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自分が誰か分からない

  • 質問No.9656092
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お礼率 100% (49/49)

私は自分がどういう人間なのかが分からず、悩んでいます。

私は自分が何を好きなのか、何をしたいのか、何を望んでいるのかがよく分かりません。
私はとあるキャラクターのグッズをよく集めているのですが、それを集めている自分を自分だと思えなくなるときがあります。
私はそのキャラクターが好きな自分を演じていると感じるときがあります。
そうやって演じていると、自分がきちんと自分として生きているという実感を感じられる気がします。

私は22年間生きてきましたが、自分の中が空っぽだと感じます。
私の中には大きな空洞があって、一時的には満たされても、すぐにその空洞から様々なものが出てきてしまうような感じがあります。
とても虚しいです。

私はきちんとした日本語の名前を持っています。
ですが、その名前がなぜだかしっくりしないと思う時があります。
それが自分の名前だということは頭ではっきりと分かります。
でも、なんだか名前に現実味がないのです。

私は自分の存在が曖昧で、現実味がなく、よく分かりません。
いったい自分というものはどこからそう定義されるものなのかが分かりません。
一般的な人間は自分というものを頭であれこれ考えなくても分かるものなのでしょうか。
回答よろしくお願いします。

質問者が選んだベストアンサー

  • 回答No.3
  • ベストアンサー

ベストアンサー率 48% (241/492)

私も高校生の頃、(何らかの失敗をして)先生から「君らしくないなー」と叱られた時に、「僕自身、自分自身が分からないのに、アンタに何が分かるんだ!?」って思いました。

人生の四半世紀を過ぎて大人になった今、少しだけ分かった事は、『「(その人)らしさ」は他人が決めるんだな』ってコト。「自分らしい自分」って、すっっっっっごく不安定なもんですよ。

時にマジメで、時に不真面目でいい加減で・・・。私の場合、趣味はローテーション。「本好きで読書→飽きたら映画→飽きたら旅行に出て写真撮って→飽きたら家でTVゲーム三昧→飽きたらしばし何もしない→本に戻る」ってな感じ。

『自分の中が空っぽ』とは、面白い表現です。私も同じですかね。時に父を演じ、時に夫を演じ、時に(親の前では)子どもを演じる。演じてる意識は、有る時も無い時もあります。『人生は、皆、ひとつの物語の主人公であると同時に、他人のエキストラである』とか。

『名前がしっくり来ない』とは、親御さんに命名の由来を聞いた事は無いのですか? 何かしら、名前に込めた思いがあるはずです。でも、別に、込められた想いの通りに生きる必要はありません。ソレは、親御さんの想い。貴方が居るという事が、親御さんの糧(かて)。

どういう人間なのか分からずに生きているのは、ぶっちゃけると、皆同じ。自らの存在意義に悩む時があります。早かれ遅かれ皆死ぬのに、何故に懸命に生きなければ(働かなければ)いけないの?と。太宰治や寺山修司など、読むのに力が要る作家さんも多いですよ。

哲学的な問いなので、何を答えられても、貴方にしっくり来る回答は得られないかも知れません。是非、公立図書館の『哲学書』のコーナーに出向いて、国内外の書籍を多く読まれる事をオススメします。なぜなら、それらの本が書かれた起因が、貴殿のこのお悩みと似ているからです。
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

その人らしさは他人が決める、自分らしい自分はとても不安定、ですか・・・。
難しい表現で今の私にはあまりよく理解できませんでしたが、なんとなく心に刺さりました。
やはり皆自分について悩むものなのですね。皆同じ人間ですものね。
私の場合、暇なのもあって悩みすぎてしまうのが問題なのかなと思いました。
哲学書はほとんど読んだことがないので、今度借りてみようかなと思います。
回答ありがとうございました。
投稿日時:2019/09/13 16:57

その他の回答 (全6件)

  • 回答No.7

ベストアンサー率 50% (31/61)

