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外見で中身は分かるか
あえてこのカテゴリに投稿させてもらいました。 人の内面は、外見からどこまで推測する事ができるんでしょうか? 服装や髪型は、その人の社会的地位や見せたい自己像などに影響されると思うので、なるべくそれ以外の部分でお願いします。
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- nisekant
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私の飽くまで見解 厳密には、外見から内面は分かりせん。 ですが、今まで生きて来た経験から「Aのような人間はa行動をする」という方式を手にして、以後、「Aに似た人間にはa行動をするであろう」という「旗」を立てるのです。 合ってる場合は、そのアルゴリズムが強化され 間違っている場合は、再分化されるか、修正されていくと思います。 結局のところ「憶測」で、幼い頃は的外れが山のように結果として現れるが、その間違いのお陰で、以後、妥当性のある憶測が採用されるようになる。もちろん、常に書き換えが行われる。 「視覚による距離感を掴む能力に似てと思います」
- bobanga
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>人の内面は、外見からどこまで推測する事ができるんでしょうか? どこまでも推測できますし、どのように思い込もうと本人の自由だと思います。 (もちろん、その推測が現実的か否かという問題はまた別です) >外見で中身は分かるか 一概には言えないと思います。 例えば「耳がカリフラワーで凄い筋肉だから、この人は格闘技かラグビー等の経験者かな?」 等と言うレベルの話であれば、まあまあ現実的かもしれませんが、 謙虚な人間や自分よりも身体が小さい人間等を捕まえて「コイツは俺よりも弱い。劣っている」 等と決め付けるようなレベルの話でしたら、それは馬鹿げた偏見に過ぎません。
あえてこのカテということならばあまりお呼びでないところだけれど、あえてお邪魔しようかなと思いました。 ヒトコミュニケーションの見る-見られる関係の成立にはなかなか複雑な手続きがあり、 既知の要素を認めるプロセスをかさねて、ヒトの外見というものを情報として統合します。 見る側は、自分の中にあるもの、理解しているものに馴染みやすく、 自分と異質なもの、理解の及ばないものを負の情報とします。 他者の外見を判断するとき、ふつうは静止像でもそれなりの内面情報が取得できることから、 ゾンディ・テストはこれを逆手にとって、被験者(判断者)の深層心理傾向をパターン分析するのに有効な手段となります。 しかし、たったひとりかふたりの外見からはこのテストが成り立たないことも確かで、 大勢の外見から少しずつ、「無言のまま私について語る」被験者像を寄せ集めなければなりません。 裏返して見ると、一人の人間の外見から引き出せる情報は、おもに判断者の都合のせいで、かたよっているといえます。 見やすい情報だけ見ているという言い方もできますし、あるいは、出しやすい情報だけが露わに出ているとも言えます。 実際のコミュニケーションですと、 第三者に対しての振る舞いを横から観察する場合と、対面して視線や言葉を交わしてのコミュニケーションとでは、取得できる情報の種類が変わります。 横姿や後姿などは普通の暮らしでは意外と気を遣っていないものですし、また、 それらにどれくらい気を遣っているかで見えてくる性格や生活というものもあります。 集中している対象があるときに抜けているところ、というのも、 何らかの癖(へき)の片鱗を見せたり、澱みない素直な人生を垣間見せたりと、なかなか雄弁です。 集中力に関連しますが、気の充実具合から見えるものも外見判断にとって重要な要素でしょう。 ほどよくリラックスしているか、張り詰めたり無駄に力を入れているか、 これは特別に理由がないかぎり、本人の性質よく表します。 危険人物になるとリラックスしているように見えて内面は隙なく緊張しているという場合があります。 ところでおおかた、職業上精通している判断分野というものがありますから、 ヴェテラン医師ならば外見からある程度病気や嗜好を推測しますし、 刑事ならば外見からある程度犯罪傾向を推測します。 靴職人も凄腕になると、靴の減りから食生活や疲労度、慢性病を推測し、 その他、社会に上下の差があればあるほど、遺伝的形質と家庭環境、職種などが、 動作はもちろんのこと、目、鼻、口、耳、手、足、肌といった部分に表れていますね。 こうしたパーツに対し美醜を超えて、とても好感が持てるとか、妙な感じを受けるといった印象だけでも、由なきことではありません。 