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執行猶予要らない⁉ 常磐道の煽り運転判決に物議
- 去年の常磐道で起きた煽り運転事件の判決が出ました。判決は二年半の執行猶予となり、物議を醸しています。
- 軽いと感じる人もいる一方で、執行猶予をつけずに即刑務所送りにすべきだという声もあります。
- さらに、被告人が再び運転免許を取得する意向を示していることも問題視されています。人権派の裁判官や弁護士、教師が社会をダメにしているとの意見も聞かれます。皆さんはこの判決についてどう思いますか?
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法改正前の裁判だから本当は罰金で終わっていたかも。 執行猶予が付いた懲役刑になったことは妥当だと思います。 あおり運転に関する行為(妨害運転)を処罰する改正道路交通法が第201回国会・2020年(令和2年)6月2日に可決成立、同10日に公布され、6月30日に施行。 刑法が専門の甲南大学法科大学院の園田寿教授は、今回の判決について「法改正が行われる前の事件であり、強要罪の量刑や、けがの程度からみると、執行猶予の付いた2年6か月という判決は妥当だと思う」と話しています。 そのうえで、あおり運転に対する司法の判断について「今後、同様のあおり運転は新しい法律で裁かれていくが、今回の裁判で示されたあおり運転に厳しい態度で臨むという精神は引き継がれていくと考えられる」と指摘しています。(NHK NEWSWEBより)
- ミッタン(@michiyo19750208)
- ベストアンサー率15% (3894/25669)
軽すぎです!! 執行猶予いらん!!
お礼
有り難うございます
- KGS
- ベストアンサー率24% (1324/5321)
つくづく日本という国と司法は、加害者に寛容なのだという印象です。 執行猶予という司法制度は何のためにあるのでしょうか。 加害者をすぐに収監しないで、一定期間何も罪を犯さなければご破算ですか。 確かにショッキングな事件でしたが、感情的な事件の今回の加害者のみを感情的に判断することは公平ではないと思います。 ですが、これだけのことをして執行猶予というのは国民感情から乖離していると判断されても仕方ないでしょう。 飲酒事故などによる法改正も何かが起きるたびに少しずつ厳正化されています。 この、あおり運転に対する法改正もなされましたが、日本という国はどうも加害者に更生させることを第一に考えているようで、人を殺しても死刑や無期懲役はあっても終身刑というのはありません。 飲酒運転で人を殺しても死刑にはなりません。 免許取り消しの行政処分ですか・・・ 被害者感情としては、加害者に一生、車の運転はしないでほしいという声はよく聞きます。 ですが、生涯免許を取れないという法律はありません。 欠格期間という間は免許の取得はできないけれど、それを過ぎれば免許取れますよ、みたいな優遇措置が普通にあって人を死なせた人がまた免許を取れるのです。 殺された人や遺族は、たまったものじゃないでしょう。 加害者も運転できないと生活が? 人を殺しておいて、のうのうと生活どころか運転までして、、、 というのが被害者感情ではないでしょうか。 法律というものは、何か事件があって初めて見直されるものであって、何もなければそのままです。 今回の事件も、現在の法律の下で公平な判断であるとか賠償がなされているからうんぬんという意見もありますが、質問者様の執行猶予はいらないという感情は、私も同意します。 今の法律がこうだから仕方ないのではなく、法律自体が時代に合わなくなっていることをもっと国民は考えるときではないでしょうか。
お礼
有り難うございます
- citytombi
- ベストアンサー率19% (1721/8628)
この煽りが原因で死者が出ていないわけですから、罪刑法定主義に則ると仕方のない判決です。 私情や感情で、刑を軽くしたり重くしたりできませんからね。
お礼
有り難うございます
別に怪我人や死人が出たわけではないですよね? ま、心情的には貴方の言いたいことも分からないわけではありませんが、仕方ないでしょうね。
お礼
有り難うございます
- sutorama
- ベストアンサー率35% (1688/4747)
法改正前の事件であったことと・・・ 「被害者3人のうち2人に対し、合わせて93万円の被害弁償を行っていること、残る1人に対しても100万円の被害弁償を申し出ていること、その他の事情を踏まえて、同様の事件の量刑の傾向に照らすと、この事件の社会的影響などを加味して実刑にするのは、公平な量刑を逸脱しかねない」 ・・・とのことで、被害者がソレ以上の量刑を望んでいないという・・・ことだと思います 傷害事件を含んだ今回の事件ですから、被害者感情が大切で、被害者本人たちが、ソレで良いと判断した結果ですね 私もお気持ちは一緒ですが、司法においての「被害者救済」を考えれば、妥当かなぁ・・と ただ、「反省」という読み取れないモノを法による裁量で図るのはそもそも無理なのでは?と、日頃より感じています
お礼
有り難うございます
お礼
有り難うございます