心の病気・メンタルヘルス カテゴリマスター
一般的な人間というものは、自分というものがなにものなのかを全く知る余地がありません。それは、あなた様のように苦しまないで済むように頭の構造自体が鈍くなっているからです。作曲をする人(アーティストと呼ばれる方)は、ある程度あなた様のように感受性が高く不安や悲しみ、恐れといったものに敏感なので歌をつくることができます。こころに響く曲がかけるのです。人間は、生まれた時、無の状態で産まれてきますので22歳であってもほとんど無であることに変わりはありません。そこからいろいろな経験をして自分がなにものなのかがわかるようになったとしても、普通の人なら年をとり、死が近づいているころでしょう。精神障害者または、それに近い人間というものの中にはそれ(無)を若いうちから感じとりはじめ苦しみ始めます。あなた様のいう空洞というものが深層心理、深層意識、無意識、ソウル、霊的とかと呼ばれるこころの奥底にある無つまり普通の人がかんじることができないものです。それを感じ取る人間は、あまりに膨大な情報量の思考というものに対して空っぽさを感じ取りはじめます。表層心理・意識(普通の状態のとき感じ取ることができる心理・意識のこと)が深層心理・意識の氷山の一角で深層心理・意識は、表層心理・意識の何万倍もの思考があると言われております。虚しさは、本当はそんなことしか考えていないわけがないというこころの訴えです。そんなあなた様は、胸が押しつぶされそうになりますよね。ここのメンタルヘルスに質問にくるひとには、わたしは、虚無感を感じるという人がいますがわたしも若い頃、その虚無感に苦しめられました。虚無感を感じ、涙をこぼすことは普通のことなのですが人生にとって大変危険な状態であるのも確かです。そういったときには、自分一人ではけっして悩まず、また質問しに来てくださいね。
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

興味深く回答を拝見しました。
私も虚無感を強く感じる時が有り、もっと若かった頃は本当に虚無感に苦しめられました。
そのときの気持ちが今になってまた蘇ってきた気分で、とても辛いです。
またなにかありましたら質問させていただきます。暖かい言葉をありがとうございます。
回答ありがとうございました。
投稿日時:2019/09/14 10:01
  • 回答No.6

ベストアンサー率 22% (72/322)

そうですか、Tukiko226さんに素敵な文章を紹介します このQAの社長、松田元さんの文章です 是非、読んでみて下さい 
https://project.okwave.jp/wakamono/project-02/answer/special_03.html
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

二度目の回答ありがとうございます。
URLの文章見ました。
URLまで載せてくださってありがとうございました。
投稿日時:2019/09/14 09:57
  • 回答No.5

ベストアンサー率 20% (595/2854)

心の病気・メンタルヘルス カテゴリマスター
直接、お話しができれば、お望みの
回答とは云えないまでも、ヒントくらいは
提供できそうなのですが、現実問題
会見は不可能なので……例えば、
自分自身と会いたいのであれば、
あらゆる日常的なテーマで、1,200字(=400字詰め
原稿用紙3枚)以内程度のショートエッセーを
多数書いてみませんか。それらの個々の内容が、
アナタ様の人間像・人物像の一端を示してくれる
筈です。

ふろく: 最寄りの公立図書館で、
『失敗図鑑』(いろは出版)・『失敗図鑑』(文響社)を
読んでみませんか。
[アナタ様自身の失敗体験を列挙してみることも
行ってみませんか。モチロン、成功体験も書き出して
みましょう。
〈「失敗」「成功」は、アナタ様の人間像・人物像の
一端を示してくれます〉]

「旅」をしてみることも、
お勧めします。
旅先で出会った人と話をしている
プロセスでも、アナタ様自身との
出会いがある筈です。
[会話を録音しておいて、再生して
聴けば、その中にもアナタ様の人間像・人物像が
見られます]

