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鎌倉時代に新仏教が興った理由

arhatの回答

  • arhat
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回答No.1

平安時代から鎌倉時代に移り変わるときに源平合戦という大きな戦がありました。平安末期に栄華を誇った平氏に対して源氏が立ち上がった戦いですね。その間 民衆は戦争に巻き込まれるわけですから、せっかく開墾した農地を荒らされたり、作物を取れなくなり飢餓になることもあります。もちろん死ぬこともあるわけです。 そうなると力も無い農民が頼るのは宗教ということに なるわけですが、平安時代の宗教は天台宗や真言宗などの密教といい、人里離れた山奥に入り俗世を絶って 滝に打たれるなどの厳しい修行に耐えなければなりませんでした。これではなかなか民衆には辛いものです。 そこへ登場したのが、法然が唱える浄土宗です。彼は ”極楽へ行くには厳しい修行は必要ない。ただ南無阿弥陀仏と唱えればよいのです。”と説きました。 このお手軽さがうけて民衆がこぞって彼のもとに従ったということです。 それに続いて踊り念仏の時宗や、ひたすら座禅をすればよいと説いた曹洞宗、題目と現世改革を唱えた日蓮などの多彩な宗教者が出てきたのです。

epkakpe
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