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根拠のない自信を主張してくる人

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  • 質問No.9331203
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お礼率 64% (1732/2699)

私が絶対に正しいという99.9%の自信があっても主張できないのは0.01%のところで「万が一、もしかしたら私の勘違いかもしれない」と思うからです。自分が間違っていたときに恥をかくという恐れに対する私の防衛なのでしょう。

一方で、世の中には99.9%の根拠のない自信を突きつける人間もいます。

そして水掛け論になりますが、録音などの「証拠」がない限り、言ったことを言ってないということを証明するのは不可能です。その限り、真実は五分五分となってしまいますが、そういう輩に限って実際は間違っていることが多いです(経験上)。

恥をかくことを恐れる人は自尊心があるからなのでしょうか?
実際、「私が間違っているかもしれない」と素直にそれを相手に伝える人もいます(そういう相手に対してはこちらもすごく謙虚になれます)。しかしそれができない人は自尊心がないのでしょうか?

本当に間違っていたときにかくのは本人です。そのようなおそれがないのでしょうか?
確認もせず、その場で我を通す人間には辟易しますが、そういう類の人間はいったいどのような考え方や心理を持っているのでしょうか?

このような人は自信があるからなのでしょうか。それとも我を通しているだけなのでしょうか?自信があることと我が強いということはどう違うのかと考えさせられます。

また、このようなタイプに対処する方法もあわせて教えてください。参考にいたします。
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回答 (全8件)

  • 回答No.7
レベル14

ベストアンサー率 80% (4167/5163)

学問・教育 カテゴリマスター
「お礼コメント」をありがとうございました。

>相手の言ったことに「なるほど」という言葉で対応しましょう。
言ってもないことを言ったことに対して「なるほど」と言うのですか!?でもその話によっては白黒はっきりさせなければならないときにはどうしたらよいのでしょうか。
⇒なるほど、お気持ちはよくわかります。

でも、この「なるほど」は、(一部繰り返しになりますが)意味がちょっと違うのです。「なるほど、ごもっとも」とか「なるほど、あなたの言うとおり」という意味の「なるほど」ではありません。

「なるほど、あなたはそう感じたのですね」、の「なるほど」です。もっと言えば、「私はそんなことを言ったつもりはありませんが、あなたは私がそう言ったと思ったのですね。なるほど、あなたが(幻聴か、誤解か、から威張りかはわかりませんが)《そう感じた》ということは分かりました。あるいは《そう聞こえた、と言いたい》、《ことの真相などは別にして、とにかくそう言いたい》…ということは分かりました」、という意味の「なるほど」です。

「なるほど」と言って、ワンクッション入れるのです。そうすれば、少なくとも、突然「そんなこと言ってないよ」とか「誤解だよ」と返すよりは冷静な対話ができると思うのですが、いかがでしょうか。
これを別の言い方で言えば、「相手を飲み込む」、「相手を包み込む」、「相手より一段高いところに立つ」、「人間のEgocentric particular(自己中心的特殊規定)の本質を自覚する」、「Perspectivism(遠近法主義)の観点に立つ」、「より上級の審理を求める」…というようなことではないでしょうか。少なくとも、それにつながる心的態度ではないでしょうか。
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答者様の温かい共感のお言葉、痛み入ります。

精神論的としてはご尤もだと思います。相手も受け入れられていると思えばこそ、自分にも非があったのかと認めるかもしれません。
親しい相手や信頼する相手、長く付き合いたい相手なら自己と自己で付き合うということが必要かもしれません。

でも世の中にはそうではない人も多くいます(特にそれを活かすべくあるような生業もあります)。
「なるほど」と言ったことを逆手に「そっちは納得しただろう」と返すかもしれません。

でもそれは試してみないとわかりませんし、この文言はリトマス試験紙のようになるかもしれませんね。
投稿日時 - 2017-05-23 12:53:49


  • 回答No.8
レベル14

ベストアンサー率 80% (4167/5163)

学問・教育 カテゴリマスター
再度の「お礼コメント」をありがとうございました。

>精神論的としてはご尤もだと思います。相手も受け入れられていると思えばこそ、自分にも非があったのかと認めるかもしれません。
>親しい相手や信頼する相手、長く付き合いたい相手なら自己と自己で付き合うという
ことが必要かもしれません。
⇒はい、おっしゃるとおりだと思います。

