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イエスについて
saebouの回答
- saebou
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宗教学者の大貫隆によると、イエスの奇跡というのは文字通りのものではなく、イエスに出会って人々が心理的に解放されていくという体験を象徴的にわかりやすく語ったものなのではないかということです。 古代ユダヤ教においては、病気や障害はその人の罪業の報いであるという考えが一般的で、ハンセン病患者など重い病気に苦しむ人々は差別の対象になっていました。しかしながらイエスの癒しの奇跡は基本的に「悪零退散」であり、病気は外から悪霊が憑いてくることにより起こるのであって、病人自体は罪のない被害者であるという考えに基づいています。しかもイエスは差別を受けている病人や娼婦などとも非常に気楽につきあって、汚れているとして放逐したりすることはありませんでした。病人達がこのようなことを主張していたイエスと出会って初めて人間らしい扱いを受け、心理的に解放されたということが「奇跡物語」の形で広まったのではないかという話です。
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