• ベストアンサー
  • すぐに回答を!

適者生存、自然淘汰は、進化論では誤りだそうで

日本では、戦前から適者生存、自然淘汰で、強いものが生き残るといわれてきました。 進化論にお詳しい方お教え下さいませ。 私は、専門外で分かりません。

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数1
  • 閲覧数331
  • ありがとう数2

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.2
  • hymat
  • ベストアンサー率58% (94/160)

べつに専門家じゃありませんし、専門家だって進化の過程を見てきたはずがないので、どのみち推定なわけですけど、少なくとも「適者生存」は「弱肉強食」じゃありませんし、「弱肉強食」は食物連鎖の話であって、同種で争う縄張り争いや共食いのような話じゃありません。 たしかに市場原理でも適者が生存し、自然に淘汰されていくわけですから、出世競争や経済の自由競争を生物の進化になぞらえる例え話はよくあります。でも、勝ちさえすれば正しい、生き残るためには手段を選ばない、などというケンカの論理は進化論にも創造論にも関係ありません。 人為的に適者を選んだり、恣意的に淘汰したりするのは、進化ではなく選別です。農業や畜産の世界ですね。単にコジ付けてなぞらえて、狼藉者が悪企みを正当化しようとするものです。人間以外の生物では食うためには殺しますが、縄張り争い等で殺すことはありません。あくまで自分の領域を確保するために追う払うだけです。 おそらく19~20世紀初頭の植民地争いに日本政府が割り込もうとした国策が定着したまま放置されているだけと思います。現在では進化論自体も"進化"して、遺伝の神話も見直されていますし、突然変異も偶然とは言えなくなってきています。 暴力や謀略で「強いもの」ではなく、環境に「適応したもの」が生き残るのです。それを「強い」と言います。時代の転換点にあっては、新時代に適応できるかどうかが試されま す。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

あなた様の学識の深さに敬服しました。ありがとうございました。

関連するQ&A

  • 中立進化説って何ですか?

    僕は進化論のことを、単純に自然淘汰とか適者生存の原理のことだけを言っているのだと思っていました。 でも進化論はそんな単純な話ではなく、中立進化という考えがあることを聞かされました。 これについて、理科系はど素人の僕にも誰か分かりやすく教えて頂けないでしょうか?

  • 進化論が正しいとすれば

    自然淘汰説によれば正直者は淘汰され嘘つき者は適者と考えてよろしいでしょうか? とすれば、世の中は有害無益者だらけと考えていいでしょうか? あくまで進化論が正しいとした場合のことですが。

  • 突然変異と自然淘汰で進化をすべて説明できるのでしょうか

    突然変異と自然淘汰で進化をすべて説明できるのでしょうか 突然変異は複雑な生命になればなるほど、個体にとって不利に働くとききます また、ランカマキリなど植物にみごとに擬態してる生き物は突然変異と自然淘汰では説明できる気がしません 進化論(突然変異と自然淘汰)は正しいのでしょうか 進化論を信じたいので、ID論・創造論の意見は控えてもらって、進化論の立場から解決したいです

  • 進化論の今

    最近、ダーウィンの進化論はもう過去のものだという話を某掲示板で見かけ、現在主流の進化論はどういうものなのか気になりました。 ド・フリースの突然変異が追加されただけではない、自然淘汰とは全く別の切り口の進化論が、もう主流になってきているのでしょうか? もしそういう主流の進化論があるとすれば、どういうものなのでしょうか? 高校生ぐらいのレベルで解説して頂けると助かります。 なお、お礼・お返事は少し遅くなるかもしれません。

  • 進化論の疑問

     自然淘汰を説明するために、キリンの首の例がよく引き合いに出されます。確かにキリンの場合、ほかの個体よりも少しでも首が長ければ、より高い位置にある木の実などが食べやすくなりますので、生存競争には有利になるかも知れません。ですから、「突然変異によって首の長いタイプが生まれるたびに、従来型の首の短いタイプが淘汰されていき、現在のキリンになった。」というのは、なんとなく頷くことができます。  しかし、生物の形質には、何段階もの進化のステップを踏まない限り、有用な形質にまで至らないものがたくさんあると思います。  例えば、哺乳類がこの世に誕生したときのことを考えてみます。そもそも哺乳類は爬虫類から進化したものなのか、それとも鳥類から進化したものなのか、わたしには全くわからないのですが、哺乳類となる前は、やはり卵を産んでいたのではないでしょうか。「卵を産んで子孫を残していた動物が、たった一回の突然変異によって、卵を産むのをやめて、いきなり赤ん坊の状態で産むようになった。」というような劇的な変化は、さすがに考えられません。一般的に進化といわれているものは、徐々に連続的に変化していくものなのだと思います。ですから、この場合も事前に緩やかな突然変異を何度も繰り返しておいて、全ての準備が整った時点、つまりは哺乳類として妊娠・出産するための構造が完成した時点で、その新しいシステムを採用したのでしょう。ここで疑問が生じます。進化途上の造り掛けの構造は、全く機能しませんので、生存競争には一切関与しなかったということになります。そのような役に立たないものを退化させずに何世代にも亘ってもちつづけることができたのは、なぜでしょうか? しかも、ただもちつづけただけではありません。まるで完成形というゴールを目指すかのように着実にステップ・アップをしていくことができたのは、いったいなぜでしょうか?  ほかにも、ヒトの発汗を司る構造や植物の光合成を司る構造など、進化の途中段階ではなんの役にも立たなかったと思われるものは、生物界にはいくらでも例があると思います。これらは、なぜ、適者生存の法則とは無縁のまま、より高度なしくみへとステップ・アップを繰り返していけたのでしょうか?  ご教示のほどよろしくお願いいたします。できれば、高校生でも理解できる程度の易しい解説をお願いいたします。

  • これは進化論ではないのでしょうか?