>でも世の中にはそうではない人も多くいます(特にそれを活かすべくあるような生業
もあります)。
⇒そうですね。「どんな言説・主張でも、必ず反論して屈服させることができる」と言った古代の哲学者もいましたからね~。さらに、相手に対する立場上の優位さを利用して(虎の威を借りて)無理難題・不条理を押し付ける輩もいますね。こういう手合いは処置なしですね。
トラシュマコスというギリシャの哲人はこう言いました。「正義の何たるかを決めるのは、時の支配者だ」と。どの国の政治もこれで満ち溢れています! それは別としても、これの小型版が巷間に満ち溢れていますね。本来、それとこれとは別のはずです。人間関係のあり方と物事の理法(何が真か)は無関係のはずですが、多くの人がそれを絡めて言動を行う…。この世には、いかに多くの「己を知らぬ」者が跋扈していることか!

>「なるほど」と言ったことを逆手に「そっちは納得しただろう」と返すかもしれませ
ん。
⇒確かに。しかし、そういうときは、「早まってもらっては困るね」、あるいは、もっと厳しく「つけ上がりなさんな」と言ってやりましょう。ひと呼吸おいてから、「そちらの目からはそう見えた」ということが分かったと言ったんですよ。「こっりゃあ、おったまげたと思いましたけどね」とでも付け足しましょうか。

>でもそれは試してみないとわかりませんし、この文言はリトマス試験紙のようになる
かもしれませんね。
⇒「凶と出るか、吉と出るか」ですね。私の経験では、「始め凶と出たが、吉に変わった」ことがありました。
ただし1回の「なるほど」でそうなったわけではありません。「第2クッション」を入れました。それは「ソクラテス的アイロニー」ってやつです。つまり「変だな」と思ったことを直接反論するのでなく、質問するのです。「~とはどういうこと?」とか「~は理解できない(実は、理解に苦しむ)ので、説明して」などです。その種の「質問」を続けるうちに相手は返答に窮したり、矛盾すること(つまり、自家撞着)を言ったりします。
最初の「なるほど」は、実はジャブで、この質問攻めは、フックです。相手が返答に窮したり、自家撞着に陥ったりするときは(オウンゴール的)アッパーカットです。つまり、相手はその時点で秘かに自分が間違っていたことに気づくのです。

「柔よく剛を制す」、「ソクラテス的アイロニー」の効果はじっくり効きます。しかし、相手をなじってはなりません。まずは共感しましょう。「人間だもの」と…
  • 回答No.1
レベル13

ベストアンサー率 20% (220/1082)

>恥をかくことを恐れる人は自尊心があるからなのでしょうか?

自尊心に無理に結びつけなくても、単に恥をかくのが嫌なだけだと思います。

>しかしそれができない人は自尊心がないのでしょうか?
自分が正しい事に絶対の自信があったり、恥をかくとは考えが及ばないんでしょうね。


>本当に間違っていたときにかくのは本人です。そのようなおそれがないのでしょうか?

恥をかくのはですかね?
『恥をかく』で一つの意味をなす言葉なので、略すことはできません。
繰り返しになりますが、自分が正しい事に絶対の自信があったり、恥をかくとは考えが及ばないんでしょうね。

>そういう類の人間はいったいどのような考え方や心理を持っているのでしょうか?

そもそも、そういった方たちを一括りにする事が間違いの元だと思いますが、考えが及ばないから恐れもないのだと思います。

考えられるのに行動が伴わないよりは、とても自然ではないでしょうか。

>このようなタイプに対処する方法もあわせて教えてください。

面倒だから話しはそれなりに聞いて、はいはい言っておく。従う必要はないし、上辺だけは合わせるようにするだけです。

あまりにも気に食わなければ、ハッキリ言います。滅多に言うことはないと思いますが、言うならとことん理詰めで反論させないので、それで終わると思います。
補足コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

>そういった方たちを一括りにする事が間違いの元

この間違いについて何についての間違いなのか教えてください。
投稿日時 - 2017-05-19 21:36:22
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答ありがとうございます。

>恥をかくのはですかね?

