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歩きスマホ・歩きswitch
歩きスマホや歩きswitchの人って 欲求最優先で画面に夢中になり、 その結果 人とぶつかったり、 クルマに轢かれたり、 ホームから転落したり しますが、 上記のように TPOの感覚が無く、お外でもその時の欲求最優先な人と TPOを弁え、お外でもその場に応じた適切な行動をする人がいますよね。 この違いは脳機能的にどう違う事による差なのですか?
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横断歩道を渡ろうと歩行者が立ち止まったり、遥か手前で黃信号になっても殆の運転手は停止をしません。停止する意思も危機感もなくも無神経のごとく当たり前のようにアクセルを踏む。 明らかに道交法違反です。 質問の「脳機能」はこれと全く同じであり、慢性的な慣れによる鈍感なだけです。 殆どの皆さんが持ち合わせている脳障害の一つであり、人によって様々にその症状が違うだけで、質問にある歩きスマホはその症状の一つに過ぎません。 質問者さんも私も他の動きで危機感を鈍らせている事があるかも知れません。 乗車120%の超満員の電車中でのスマホや終点で全員降りるのですが超人混みで歩くも前に進まない中でもスマホのちょこちょこ歩きがおりました。若い世代は殆ど前を向けずに下向き、スマホ歩きです。 このスタイルが当たり前な世の中と言うことです。 最近、男でも日傘歩きをよく見かけますが、私は日傘を使わないです。女性の日傘で顔に触れた経験多数あります。 信号待ちで立っていて日傘がぶつかったケースが最多です。 日傘も付近に人がいても気付かないのでしょうか? 結局、歩きスマホでも日傘でも、何も無くて前を向いて歩いていても、ぶつかる時はぶつかるものです。
- yaasan
- ベストアンサー率22% (2728/12284)
良くも悪くも集中力の強さと注意力の散漫さの結晶なのだと思います。興味のある事に集中できて、興味のない事には注意力が働かない(働きにくい)から、同時に二つのことを上手にこなせないのだと思います。
- g27anato
- ベストアンサー率29% (1166/3945)
「脳機能」という事では様々な細かい部分での個人差だろうと思いますが、 それを「能力」と表現するなら、 外部からの危険情報を「誰にでも」つまり自分にも起こりうる事として脳内に落とし込む能力に欠けている。 …そう言えるだろうと思います。 これは教育で知識として与えられるだけでなく、少なくとも近似経験による実感を得られなければ身に付かない事なので、 その「判断に必要な経験値」が全く足りてない結果だろうと思われます。 質問の言葉を借りるなら、 「欲求の優先度をTPOで判断」する脳機能が、 経験値の不足で未成熟なんだろうとも言えます。 個人的には、 脳機能の個人差を「普遍的な体験による実感で補完」する必要性と表現して、 …論理的な結論にしたいと思います。 機能として捉えるなら、 漢字の「想」を用いて表現される事柄(例えば想像や想定、仮想など)に関係する機能が未熟な状態なのかもしれません。
- aeromakki
- ベストアンサー率36% (870/2378)
私本人が重度のADHDなのですが、 歩きスマホ等をする人には、高率でADHDを持つ人がいるだろうと思います。 私自身は、己れの不注意さが病的だという自覚があるので、一切、歩きスマホをしないんですがね。 後、人格的に未成熟な人々(つまり、子ども)と、子どもっぽい性格の人が含まれると思います。 危険の可能性を軽視して、平然と世の中舐めているから、歩きスマホが出来るわけです。 人が死んだり事故にあったりするのを自分の眼で見た経験がない人達なんだろうか、とも思います。 私と同年輩以上でも、歩きスマホする人はいるので、性格なのか、苦労がないからなのか、ADHD等障害が実はあるからなのかは、分かりませんね。