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波のように押し寄せる

22の♀です。時々幼い時に感じた悲しみの数々が、塊となり心に押し寄せて来ます。 そしてウエスト周りをロープで締め付けられるような痛さを感じます。 今日は、4歳の時の出来事が甦りました。それは子供会か何かの催し事で、マウス(ハツカネズミ)のお披露目があり、同世代の子供は皆、マウスに夢中でした。しかしある子がマウスを踏み恐らくそのマウスは死んでしまったと思います。 ここからは現在ですが、さっき大声で「イベントに命を持ち込むな!皆夢中なあまり、誤って小さくて愛しい命を失わせてしまうんだよ。 小動物を軽く扱うな 」と泣き叫んでいました。今も痛そうにしていたマウスの様子が脳裏にあり、胸が苦しいです。 時々変な感情に襲われるのは、おかしいでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

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  • f5system
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回答No.4

小動物になればなるほど、生死を繰り返す頻度が早くなります。生命は生も死も同じ現象ですから、そこに感情を持ち込む余地は本来は不要なのです。 ところが、人間の感情は、生に喜びを、死に悲しみや苦しみを感じることで、生や死に意味をもたせてしまいます。生命尊厳は良いことですが、同時に生きる苦しみも味わうわけです。 大自然は峻厳です。生も死も超越して厳然と存在します。人間の感情など何の意味もありません。 小さいことに拘るとそこから発展できなくなります。大きい目で大宇宙を心に感じて生きることにより、やっと心は救われるのです。

noname#105617
質問者

お礼

まあいつかは死にますからね…はかないまのですね!命とは

その他の回答 (4)

noname#84059
noname#84059
回答No.5

こんばんは。 30代♂ですが、僕は何となくこの様な気持ちは分かりますね。 子供の頃は、昆虫が大好きで、夏になれば、山に入って昆虫採集していましたね。捕まえては、虫籠いっぱいに昆虫を飼っていました。 振り返るのは、虫の命が、自由を奪われて、虫籠で終わってしまった事ですね。夏が来れば必ず思い出しますので、街路路にカブト虫が落ちていたりするると、人気のない森林に放していました。 虫も尊い命があって、命は命をつないで行くのですよね。虫籠の中では 自由にパートナーも得られなかっただろうし。切なく感じます。 ♀だけでも、緑の野に【放して】あげればよかったとおもいます。 お優しい方ですね。 ♀には♂以上に大切な事ありますからね。

  • LOTUS18
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回答No.3

なにか、別の問題と摩り替わっている感じがします。 その当時はそれは本当にその命を思ってのことだと思います。 が、よみがえった記憶は現在のkeiko0228様の脳の中で 自分に合うように形を変えて残っているので 小さい面が誇張されたり大きい面がぼやけたりしている可能性があります。 時々変な感情に襲われるのはその記憶一つ一つではなく 根源的にある現時点での問題(それが何かはわかりませんが) によるのではないでしょうか。 全く関係ないですが 小さい頃って結構残酷ではなかったですか。 また、 哺乳類だからより「かわいそう」と思うのだと思いますが 蚊とかゴキブリとか普通に殺しませんか。 幼い頃は特に「死」というものに対して 意識があまりなかった気がします。 でも実際生きていたものが動かなくなることを通して 「死」を認識していきます。 身勝手な話ですが、それも必要な体験ではなかったでしょうか。 今の自分を考えてみてください。 本当に主張したいこと、ひっかかっていることは何ですか?

noname#105617
質問者

お礼

じゃあ助けてくれるのでしょうか? 結局は何もしてくれないのに、手を差し延べるフリはやめて下さい

noname#83348
noname#83348
回答No.2

>時々変な感情に襲われるのは、おかしいでしょうか? うん、ヘンだよ。 わたしがガキんちょの頃なんて蛙は殺すは、釣った魚は放置するは虫なんか適当に遊ぶは、近所じゃ祝い事があれば鶏を絞めるなんて極普通です。 そんなの気にしていたらやってられません。

  • blazin
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回答No.1

おかしくないです。全然。 貴方の通ってきた人生の一場面だから。 ただね、幼い時の記憶は時として凄く鮮明に克明に細かい事まで覚えてたりする。貴方のその言葉は今の言葉でさ。客観的に見ればそういう気持ちになるのも分かる。でもさ、誰も粗末に扱うつもりなんてないんだよ。その事件はアクシデント。命を持ち込むなという以前に命ある人間と動物の交流の中の一場面だからね。結果だけを捉えてそこにメスを入れても仕方が無い。 記憶にあるだけのその痛々しさを思い出すことはわかるけどね。 ただ、小さく愛しい命なら貴方の周りにも沢山あるんだよ。 そして貴方はその上に立って人間として生きてきた。 それは踏みつけたとか、痛めつけたとかそういう意味じゃなくてね。 犠牲を受け止めながら、尚且つ人としての命がある。 貴方がその過去の出来事から学ぶなら、貴方はその眼差しを変わらない過去じゃなくてこれからの貴方の身の回りに向けるべき。 そして貴方なりに出来る暖かい眼差しや行動で、その辛かった感情を塗りなおす。それが今を生きる貴方の出来る事なんだよ。 幼い時であろうと、今であろうと、悲しいことは沢山ある。 そして過ぎてしまった事にただ嘆きや悲しみ、後悔を抱いても今を生きてる貴方の為にはならない。じゃあそれを踏まえて、貴方はどうしていくか?いきたいか?何ができるか?今後もしそういう気持ちに襲われることがあったら、その後にちゃんとその心の矢印を前に戻す。それは貴方自身が、今を生きる貴方がしっかりやらなきゃいけない事だからね☆

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