そのとおりです。脱字でした。

>上辺だけは合わせるようにするだけです。

それでよいのでしょうか?ご自分が間違っていると思われるのは嫌ではないのでしょうか。感情的にしこりは残りませんか?またもしそれが重要なことであったら後々トラブルに巻き込まれたり、自分が損害を被ります。

>言うならとことん理詰めで反論させない

理詰めというのは根拠(証拠)があってできることです。
水掛け論にはどう理詰めで反論すればよいのでしょうか。
投稿日時 - 2017-05-19 21:35:02
  • 回答No.2
レベル12

ベストアンサー率 41% (156/379)

 仮に間違ったことを主張し論破されても根拠ない自信家は自分には責任が無い理由を考え出し、自分は間違っていないと思い込む。
 もしくは、強く主張してた理論など言っていないがごとく振る舞い新たに正しいと思ったことを自分が考え出したように語る。
 仕事に失敗した場合も失敗の原因を他人に押し付ける自分を正当化する。
 自信の能力、地位を知ってか知らずか他人の欠点、失敗を踏み台に上位の立場に立とうとする。
 答えられない質問に対しては答えにならない答えではぐらかす。もしくは「そんなくだらない質問はするな。」などと怒り出す。

 「自信と我が強い」 
「自信」には経験や理論的裏付けや根拠が必要です。
「我が強い」は我がまま、自分勝手、理論的裏付けや根拠は不必要な気がします。
 
 謙虚では負けず嫌いとも言えるかもしれません。努力家で能力と運が有ればそれなりの成果を生み。一部の人は大業を成し歴史に名を残すのかもしれませんね。
 
 このようなタイプに対処する方法、
・可能ならば会話を関係を避けます。
・利害関係などなく、不仲になってよいと思えば発言の間違え矛盾点をさり気なく質問して嫌われます。(あくまで質問です。)
 「多くの人が・・・。」や疑わしい数字など曖昧な場合も質問します。
 「何人ぐらいですか?」「どこが発表した数字ですか?」「その資料を見せてもらえますか?」
・録音も良いですね。スマートフォンで簡単に録音できますね。「大事な内容なので録音させてください。」と宣言しても良いかもしれません。
 実は部下でもない人に対し偉そうに振る舞う人に対してつい鼻柱を折りたくなります。

そのような人でも付き合わなくてはいけない人ならば
・その人の良い点を探します。
・相手の態度に変化が無く我慢の限界に達した場合は諦めま関係を避けます。
 
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答ありがとうございます。

>自分には責任が無い理由を考え出し
以下こそが「自己欺瞞」ということだと思います。
「絶対」はないと考え、0.01%のところでもし自分が間違っていたら(まず自分が恥をかくし)相手に対して失礼だと思うはず。
自他に対する気持ちの配慮がないんです。

>「自信」には経験や理論的裏付けや根拠が必要です。

対外部に対する自信の示し方ですね。
しかしそれは物的証拠があればこそ、自分の中では絶対的な自信がないくとも相手がこうでてきたら「はったり」をかますことも必要ですね。これが処世術というものかもしれませんが。
たとえ自分が間違っていたとしてもそのような相手の前で恥をかいたとしても別に気にしなくてもいいかもしれません。「嫌われる勇気」が必要なら「恥をかく勇気」も同様だと思いました。
そういう意味で私は人を選んでいいかもしれません。相手が欺瞞人間(諸悪の根源)ならとくに。

嫌われたら困るというのは合理的、利害的な関係でならさらに意識せざるをえなくなりますが、「どうしても付き合わなくてはならない相手」というのはいません。むしろ自分のほうがこだわったりしがみついている場合もある。だから私に必要なのは「関係を捨てる勇気」ですね。
なによりも私の感情が大切。こういう低レベルの人間に対して我慢し続けた自分をもっと労わらなくては。

具体的な証拠をとる方法や追及の文言、参考になります。
投稿日時 - 2017-05-20 10:36:06
  • 回答No.3
レベル14

ベストアンサー率 21% (1014/4825)

