかどうか調べる」 ということは重要なテクニックのようですが、既述の通り、 導出された文が絶対か否かの判断ができません。 お知恵を拝借くださいませ。

  • 推論の解き方を教えて下さい

    AからBの5人が契約を取りに行ったところ、1人だけが契約を取ってきた。そこで、5人から話を聞いたところ、次のように答えた。 A「契約が取れたのはCです」 B「契約が取れたのはAです」 C「Aが言っていることは嘘です」 D「私は契約が取れませんでした」 E「契約が取れたのは私です」 しかし、本当のことを答えたのは1人だけで、残りの4人は嘘をついていたことが分かった。契約が取れたのは誰か。

  • 科学における実証とは何か

      仮説と理論の違いは何か? それは実証が有るか無いかである。 では実証とはなにか。 何をもって実証と見なすか。 この辺り徹底的に明確にしなければならない。 でないと仮説が勝手に理論になってひとり歩きすることになるからである。 ビッグバン宇宙論は仮説に過ぎないが、自身は理論のつもりでひとり歩きしております。 本来の哲学は論理検証により科学理論を検証する立場にあるのに全くこれらがなされていない。 哲学に論理検証能力がないから結局こーゆー結末になるのです。 これまで漬かってばかりいた哲学の完全な怠慢である。 決っして許されるべきことではないと思うが如何に。 一例として、 1)計算式に拠る宇宙年齢137億年の推定  → もちろん推定であって実証とはいえませんね 2)コンピュータシミュレーションによるビッグバン再現ムービー  → もちろん推定であって実証とはいえませんね 3)船の模型を使った実験用プールでの流体理論解析   → これはたとえ模型であれ物理的流体の挙動はほぼ実際と同じなのであるから実証とみなせる 4)風邪薬の効果   → 薬の成分と風邪の治癒の関係を示す何らの理論数式もなく、これらの関係を示す何らの統計データもないのであるから全く実証とはいえない。 5)・・・・・ 科学における実証とは何か、可能な限り明確に語って下さい。  

  • 記号論理学 推論図 タブロー体系

    T¬A⊃B この式をタブロー体系で表すとどうなるのでしょうか? ¬がつくとわからないのですが、教えてほしいです(__