    これは進化論ではないのでしょうか? マタイ七章にこうあります「よい木はよい実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。よい木が悪い実をならせることは出来ないし、また、悪い木がよい実をならせることもできません。よい実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」 ヨハネ十五章にはイエスをぶどうの木にたとえた同じような記述があります。このように聖書にも存在に有効な性質と無効または有害な性質を神が選び 存続を決定するととれる記載があります(ゆにこ説) よい木というのは存在性のことで 悪い木というのは存在できない性質のことです。これは進化論で言う自然淘汰ということではないでしょうか。 進化論を否定してきて ようやく認め始めたキリスト教ですが 僕にはこれは進化論に見えます つまり進化論も聖書から出て来たのではないでしょうか と思うのですが?

  • 生物の進化と自然淘汰説

    ダーウィンが唱えた「自然淘汰説」による種の進化について教えて下さい。 簡単に言って、種をとりまく環境からの淘汰圧によって有利な系統が生残し、こうした自然選択と交配を繰り返す事で種が進化する、という理解で正しいでしょうか? 自然淘汰説は、進化を説明する上で不十分または誤っているという意見をいろいろなところで耳にします。私自身は、自然淘汰説は非常に分かりやすくて親しみやすいストーリーだと思っているのですが、どういった点で誤っているのでしょうか。また、種の進化について、現在の主流となっている学説をご紹介いただければ幸いです。参考HPや書籍でも結構です。よろしくお願い致します。

  • 進化論

    私は、大学の理系の学部を卒業しましたが 生物系ではないので進化論は、やっていません。 高校でもやった覚えはありません。 アメリカでは、義務教育に進化論が入っているのでしょうか。 最近の、放射線事故で分かった人もいると思いますが、 進化論は、実験不能なので化石の年代測定が誤っているだけ で、崩壊してしまう脆い理論だと思います。 ここまでは、科学の疑問でしたが わざわざ、哲学カテゴリで質問しているのは 進化論という理論自体が人間にとって都合の 悪い理論だと思うからです。 自然淘汰などを主張するならば、人類より 現代の地球に適した生物や人類より優れた 生物、人類より賢い生物が現れたら、 地球の支配権(?)をその生物に譲り渡すということでしょうか。 (私は、それでもいいですが) 私には、キリスト教的な人間だけが特別の存在である という理論のほうが受け入れやすいですが。 アメリカでしつこく、進化論が正しいと主張している人は 何がしたいのでしょうか。

  • 人間は何故,裸への進化を選んだのか。

    人間は何故,裸なのか?。進化論的には絶対に不利であるが,それを選択した。 島泰三氏の「はだかの起原」という本があります。 要旨はヒト科の中で毛皮を失ったのは現生人類だけだという。毛を失うと、保温や防虫ができず、生存上きわめて不利でそんな進化はダーウィンの「適者生存」で説明できない。進化論には穴があるという。 こうして島氏は「重複する偶然」による「不適者の生存仮説」を唱える。「裸化に利点はない。しかし、裸化した人間が成功した理由は、裸化にある」という。自然淘汰に反していながら結果的に繁栄をもたらすような、一見、目的論的な変異はダーウィンと矛盾するわけではない,と言われる。 島氏の推論は抽象的な表現あって,私のような凡人には理解不能です。他に,人間が何故,裸なのかのご意見をお伺いします。なお「アクア説」はご勘弁願います。

  • 「変化論」でなく、「進化論」と呼ばれるわけは?

    進化論について、非常に初歩的なことがわからなくなってしまいましたので、教えてください。 「進化論」は、遺伝子の突然変異と自然淘汰により、生物の進化が進んだという考え方だと思うのですが、もし、そうだとすると、「進化論」は、「生物の性質が変化すること」、すなわち、「様々な多様な生物が発生すること」の説明にはなっていますが、「生物が進化する」ことの説明にはなっていないのではないでしょうか? 「変化」という言葉には、「方向性」の意味は含まれていませんが、「進化」には、「より高度な方向へ向かっての変化」というような方向性の意味が含まれていると思います。 「進化」という言葉の意味をそのように考えると、「進化論」は、生物種が「変化」する理由の説明にはなりますが、「進化」する説明にはならない、すなわち、「生物が高度化する説明」にはならないのではないでしょうか? 何故なら、自然淘汰された種と自然淘汰されなかった種があった場合、後者が前者より「高度」であるという根拠は全くないからです。例えば、「マンモス」が淘汰され、「みみず」が未だに淘汰されていないからと言って、「みみず」の方が「マンモス」より高度だとは言えないからです。 従って、「進化論」は、本当は「変化論」と呼ぶべきなのではないでしょうか?