哲学 カテゴリマスター
ここで回答すると、反論する人がいますが、
気にしません。
自分が向上する(認識を深める)ために役立つ
部分があれば学ぶし、役に立たないならば無視
するだけです。
同じ会社ならば、相手の向上も考慮せねばなり
ませんが(自己の損得に関わる)、ここを離れ
れば他人です。
社会を変えるには、全ての人を説得するのも必要
ですが、QAサイトで反論するような素質のない
人を、いちいち説得していたら、人生いくつあっ
ても足りません。
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答ありがとうございます。

>QAサイトで反論

それはネットという二次元の世界の中の、ある意味非現実的な場所だからそのようなスタンスでいることもできます。
でも現実的なしがらみの中ではスルーすることもできません。

>QAサイトで反論するような素質のない人

哲学ならば反論があることが前提です。反論を気にしないというのもあなたのお考えあってのことでしょうけれど、反論も参考になるものです。
それに対して反論していく(哲学では止揚というのでしょうけれど)。そこでもまた学びや気づきはあります。相手の反論が完全に間違っていなければ。もっとも間違いだと決めるのも本人ですが。
投稿日時 - 2017-05-20 10:40:39
  • 回答No.4
レベル14

ベストアンサー率 80% (4167/5163)

学問・教育 カテゴリマスター
「もしかしたら私の勘違いかもしれない」と思って主張を控えるのは、慎み深い行為で、素晴らしいですね。
さて、いろいろお尋ねのところ、勝手に絞り込んですみませんが、基本的な、というか、根幹の部分について2, 3点だけ申しあげます。

>確認もせず、その場で我を通す人間には辟易しますが、そういう類の人間はいったいどのような考え方や心理を持っているのでしょうか?
⇒そういう人は、(根本的な部分をひとことで言ってしまえば)「己を知らない」のだと思います。「己を知る」ということは大変なことで、自分であって自分でなくなる、自分から飛び出して上から自分を見なければならない、自分を俯瞰しなければならない、そして、他人と比較してみなければならない、自分と他人の違いや、とりわけ自分の欠点を認識しなければならない。「己を知る」ためには、常にそういうスタンス、心の姿勢を持たなければならないでしょう。常に「我を通す(だけの)人間」にはそういう「心的態度」がないのだと思います。

>このような人は自信があるからなのでしょうか。それとも我を通しているだけなのでしょうか?自信があることと我が強いということはどう違うのかと考えさせられます。
⇒すでにご指摘があるように、「根拠があるか、ないか」の違いでしょう。そして、自信のある人は理詰めに裏付けの説明ができますが、単に我が強いだけの人はそれができず、文字通りただ「我を張る」だけですね。
ただし、1つ注意したいことは、そういう相手に対して同じレベルで対応すると「ドングリの背比べ」になる、ということです。そうすると、相手もこちらを「我が強い(だけ)」と見るでしょう。(では、「どうすればよいか」は次の段落で考えます。)

>このようなタイプに対処する方法もあわせて教えてください。参考にいたします。
⇒2段階に分けて考えましょう。
まずは、相手の言ったことに「なるほど」という言葉で対応しましょう。その意味は、「あなたがそう感じたということは分かりました」ということで、決して「あなたの言うとおりです」という意味ではありません。したがって、どんな理不尽な内容であっても、まずは「なるほど」と言いましょう。これが第1段階です。
相手が冷静に感想などを求めてきたら、そのとき初めて、正直に「自分の意見」を言います。これが第2段階です。感想などを求められない限りは、「なるほど」だけで止めておきます。ということは、通常は第1段階どまりになることが多いでしょう。(ムカッとして、感想などを求められもしないうちに、まくし立てたりするのは最悪です。「ドングリの背比べ」現象になって、せいぜいケンカ別れが関の山でしょうから。)

その場での「決着」を求めず、にこにこしながら、コックリしながら、「なるほど」と言いましょう。そうすれば、相手が次第にこちらに好感を抱くようになって、いずれ後になって感想などを求めてくるかも知れません。そのときになって初めて「本当の対話」が始まると思います。そして、信頼関係や友情が芽生えることにつながるかも知れません。

以上、ご参考になることを願って。
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答ありがとうございます。

>己を知らない
>「我を通す(だけの)人間」にはそういう「心的態度」がないのだと思います。

ああまったくそう思います。

自己認知の客観視は「メタ認知」というのですが、それはアタマのほうのことですが、そういう意味での認識能力は普通にもっている。しかし「自己」という心の世界への哲学的な深い洞察がないのでしょうね。
無意識に行っているのでしょうね。ああもう徹底的に追及して意識化させたい!(笑)
「自己を知る」ということは痛いものです。ですから自己欺瞞に陥ったり、抵抗があったりすると思います。

