• ベストアンサー
  • 暇なときにでも

進化論の今

最近、ダーウィンの進化論はもう過去のものだという話を某掲示板で見かけ、現在主流の進化論はどういうものなのか気になりました。 ド・フリースの突然変異が追加されただけではない、自然淘汰とは全く別の切り口の進化論が、もう主流になってきているのでしょうか? もしそういう主流の進化論があるとすれば、どういうものなのでしょうか? 高校生ぐらいのレベルで解説して頂けると助かります。 なお、お礼・お返事は少し遅くなるかもしれません。

共感・応援の気持ちを伝えよう!

  • 回答数3
  • 閲覧数826
  • ありがとう数4

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • 回答No.3
  • piloli
  • ベストアンサー率14% (1/7)

現在の進化論は新ダーウィン主義とか総合説、総合進化論などと呼ばれていますが、それはダーウィン進化論を発展させたもので、根底は、つまり突然変異と自然淘汰は、地球球体説や地動説と同じくらい間違いないことだと考えられています。 多くの主要な生物学者は正統ダーウィン主義かあるいは修正ダーウィン主義を信奉していると公言していますから、ダーウィン主義が過去の物だというのはそのウイルス進化論者か創造論者くらいのものだと思いますがいかがでしょう。 で、その総合説ですが、動物生態学、解剖学、古生物学、分子生物学などの様々な分野の研究を結びつけた物で、その中でも遺伝子を扱う分子生物学が強い影響力を持っているようです。遺伝子の差異、親疎を分析することによってカバは馬よりクジラに近いと言うことがわかったり、種分化の大まかな時期を測定したりされています。またガラパゴス諸島でのフィールドワークなどから実際に今起こりつつある進化(の特に自然淘汰)が観察されたりしています。他にはミツバチの働きバチのように子を残さない個体の存在を「血縁淘汰」という考え方で説明したり、ライオンの群れやクジャクの生殖行動の研究から「性淘汰」の様々なメカニズムも明らかになりつつあります。 木村資生の中立進化論は分子生物学的な視点からは有用ですが、自然選択に関わらないため進化ではない(ダーウィン主義的な進化とは言えない)と極論してしまう生物学者もいます。 総合説は70年代末頃から盛んになってきましたから、既にご存じかもしれません。ちょっとNowThinkingさんがどのくらいお詳しいかわからないので、参考になりそうな本も上げにくいのですが・・・。 ちなみにウイルス進化論ですが、以下のような指摘がなされています。 自然選択や突然変異を否定している割に、それにかわる具体的なメカニズムを説明していないし、「その主張には他の研究結果の軽視、無視が見られ・・・議論が破綻している」。そう指摘されたのも20年以上前の話で、それ以来ウイルス進化論はいっこうに前に進んでいないようです。リンク先はウイルス進化論に呈された疑問です。創造論についてのわかりやすい反論もなかなか読み応えがあります。

参考URL:
http://members.jcom.home.ne.jp/natrom/virusevo.html

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 総合説ですか。 Wikiの方ではおおざっぱにしか説明がなかったので、噛み砕いて解説して頂けて助かります。 ダーウィンの頃から時を経て様々な分野で検証をされてきていても、まだ進化論の根幹は変わっていないということですね。 70年代からと言うと…私が学校で習ったものがそのまま今でも主流ということになります。 安心しました(笑) あと、全く関係ないですが、ご紹介頂いたサイト。 以前、血液型性格判断関係を調べていた時に読んだ覚えが。 その道では有名なサイトなのでしょうね。

関連するQ&A

  • 突然変異と自然淘汰で進化をすべて説明できるのでしょうか

    突然変異と自然淘汰で進化をすべて説明できるのでしょうか 突然変異は複雑な生命になればなるほど、個体にとって不利に働くとききます また、ランカマキリなど植物にみごとに擬態してる生き物は突然変異と自然淘汰では説明できる気がしません 進化論(突然変異と自然淘汰)は正しいのでしょうか 進化論を信じたいので、ID論・創造論の意見は控えてもらって、進化論の立場から解決したいです

  • 進化論を信じていますか?