しかし、何よりも重要な点は、推測する側の持つひきだしの量、また負の情報に対する理解力であって、 ゾンディ・テストで述べたとおり、自分の鏡以上のものはなかなか見いだせないのが常であるということです。 自身の自己洞察力が高いということを前提にしたうえで、そこに経験値の高さ、知識の裏付けが加わって、 外見からの推測が信憑性をともなうのだということを忘れてはならないでしょうね。 出会い系などのよく知りあいもしない男女の間で起こる犯罪から 近所や職場ですれ違うだけだった人物が起こす犯罪など、 外見を一瞥するチャンスがあってもなお危険回避が難しいケースは、巷にあふれています。 逆に世界のどこへ出かけてどこの人々と会っても、犯罪に巻き込まれない人々もいます。 これらは外見の判断だけの問題ではありませんが、ある程度は、外見から推測する力もおのずと関与しているものと思います。
No.3です。 ★~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ >その人自身が なんらかのかたちで こちらに自分自身のことを告げるからです。むしろ 自分で長所も短所も こちらに 情報公開してきます。 どういった形で、情報公開してくるのでしょうか。最近そういう事に興味があるので、ぜひ教えてください。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ☆ 《情報公開してくる》のは 初対面のあと 一定の程度と時間にわたって 互いの交通を経てからだと言い直さなければなりません。時差がある場合を書いてしまいました。 言い間違えたのは こういう事情があるからです。 もともとは 《外見で中身がわかる》という回答です。たいていは 一発でわかるという意味です。もっとも ふつうの人 あるいは 一般によい人 この場合の《よさ》の程度は あまり分かりません。分かるのは 《話が合わない / 好意的ではない / 話を合わそうとしない / 敵意がある》 こういった中身のことです。これが ふつうに ていねいに挨拶を交わすそのときに 外見で 分かるという意味です。その場に居合わせたほかの人たちが よさそうな人だと言っていても 分かるものは分かるという意味です。 事情はこうです。この教えて!gooで 質疑応答を―― 一年ほど前からですが――始めてみると その初対面で分かった中身に さっそく対応するかたちで振る舞うのは 賢明ではないと考えました。実際に対面するという状態ではないからです。わたしのほうでは そんなに違わないのですが 相手は そうではないわけです。 そこで わたしは 質疑応答にあたって 最初の文章だけでの対面に際しては 中身が分かっても 一たんは(つまり最低一度はという意味です) そうではなく 何もなかったように普通の対応をすることに決めました。そうするうちに この習慣がついてしまったようで No.3の回答では つもりとして もともとの回答内容を抱いていたにもかかわらず 文章としては《時差のある》分かり方のほうを 述べていたという事情です。 さて こちらが特別に知ろうとしなくても 相手のほうから 自分についての情報公開をしてくるという事態についてです。 初対面での感覚として その外見だけで分かった中身が 時差をもちつつながら あとで 本人が《告白》するというかたちで 確認される――これが 一般的に言って 全体の情況です。 では なぜ どうして 《一発で》わかるか。居合わせた他の人たちが いい人だ / あるいは あまりよさそうな人ではないと感じているとき わたしが 〔単純な言い方として〕わるい人だ / いや よさそうだよと 分かるか。 時差を伴なってあとで言葉にした《白状》を受け取る前に どうして分かるか。感覚ですと言わざるを得ないのですが 問題は 関係です。その交わりです。つまり それとしての感覚です。早い話が こちらが 白紙だからです。つねに 黒板消しで消した状態にあるタブラ・ラサだからです。あるいは 砂漠の砂のごとくでしょうし その意味であたかも吸い取り紙のようだからです。ですから 情報公開を その相手からしてくるということです。 ですから そのとき分かるのは 《建て前で ふつうに挨拶をしているが おまえとは話をしたくないというのが本音だ》という程度の情報です。時には こちらを恐れる場合があります。つまりそれは 《わかった。しかしおれは 情報公開などしないぞ》という意味のおそれです。 さらになお関心がおありかどうか 一たんここまでにしましょう。
- fishbowl66
