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道産子、北海道だけ馬?

古来日本では農耕に運搬に牛がよく使われましたが、北海道だけ牛みたいにごつい馬がいます。 なぜ北海道だけ馬なのでしょうか?牛より寒さと雪に強いのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

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  • g27anato
  • ベストアンサー率29% (1166/3945)
回答No.4

「道産子」 …北海道在来の和種馬を指します。 「北海道だけ馬」 …農林業の違いによると思われます。 「農耕に牛」 …大陸から本州に、稲作とともに伝わったのが牛です。 水耕に向いていたのが在来馬に比べ足腰の強い牛でした。 「北海道だけごつい馬」 …「ごつい」のは小型の道産子ではなく大型の輸入種です。 質問の牛は本州の「農耕牛」を想定して、 馬は「道産子」と「輸入馬」の混同なのでしょう。 体形と体力を比較すると、 「道産子」≦「農耕牛」≦「輸入馬」 …という違いです。 「農耕牛」は「在来和馬」に比べ足腰が強く、本州の「水耕農業」に向いてました。 本来の「道産子」は体が小さく寒さに強く、「開拓初期」の北海道では飼いやすかったようです。 「ごつい馬」は明治以降に林業の山間運搬などで重用された、「荷曳き」向けの輸入ヨーロッパ種です。

jkpawapuro
質問者

お礼

うーむバンエイ馬が道産子と思っていました。 もともと小柄な道産子が使われてて、それが戦前に品種改良で大型化したんですね。 ご回答ありがとうございました。

その他の回答 (5)

  • eroero4649
  • ベストアンサー率32% (11130/34641)
回答No.6

北海道は、明治時代になって新たに開拓された地で、江戸時代以前は松前藩辺りのごくごく一部を除けば未開の原野が広がる大地でした。 ほぼ無人の野に近い場所に入植が進みましたので、外国の文化なども旺盛に入ってきました。そんな中で、陸軍の方針として馬の生産が奨励されたのです。 日本の内国産馬というのは木曽馬みたいな馬で、世間でいうところのポニーに入ります。つまり、小っちゃい。 明治維新で大日本帝国は近代軍を作るとなったわけですが、当時の欧米列強の大砲や物資の輸送手段は船、鉄道と馬ですから、特に馬の育成が急務となりました。 日本の馬がポニーで体重も400キロ程度であることに比べると、サラブレッドがだいたい体重が500キロくらいですが、ヨーロッパの軍馬となると体重が800キロくらいあります。桁違いにデカいのです。 デカいから重くて大きな大砲も弾けるし、騎兵としての破壊力も桁違いです。重さ800キロといったら軽自動車なみですから、騎兵の突撃とは軽自動車が時速30~40キロくらいで突っ込んでくる迫力でもあるのです。 特に大日本帝国軍はロシア軍と相対することになりましたし、ロシア軍のコサック騎兵といったら世界的にも精強で有名です。日露戦争は明治37年ですから、軍馬の育成はどれだけ急務だったのかという話です。 しかし馬を育成するには牧場として広い場所が必要ですし、基本的に馬ってのは寒い場所の動物です。ヨーロッパは寒いし、モンゴルだって冬はマイナス30度級の気候です。馬は、そういう場所の生き物なのですね。 そこにちょうどよく収まったのが、北海道であったというわけです。 日露戦争から10年後の第一次世界大戦から時代は馬からトラック(自動車)にとってかわってゆくのですけれども、敗戦に至るまで、大日本帝国陸軍にとって軍馬の育成は課題であり続けました。 意外に思うかもしれませんが、あの戦車軍団のイメージがあるナチスドイツ軍でもトラックや自動車は戦車部隊に優先配備されて不足していたので、大砲や物資の輸送において歩兵部隊では馬は非常によく使われていました。

jkpawapuro
質問者

お礼

どさんことばん馬、混同していました。ご回答ありがとうございました。

  • g27anato
  • ベストアンサー率29% (1166/3945)
回答No.5

No4、「ごつい馬」について追加で参考回答です。 「道産子」と「ごつい馬」は別種です。 質問の「ごつい馬」は「ばん馬」と呼ばれ、 戦前の政府が軍需活用を目的として北海道を馬産振興の拠点にした名残りで、 「道産子」ではなく、ヨーロッパ由来の「ペルシュロン種」です。 本来の「道産子」は「ペルシュロン種」の導入で数が減り、 戦後は北海道農林業の大規模機械化で馬産自体が衰退したため、 「ごつい」ペルシュロン種も、現在は北海道帯広で「ばんえい競馬」として残っている程度です。

jkpawapuro
質問者

お礼

どさんことばん馬、混同していました。ご回答ありがとうございました。

  • aeromakki
  • ベストアンサー率36% (870/2378)
回答No.3

ついでになりますが、荷物を積んで速さを競う、ばんえい競馬というものがあります。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%88%E3%81%84%E7%AB%B6%E8%B5%B0 ↑昔は本州でもやってたみたいですが、これがいまだに残っているのが北海道だけみたいです。 だから、鍛えてるのでは?

jkpawapuro
質問者

お礼

はいばんえい競馬で思った疑問です。ご回答ありがとうございました。

  • rikimatu
  • ベストアンサー率19% (629/3297)
回答No.2

道産子は日本の在来馬なので北海道のみです。他の地域だと与那国馬や木曽馬に当たります。 農工や運搬に牛を使っていたのは主に関西圏で関東圏は馬になります。 北海道では松前を訪れた宣教師の記録により17世紀初頭には和人地で馬が用いられていたことがわかる。ただし蝦夷地に馬が渡来した時期は遅く、18世紀末頃と考えられている。この時期、多くの近江商人が東蝦夷地に入って来たためです。 ちなみにサラブレット(今見る馬)はスピードに特化していますが、道産子など在来馬は、農耕(今でいうトラクター)や物資運搬などに特化しています。

jkpawapuro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

  • mare5646
  • ベストアンサー率23% (108/451)
回答No.1

子供の時に道産子で農作業していたのは見たことありますね。 詳しくは解りませんが、当時は今のトラクター的存在だったと思います。 農耕馬としてだけでは無く、人や物を運んだりするトラックとしての役割もありました。 冬になると馬そりを引いて人や物をを運んでいたので、雪深い道を漕いで行く力強さと脚力は道産子が適していたのでしょう。 ドラマでも馬そりを引くシーンがあったりしますが、やはり牛よりも道産子が引く方がカッコいいですね。

jkpawapuro
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。

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