    私は昔から進化論はあやしいと思っている者ですが、先日アメリカでは 全く進化論は教えていない地域もあると新聞で読みました、日本では真理のように教育されているようですが、私が疑問としている事は 1 進化論を信ずるのはなぜですか? 2 進化過程のものが皆無だ(突然変異によるとの説明だが) 3 人間は進化しているのか否か(例えば5000年前と現在)? 4 人間が進化して突然変異をすればいかなる動物に進化するか? 皆さんはどのようにお考えですか教えて下さい。

  • 進化論が正しいとすれば

    自然淘汰説によれば正直者は淘汰され嘘つき者は適者と考えてよろしいでしょうか? とすれば、世の中は有害無益者だらけと考えていいでしょうか? あくまで進化論が正しいとした場合のことですが。

その他の回答 (2)

  • 回答No.2
  • TTOS
  • ベストアンサー率40% (209/510)

突然変異が基本なのですが,「中立説」はダーウィンと違うでしょうね。

参考URL:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%AB%8B%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AA%AC

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。 中立説、ざっとですが読んでみました。 ダーウィンの頃とは違い、分子生物学の方面からの根拠があるのがかなり強力そうでワクワクします。

質問者からの補足

それにしても…私が知りたいのは「今現在主流になっている進化論」なのです。 Wikiには言及が無かったのですが、この中立説が、実は今主流の進化論となっているのでしょうか?

  • 回答No.1
  • NAZ0001
  • ベストアンサー率29% (508/1743)

突然変異と自然淘汰は、今でも2大柱です。ただ、一般に考えられてる遺伝情報のコピーミスや放射線などによる変異だけでは、現在の進化の速度を説明できません。とくに、複数の固体で同時に発現することが必要とされています(首の長いキリンが1匹だけ発生してそれが広まったのではなく、同時多発的に首の長いキリンが出現するくらいの速度が必要)。 説明する手段としては、いくつかあります。 1つはウィルス説。ウィルスによって、他の個体の遺伝子が運ばれたり、ウィルス自体が遺伝子の改変の元になるという考えです。これなら、同時多発的突然変異が可能です。 もうひとつは、もともと遺伝子の中に、タイマーのように潜んで出現する遺伝子の存在です。フレームシフトと呼ばれる遺伝子の変化が候補にあがっています(特定範囲のDNAが前後逆にひっくり返ることで、意味の持つ遺伝情報となる)。もちろん、この変異が有益かどうかは起こらないとわかりませんが。複数の固体で同時多発的に同じような遺伝子の変異が起こる仕組みが、もともと生物にはあるようです。 とりあえずこんなところで。

共感・感謝の気持ちを伝えよう!

質問者からのお礼

回答、ありがとうございます。 お話によると、進化論の主流というか根幹は、私が学校で学んだ20年ぐらい前からあまり変わっているわけではさそうですね。 でも、ウィルスによる遺伝子の改変や、DNAに元から組み込まれていた同時多発的変異、なんていう話もあるのですか。 今後の展開が楽しみです。

関連するQ&A

  • 「変化論」でなく、「進化論」と呼ばれるわけは?

    進化論について、非常に初歩的なことがわからなくなってしまいましたので、教えてください。 「進化論」は、遺伝子の突然変異と自然淘汰により、生物の進化が進んだという考え方だと思うのですが、もし、そうだとすると、「進化論」は、「生物の性質が変化すること」、すなわち、「様々な多様な生物が発生すること」の説明にはなっていますが、「生物が進化する」ことの説明にはなっていないのではないでしょうか? 「変化」という言葉には、「方向性」の意味は含まれていませんが、「進化」には、「より高度な方向へ向かっての変化」というような方向性の意味が含まれていると思います。 「進化」という言葉の意味をそのように考えると、「進化論」は、生物種が「変化」する理由の説明にはなりますが、「進化」する説明にはならない、すなわち、「生物が高度化する説明」にはならないのではないでしょうか? 何故なら、自然淘汰された種と自然淘汰されなかった種があった場合、後者が前者より「高度」であるという根拠は全くないからです。例えば、「マンモス」が淘汰され、「みみず」が未だに淘汰されていないからと言って、「みみず」の方が「マンモス」より高度だとは言えないからです。 従って、「進化論」は、本当は「変化論」と呼ぶべきなのではないでしょうか?

