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進化論における新たな種の子孫繁栄方法とは?

aoitori007の回答

回答No.6

どうも、ご質問は言葉遊びの域を出ないような気がします。 >そして交配可能な種A→A2→A3→A4→A5と独自に長い年月を経て、さらに→A6→A7→B(現在もはや交配不可能の別種)ということですよね。 過渡期のA5とA6はAとも交配可能だしお互い交配可能。 さらにA5とA6とA7およびAはお互い交配可能。 が、現在のBの直前期には、A7とBが隔離された中で混在したということですかね。 多くの方々が指摘なさっているように、生物の形質変化は極めてゆっくりと起こります。但しここでは、大規模な気候変動とか、生息地が隔離されるとかの急激な環境変化が起こる場合は除外します。 A5とA6は交配可能。 A6とA7は交配可能。 なら、A7とBも交配可能と考えるのが自然じゃありませんか? もちろん、何らかの要因により、A7とは交配不可能なBが突然出現する可能性はあります。その場合は質問者様の指摘されるように、子孫を残せず滅びます。ですが、それは「進化」とはいいません。「遺伝的な病気」です。 進化というのは、あくまで生存に有利な形質を獲得した個体が生き残り、子孫を残す事です。他の近縁種とまったく交配不可能な形質、というのはこれに当てはまりませんので、そもそもそれは進化とはいいません。

natumikang
質問者

お礼

ありがとうございます。 言葉遊びあるいは揚げ足取りの感じにとられると思うのですが、 自分では理解したいというのが本音です。 交配不可能となる時点が必ずあるわけですよね。 X→Y→r→、→無 この、と無との間が交配不可能という時点です。 xという種と無という種が現存するということは 必ず分岐点があるはずですよね。 A7とBとで交配可能なのであればB31とB32の間で交配不可能になったのかもしれない。しかし、かならずA→Bになりもはや交配不可能の別種というのであればその分岐点は必ずあるはずです。

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