>自信のある人は理詰めに裏付けの説明ができます

やっぱりー。じゃあ私、自信をもっていいと思います。とにかく理論的人間ですから。あ、「リクツニンゲン」ではないですよ、ヘリクツも得意ですが(笑)

>単に我が強いだけの人はそれができず、文字通りただ「我を張る」だけですね。

確かに。こういう人は間違いや矛盾を指摘されると感情的になる傾向があることはもう数え切れないほど見てきました。

>1つ注意したいことは、そういう相手に対して同じレベルで対応すると「ドングリの背比べ」になる

そうなんですよねー。真実は一つなのに五分五分になってしまいます。しかもそこに第三者が絡むともう最悪。

>相手の言ったことに「なるほど」という言葉で対応しましょう。

言ってもないことを言ったことに対して「なるほど」と言うのですか!?でもその話によっては白黒はっきりさせなければならないときにはどうしたらよいのでしょうか。
投稿日時 - 2017-05-22 19:29:06
  • 回答No.5
レベル10

ベストアンサー率 35% (21/59)

参考URLより、検証主義とは、命題は経験によりたしかめられ
てはじめて意味をもつ。社会構成主義のニヒリズム派は、すべて
の思想は観点に依拠し、事実というものは存在せず、あるのはた
だ解釈だけ。質問者様を仮に検証主義として、検証主義と社会構
成主義のニヒリズム派の対立と見ると、質問者様の疑問がすこし
くっきりするのではないか?

ニヒリズム派原理主義の場合は、自信満々で言い切って論が認
められればそれが事実になると考えるかもしれない。逆に認め
られないなら論が誤りになってしまうので、言い切り続けるし
かなくなってしまうと考えるのかもしれない。根拠のない自信
を主張してくる人になるのかもしれない。

どうして原理主義なのさ?ニヒリズム派が原理主義になると、根
拠のない自信を主張してくる人になるってどのくらい正しいのさ
? って事についてはなんともわからんです。参考になるといいな
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答ありがとうございます。

実はこの相手というのは行政なわけでして(笑)
いかにも「社会構成主義のニヒリズム派」ですね。

でもご回答者様の、この問題への社会構成の観点から着眼は賢明です。面白い。水掛け論の果てに、「このニヒリズム派が!証拠と根拠を示せよ」と言いたい…
でも結局「検証派」も証拠がなければ検証ができないわけで…(;´・ω・)
どのみちこういう相手にはあらかじめしつこいほどの証拠をもって挑むしかないですねー。ああメンドクサイ。
投稿日時 - 2017-05-22 21:16:37
  • 回答No.6
レベル14

ベストアンサー率 20% (1345/6461)

他カテゴリのカテゴリマスター
frau さん、こんにちは。


世の中には99.9%の根拠のない自信を突きつける人間もいます。
逆です。なまじっか、自尊心があるから、恥をかくことを忘れているんですよ。
そういう人とは関わり合いを持たないこと。出来るだけが外野にいること。
内側に入ると、あなたが使えるまで使い込まれ、振り回されるだけ振り回されます。
お礼コメント
frau

お礼率 64% (1732/2699)

ご回答ありがとうございます。

>なまじっか、自尊心があるから、恥をかくことを忘れているんですよ。

確かに相手もプライドがあるから我を通すのでしょうね。

そこで「なまじっか」というのがポイントになるんです。
もしこちらが「これが証拠なんじゃ。これでも自分が正しいのか」と提示すればそこで恥をかくのは自分です。
相手がそれを出すかどうかは主張している時点ではわからない。でももしかしたら証拠があるかもしれないとまで考えていない。ほんとに自尊心がある人はそこまで想定するはずです。
証拠を持たずに我を通す側はプライドに対する「危機管理」がないんです。

>内側に入ると、あなたが使えるまで使い込まれ、振り回されるだけ振り回されます。

今そういう立場にいるんです。だから悩んでるんです…
投稿日時 - 2017-05-22 21:24:41
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