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ネットでの政治や歴史に関する議論について
ネットは匿名で書き逃げも許されるからなのか、自論を押し通せればそれで良く、相手の意見なんか聞く気もない人が多いように感じます。 政治や歴史関係のブログだと「ネットはいろんな人と議論が交わせるから良い」という人がいますが、まともに議論できたことがあるんでしょうか?そう言うブログを覗いてみても、同じ意見の人たちと馴れ合い、反対意見の人がやって来たら罵倒するという流れを繰り返しているだけで議論などしていないように見えるのですが。 真っ二つに意見の分かれる政治・歴史の問題おいて、自論を持ちながらもそれだけに固執せず、お互いに高めあっていくような議論がネットの中でできると思いますか?
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論理性より感情を優先する。 感情からくる意見であるため、それを否定されると人格否定されたかの如く感じ、且つ相手方の意見を受け入れる余地がない。 こういう方が多いと、議論になりません。 特に政治の分野は正解が無く、「今後のことについて○○と思う」がメインとなる事から、中々建設的な議論になりません。 歴史については、史料を根拠とし、「史実」について話し合うというコンセンサスが得られれば、ネット上でもおっしゃるような議論が可能かと思われます。
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- rikukoro2
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できました。 自分は過去日本にある『9条の会』でHPの用意してある会に限定し憲法9条に関して質問及び議論をお願いしたことがあります。 全部で60箇所ほど行いましたが、二箇所はちゃんと議論が通じてお互い納得できる形で議論は終了しました。 (東大9条の会 兵庫弁護士9条の会) ほとんどの掲示板では質問提議に関しては無視されました 又、質問した文書を何も言わず削除&書き込み不可とされるところもありました (横須賀9条の会etc) 60分の2でもお互いに高めあっていくような議論は成立したのですから、可能性は少なくても可能だと断言します
- DOCTOR-OA
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意味ないです。 もともと誰も事実を知らない単なる主観の応酬となる。
できますよ。 どのような媒体を用いるかではなく、 どのような相手と議論するか、の問題ですから。 例えばの話、全員が氏名等を公表して行なうとか、 そのような議論も実際にありますし、 ネットだから無理、というのは違うと思います。