ムカ~シ、《不可解》と書き遺して
華厳の滝に飛び込んで、死んでしまった人が
いますが~~~~《不可解》でも、
《分からない》侭でも
宜しいのではないでしょうか。

Good Luck!
Ciao.
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

自分を知るにはショートエッセーなどが良いのですね。
実は私は最近自叙伝的なものを書き始めました。
まだ小学生時代のところですが、頑張って書いています。
回答ありがとうございました。
投稿日時:2019/09/13 17:07
  • 回答No.4

ベストアンサー率 29% (490/1656)

こんばんは
回答になるかならないかは少し不安ですが...
最近感じたことがあります。
7月に山登りに行きました。2泊3日で日本で2番目に高い所で、比較的人気があります。
一番の問題は登山の日程です。
昨年より梅雨明けが遅く、特に初心者である私はあれこれ考えた末、
かなり思い切った判断で梅雨明け直後で休日開けに出発しました。
おそらく、登山する人は少ないだろうと推察しました。
いざ、現地の麓に行くと、なんと駐車場が満杯の状況でした。
...
即ち、私の脳みその働きは、極々単純平均的である。大衆的判断を行う極めて特徴を持たない人間であり、私に取って代わる人々は、捨てるほどこの世には存在している...という理解と共に納得してしまった訳で...
...
71才になり、ようやく受け入れざるをえない体験をしてしまいました。
結論
なかなか人は自分を正しく認識し認めるには、人生の大半を費やしても難しいものなのです。
Good luck!
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

私も自分のことをごくごく普通の取るに足らない人間だと思っています。
でも、その事実が悲しくて、どうしても特別な感じが欲しくて、色々と探しています。
自分が取るに足らない人間だということを受け入れたい気持ちと受け入れたくない気持ちが内在しているようです。
回答ありがとうございました。
投稿日時:2019/09/13 17:05
  • 回答No.2

ベストアンサー率 22% (72/322)

Tukiko226さんは今、社会人ですか、それとも学生さんなのかな…私は今、結婚し家を建て住宅ローンを抱え子供や嫁さんを養い日々、仕事を頑張っています Tukiko226さんは22歳と若いので漠然とした不安があるのかな 今、Tukiko226さんは自分がどうゆう人間か分からないとの事ですが、自分という人間は今置かれている環境や状況でコロコロ変わっていくと思います なのでそこに拘らず何者でもいい、カメレオンの様にコロコロ臨機応変に変わっていけばいいと思います この先、素敵な男性に出逢えば彼の事で頭の中は一杯になり、結婚して家族が出来れば旦那さんや子供の事で頭が一杯になると思うから なので、今は何者か良く分からない自分な時期でいいと思いますよ 人生はこの先も長く続きます 臨機応変、色々な自分でいいと思いますよ
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

私は現在は恥ずかしながら無職の身です・・・。
治療に専念しています。
確かに自分というのは変わるものですよね。最近、私もそれを強く実感しています。
今はそのままの何もない自分でいいのかな、と一瞬思えました。
回答ありがとうございました。
投稿日時:2019/09/13 16:43
  • 回答No.1

ベストアンサー率 12% (700/5599)

いわゆる離人症のせいではないかと思います。私は自分というのは何かの影のようなものだと思っています。追求すればするほど実体がなくなります。普通の人は途中で追及をやめているので大丈夫なだけでしょう。追求をやめるとかえってその存在が明瞭になるというのが自分つまり我を忘れている時がなく常に我に返っていると、自分が消えてしまったように感じられるのではないでしょうか。
お礼コメント
Tukiko226

お礼率 100% (49/49)

離人症のせいなのはあると思います。
昨日も酷い離人感があり、自分の名前が一時的に分からなくなったり、体が自分のものだと思えなかったり、自分の性別に違和感を感じたりしました。
自分を追求しすぎると頭がおかしくなりそうです。
回答ありがとうございました。
投稿日時:2019/09/13 16:39
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