上から
こんにちは。
以前から素朴な疑問に思っていた事なのですが、このたびこちらでお伺いしてみようと思いましたので、以下の質問へのご回答をよろしくお願い致します。
よく「上から」という言葉が悪い意味、傲慢だとか横柄だとかと言ったような意味合いで使われます。
確かにそういう場合もあるかもしれません。
でも、「上から」という言葉を浴びせられないように妙に低姿勢を装ったり、言葉を選びに選んだりしたりなどし、単刀直入に伝えれば伝わる事がうまく伝わらなくなるような事態を見かける事がないでもありません。
こんな時、無意味にプライドが高い人間がこれまた無意味に上からものを言われるのが嫌でそれを退けるために使っているのかと思う事がしばしばあります。
これは真に由々しき問題であると思っておりまして、大切な事を解ってない人間にものを伝えるのに大きな障壁になる事があります。
「上から」という言葉。
私は今までの人生で「上から」ものを言われて不快に感じた事はありません。
「上から」であり「かつ」「横柄」であったり「不注意」だったりなど「他の要素が重なった時」にはもちろん不快な思いになりますが、「上から」のみでは不快になった事がありません。
「頭ごなし」にものを言われ聞く耳を持たない人間にはもちろん何人にもあった事があります。
そういう時はやりすごすのみで、とくに「上から」などと中傷する気にもなりません。
「上から」という言葉を使う方はどういうつもりで使っていらっしゃるのでしょうか。
私もたまに「上から」と言われますが、言われた時に何が悪いのかよく解りません。
とりあえず「不快にさせた」という点はもちろん解り、ある程度において謝罪する気もあります。
ただ、親の心子知らずというように、子は親の説教ですら「不快」になるものです。
この、本来受けるべきものを受けたくない子供のわがまま並みの「不快」について謝罪する気にはなりません。
説教を受けたくなければ説教をされない自律を身につけた方が良いと思うからです。
「上から」という言葉を使う人にも色々と居ると思います。
でも、無意味なプライドによって「上から」などという言葉を便利に使い、わがまま三昧を繰り返すタイプは割と多い様に思っています。
私の観察は合っているのか、合っていないのならどういうつもりで使っているのか、合っているなら何様のつもりで、それがどれほどの害悪を生んでいるのか解っていてやっているのか。
とこんな事を「上から」事件を目撃する度に素朴にふっと思っては素通りしなどしてきました。
特にこれといって特別な理由はないのですが、このたびちょっとお伺いしてみようと思うに至りましたのでこの質問です。
よろしくお願い致します。