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済みません、ちょっと気になったので、確認です。 >外見で中身は分かるか 1) >人の内面は、外見からどこまで推測する事ができるんでしょうか?2) 上に引用させていただいた二つの文章は、微妙に違います。 1)に対する回答は#2様の少々乱暴なご回答に同意せざるを得ません。 2)に対する回答は、他のご回答者様同様、推測することが出来ますが、実は、これ以外の他者への理解の仕方と言うものは、あり得ないのです。 哲学はやっかいなもので、私もあまり好きではないのですが、微妙な違いを、よく考えてみないといけません。外見と中身について、具体的な例を出して、考えてみます。 目の前に、チョコレートがあったとします。チョコレートの外見は、ほとんどが褐色の固形物で、その外見からは、そもそも食べられるか、味はどうなのか、と言った事がはたして推測できるでしょうか。 厳密に考えると、外見から推測するのではなく、以前同じようなチョコレートを食べたことがある。そのとき食べたチョコレートといま目の前にある固形物はどうやら同じものらしい。それなら、この固形物は食べられるし、甘い味と苦味の少し混じった、以前食べたときの感触と同じ中身をもっているはずだ、と。勿論、運が悪ければ、誰かが悪戯でおいて置いた、ローで作られた、偽物をかじってしまうという失敗の可能性もありますが。 ここで重要だと思われることは、チョコレートの外見と中身が直接的に把握されるのではなく、そのチョコレートと過去のチョコレートとの類似性から推測されていると言う、間接的な推測ではないだろうか、と考えてみることが出来る気がします。 ご質問者様の意図は、チョコレートの様な単純なものではなく、複雑な人間に関する理解ですから、益々複雑になりますが、他者の外見から他者の性格・内面・中身を推測することは、確かに可能ですが、その推測が、有る他者Aに対して、過去に他者Aと類似性のある多数の他者との関係から共通項を引き出し、男性・女性、関東の人・関西の人、と言ったレベルから身体的特徴、行動の形式等々の類似性から蓋然的な推測を導き出していると、考えたいところですね。 尤も、このように、他者Aとその他の多数の他者との類似性からの推測と書きましたが、その尤も根源的な所には、私自身の身体感覚が捉える所の「中身」今回の例で申し上げればチョコレートの味と言うものは私自身が感じる味であって、他者の感じる味と同じかどうかは、推測するしかないし、確認のしようもないが、確認しようもない私の感じる味と他者の感じる味が同じだろうと言う推測が一番の基礎にあることは言うまでもないのですが。 哲学とはややこしいものですね、こんな事をくどくど書かなくてもと思いますが、1)と2)の微妙な違いが気になり、この違いが意図的なものか、あるいは1)と2)の微妙な違いを無視しても問題ないとのお考えかどうか、この事に関する判断のデーターを私は持ち合わせていませんので、外見(質問文)から中身(質問意図)は分からないと言うことになりますね。それでも、多くの方が回答されているのを見ると、些細な違いが気になる私の方か、可笑しいのかも知れませんね。 うっとうしい回答になってしまいましたが、これで懲りずに、考えることを楽しんでください。
- H240S18B73
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よく動かす表情筋によって顔の形って変わってくるらしいので 内面が外面に現れるっていうのはあながち嘘ではないと思います よくとる表情によって老けたときのシワのつきかたも変わってきます よく怒るひとはやっぱり眉間にシワがつきやすいですし よく笑う人は額や口角にシワができやすいです また逆に自分の外見によって自分の行動を 制限したりすることもしてしまうと思うので 外面が内面に影響するってこともあるでしょう
- littlekiss
- ベストアンサー率14% (98/698)
こんばんは、so_wayさん。 『外見で中身は分かるか』 ↑ 質問のタイトルだけなら、推測できます。 ●●●●●●●●●● 黒飴が10個あります。 その内、2個食べました。 残りは何個? 10-2=8 ↑ これは伏せといて ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 黒飴を2個食べると 8個残りました。 黒飴は全部で何個あったのでしょう? バーンとこんな式が提示されたとする ↓ ■-2=8 目にした時点では、『 ■-2=8 』←これが外見にあたる で、次 『 ■ 』の中身は分かるかな?────推理してみよう。 ┌ ( ぜんぶのかず ) ┐ |_ _|_ _ _ _ _ _ _ _| 2 8 (食べた数) ( 残った数 ) ぜんぶのかず と たべたかず と のこったかず
- keepfaith
- ベストアンサー率49% (77/155)
