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文学表現
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”人は誰でも、一生の内に一度位は「詩人」になるものである。 だが、大抵は「詩人」である事を止めたときから自分本来の人生を歩き始める。” あとに”だが、稀には「詩人」であることを止め損なうものもいる”と続きます。 寺山修司の29歳の時の戯作「ひとりぼっちのあなたに」新書館 のあとがきにありました。 結構印象に残った一文です。
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- 安房 与太郎(@bilda)
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博芸 ~ これが文学だ! ~ ──「大きなもの、真正なものは、仕上げの笠石を後世にのこす。神よ、 私が何事も片づけてしまいませぬように」 ── 紀田 順一朗《世界の書物 19890320 朝日文庫》P285 ── “For small erections may be finished by their first architects; grand ones, true ones, ever leave the copestone to posterity.” ── Chapter32(Cetology) ── Melville,Herman《Moby Dick,or The White Whale 185110・・ London》 http://www.melville.org/ 《The Life and Worksof Herman Melville》 あの《白鯨》のような膨大な長篇に取りくみ、雄大な構想に、緻密な 調査を裏づけた文豪の、自信にあふれた一節に脱帽。ひとつまちがうと 鼻持ちならぬ大言壮語だが、よく読めば切々たる祈りが伝わってくる。
お礼
ありがとうございます。読んだことがないので分かりませんが、並の人間はとても口にできない言葉ですね。
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お礼
ありがとうございます。止め損なうものもいるという表現がいいですね。重みのある一文です。