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死生観と無常感

noname#118718の回答

noname#118718
noname#118718
回答No.2

>死生観 「神仏は敬えど、これに頼らず」 死後の評価は神仏に任せて、やるべきことをやるだけという気持ちですね。

noname#156094
質問者

お礼

力強いお言葉ですね。 私など神仏に頼りっぱなしで、何と意気地なしのことか・・・ 自分の信念を貫かれるという事は、それはそれで立派だと思います。 死を見据えつつ、自己の力を信じて前向きに進んで行く、という事なのでしょう。 神仏を敬う心があれば、ご本人の全く知らぬ間にご加護を受けているという事もあるように思われます。 それは、やるべきこと、というお言葉の中に、正しさという意味が含まれているように取れる面があるからです。 ご精進なさってください。

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