こんにちは。 わたしの経験からも、人の内面は外見からある程度推測できると言えます。 アメリカの16代大統領のリンカーンは「わたしはあの男の顔が気に入らないね」と言ったことがあるそうです。 もちろん、リンカーン大統領はその男性が醜いとかそういうことを言ったのではなく、顔つきについて言ったのです。つまり、顔つきに表れていた内面に言及したわけです。 ここでの「外見」は、見た目の良し悪しとか、顔の部品1つ1つが大きい・小さいということではなく、顔つきや雰囲気などというふうに解釈させていただきます。 「四十になったら自分の顔に責任を持 て」という言葉もあるように、人は年を重ねると、持って生まれた顔つきに段々と内面的な要素、性格・心がけ・考え方・つまり生きかたが反映されていくようになります。 穏やかで心の優しい人は、顔つきも温厚そうな人が多いです。短気で怒りっぽい人は、やはり顔からそれが見て取れる場合が多いです。 「目は心の窓と」も言われるくらいで、やはり澄んだ瞳の人には心もきれいな人が多いです。 人を騙そうとするような人は、どんなにその意図を隠そうとしても、やはり顔つきや雰囲気に出ていてわかります。 良いことに向かって努力している人は輝いていて、その人の熱意ややる気が伝わってきます。 中には「虫も殺さぬような顔をして」ひどいことをする人や、強面でも心優しくけっこう繊細な人もいることでしょう。 「人は見かけによらない」という言葉もありますからね。 ですから、外見からある程度推測できるけれども、その推測で決め付けたりせず、推測できる内面は、その人のほんの一部だということを心に留めることが大切だと思います。人は誰でもいろいろな面を持っているし、心がけと努力次第で内面的に進歩も退歩もしますからね。
- harepanda
- ベストアンサー率30% (760/2474)
会うかビデオ映像で、相手の普段の表情を見せてもらえば、ある程度は推測が可能です。 しかし、写真だけだと、まったく推測できません。
お礼
僕も、同意見です。 写真だけだと、本当にわからない。(ニヒルな人、天真爛漫な人とかは、瞬間の独特の表情で、わかったりしますが) ということは、顔の筋肉の動かし方が、内面を図る上で重要なのでしょうか? ありがとうございました。
- kurapikasu
- ベストアンサー率22% (2/9)
まぁ微妙に違うかもしれませんが、 ある学校の窓が割られていました。 窓を割ってしまった子として、 それぞれ 容姿が良い子Aと 容姿が悪い子B の写真を用意し 反応を見たところ ルックスが良いAの場合、「まだまだ先がある、これからの教育に期待する」 など、比較的穏便な処置を望んだ人が多く ルックスが悪いBの場合、Aよりも低い評価を受け、Aに比べれば過激な処置を望まれた みたいな・・・話がありましたね。 だから >>人の内面は、外見からどこまで推測する事ができるんでしょうか? それが正しいかどうかは、人それぞれなのですが、 外見が良い人は→性格も良い 外見が良くない人は→性格も悪い と初見では受けるようです。 そうあって欲しいみたいな欲求が働くのかな。 勿論現実問題では、そこからギャップだの何だので、いくらでも挽回可能ですが。 鼻が高いから優しいとか、目が小さいと怒りっぽいという類の話でしたら ナンセンスだと思います。
お礼
ああ、すごく分かります。>AとBの話 僕は、その人の祖先が経験してきた人生の積み重ねが、その人の顔に現れていると考えているので、例えばC君が顔のいい人を目の前にしたとき、それまでのC君の魂(魂という言い方は宗教っぽくて好きじゃないですが)がした経験を総合して判断して、優れていると判断していると考えています。 個人的には、いい顔=それまでの祖先やら魂やらの積み重ね、という部分があると思っています。だから本能的に良し悪しがわかるんではないでしょうか?顔が悪い人が悪人だという意味ではないですが。 わかりにくい文章だったらすみません。回答ありがとうございました。
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お礼
>ですから、外見からある程度推測できるけれども、その推測で決め付けたりせず、推測できる内面は、その人のほんの一部だということを心に留めることが大切だと思います。人は誰でもいろいろな面を持っているし、心がけと努力次第で内面的に進歩も退歩もしますからね。 回答ありがとうございます。 そうですよね。必ずしも内面がわかるというわけではないんですよね。本当に意外な一面を持っている方とかいますしね。 逆に、強気な人とかは、分かりやすい人が多い気がしますが笑 僕も上の一文とほぼ同じ感想を今は持っています。 できれば、もっと顔の細かい表情から読み取れる他人の内面について伺いたかったです。ためになりました。