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節分にまく豆はどうして大豆なのでしょう

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お礼率 14% (1/7)

節分には大豆をまきますが、なぜ大豆なのでしょう?
ほかの豆ではいけないのでしょうか?
子供が学校の宿題で困っています。調べてもなかなか答えがわからないので
誰か知っている方は教えてください。
あと、「鬼」ってなんでしょう?閻魔様の子分?山の神事?よろしくお願いします。
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質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.1
レベル9

ベストアンサー率 30% (20/65)

大豆は大豆でも本当は煎った大豆でなくてはいけません。
私が知っているその理由は昔話によるものです。
参考URLにその話が載っていますし、昔、「まんが日本昔ばなし」というアニメ番組でも見た記憶があります。
お礼コメント
shigemaru

お礼率 14% (1/7)

早速回答いただきありがとうございました。
昔話とても参考になりました。
とりあえず、子供には話の内容をよく説明しました。
おかげさまで回答をすることができそうです。
難しい話をしてもなかなか子供にはわかりすらいのでこういうお話が
一番ありがたいです。ありがとうございました。
投稿日時 - 2001-01-28 17:09:37
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  • 回答No.2
レベル9

ベストアンサー率 30% (20/65)

ちょっと補足ですが、鬼や節分についての絵本もあるみたいですね。 ...続きを読む
ちょっと補足ですが、鬼や節分についての絵本もあるみたいですね。
  • 回答No.3

節分の豆まきの起源について書きます。 節分は太陰暦(旧暦)の立春前日で、旧暦新年の「七日正月」の前後にまわってきます。 ですから、太陽暦(現在の暦)に変わるまでは、節分は新年を迎える行事の一つだったのです。 平安時代の宮廷では、大みそかになると追儺(ついな)といって鬼を追い払う行事をやりました。 恨みを持って死んだ人が鬼になって、災害をもたらすのだと信じられていたからです。 このときは、粽(ち ...続きを読む
節分の豆まきの起源について書きます。

節分は太陰暦(旧暦)の立春前日で、旧暦新年の「七日正月」の前後にまわってきます。 ですから、太陽暦(現在の暦)に変わるまでは、節分は新年を迎える行事の一つだったのです。
平安時代の宮廷では、大みそかになると追儺(ついな)といって鬼を追い払う行事をやりました。 恨みを持って死んだ人が鬼になって、災害をもたらすのだと信じられていたからです。 このときは、粽(ちまき)を作ってまきました。これは中国の屈原の故事に由来しています。 これとともに、春の初めに神が訪れて祝福を与えるのだいう信仰も古くからあって、家に神を迎えるために、おはらいをするする行事も行われていました。 この鬼を追い払う行事と、神を迎える行事が一つになって、節分の行事ができていったのです。
各地の神社で、節分になると除災神事を行いますが、これは江戸時代から行われています。 節分の粽は、立春、立夏、立秋、立冬という一年間のすべての節分に作られていましたが、 これがしだいに変わって粽は5月の節句だけに作られるようになり、「節分」のことばも、立春の前日だけをさすようになりました。 そして、粽も後には豆に変わってきました。なぜ豆になったかについては、よくわかっていないのですが、初めは豆でなくても 五穀であればなんでもよかったようです。
・・・なお、柊の枝に鰯を刺して門口に立てておく関東の風習は、鬼が鰯のにおいが嫌いだという俗信から来ています。

これだと、鬼は恨みを持って死んだ人が鬼になるということですね。
  • 回答No.4
レベル9

ベストアンサー率 31% (26/82)

節分に関してはいろいろな話があるようです。回答のために本や辞書を読むと、古くは中国漢の時代から五穀豊穣を祈願したもの、日本では万葉集にもまた今昔物語にもそれらしい話が出ているようです。定着したのは室町時代のようです。  大豆ですが、中国では5000年前に日本では縄文時代ですから2000年以上前から栽培されていたようです。 もともとは赤飯つまり小豆と五穀だったようですが、小豆は晴れの儀式に使われていき、 ...続きを読む
節分に関してはいろいろな話があるようです。回答のために本や辞書を読むと、古くは中国漢の時代から五穀豊穣を祈願したもの、日本では万葉集にもまた今昔物語にもそれらしい話が出ているようです。定着したのは室町時代のようです。
 大豆ですが、中国では5000年前に日本では縄文時代ですから2000年以上前から栽培されていたようです。
もともとは赤飯つまり小豆と五穀だったようですが、小豆は晴れの儀式に使われていき、身近な大豆がそれに変わったのではないかと思います。
 鬼については、出雲風土記以来あまりに身近な言葉のため時代や宗教や土着の話が混合されたと、本には書いてあります。鬼は、人を襲撃し人を食べてしまうと言うのが基本形ですね。「人々にとって恐怖の対象である鬼は,しかし最終的には神仏の力や人間の武勇・知恵のために,慰撫され,退治もしくは追放される運命を担わされていた。」と。「説話や伝説,芸能,遊戯などで使われる鬼と、周囲の人々から鬼もしくは鬼の子孫とみなされた人々,つまり歴史的実在としての鬼」と書かれています。ちなみに姿かたちは、身の丈8尺以上の大男で,赤や青,黒,黄色などの肌をしており,毛むくじゃらで筋骨たくましく,縮れ毛の頭髪に2本の角を生やし,腰には虎の皮のふんどしをつけ,手には重そうな鉄棒をもち,目は一つないし二つあり,大きな口からは鋭いきばが生え出ている,だそうです。奥深い山や孤島に住み、今じゃいろんな仕事をこなしており、職場のひとつに地獄があると考えてはいかがですか。
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