  • 生命の誕生は、進化論で説明できますか?

    今から、約35億年も前に、RNAで自己増殖できる 原核生物が誕生したそうなんですが、 それまでは、まだ、DNAはなかったらしいんですね。 だとすると、突然変異と自然淘汰で、原核生物が 誕生したのではないと思うので、「生命の起源」は、 突然変異と自然淘汰では説明できないと思うのですが、 どうなんでしょうか? あと、たまたま突然変異で有利に変異した個体が 生存競争で「ふるい」に掛けられて、 より環境に適応した個体が生き残って子孫を 増やしていく・・・この蓄積が自然淘汰だと 思うんですが、 要は、自然環境が、突然変異した個体を「ふるい」 にかけるだけで、何ら、その個体に主体的に「環境」 が働きかけているわけではないと思うのですが、 そのような消極的な自然淘汰が、その個体を維持する ことは出来ても、果たして、より高度な秩序ある 更なる個体へと進化させていくほどの機能があるとは 到底信じられません。 ましてや、偶然の産物でしかない突然変異で、 高度な機能を有する秩序ある個体へと進化していくとは さらに、信じられません。 開放系であるこの地球で、太陽エネルギー以外の 何らかの別の力(目的・方向性をもつエネルギー)が 生命に働きかけて、エントロピー減少へと 向かわせているようにしか思えませんが、 いかがなものでしょうか? 私はそれがまさしく神の愛だと思うんですが・・・

  • 進化論では、命はどうやって始まるんですか?

     進化論では生命はどのように始まったことになっているんですか?  進化論についてちょびっと高校で習っただけでそんなに詳しい知識はないのですが、単細胞生物みたいなのから魚とか虫とか、哺乳類とか鳥類に突然変異のようにして進化していった、というものだと思っています。  これについても間違っていたら教えていただけると嬉しいです。  進化自体はまあ納得はできないけど、わかるんですが、一番最初はどんなやつでどうやって生まれたんでしょうか。特定の何かを指さなくても個人的な想像でもいいです、どうなんでしょうか。  あと、突然変異で好ましい変化が起きた事例はあるのか、も教えていただけるとありがたいです。  カテゴリ選択間違ってたらごめんなさい。

  • 進化論の謎についての疑問

    進化論の謎についての疑問 雑誌Newtonのムックでダーウィン進化論を特集してる号があります 確か去年出た赤い表紙のやつです そこで質問なんですが、58ページに現代の進化論の謎ということで 突然変異がいくら積み重なっても魚類から両生類へのような大進化は説明できない というようなことが書かれています。 ここがよくわかりません。本書後半に載ってある中立説なんかを考えると いきなり魚がカエルになることは考えにくいですが、見た目に現れない突然変異のが遺伝 していき、ある臨界点(勝手に考えました)を期に一気に進化したりとかはないのでしょうか というか、そもそも大進化は小進化を積み重ねではないんですか? 否定されてるんですか?

  • 進化論の疑問

     自然淘汰を説明するために、キリンの首の例がよく引き合いに出されます。確かにキリンの場合、ほかの個体よりも少しでも首が長ければ、より高い位置にある木の実などが食べやすくなりますので、生存競争には有利になるかも知れません。ですから、「突然変異によって首の長いタイプが生まれるたびに、従来型の首の短いタイプが淘汰されていき、現在のキリンになった。」というのは、なんとなく頷くことができます。  しかし、生物の形質には、何段階もの進化のステップを踏まない限り、有用な形質にまで至らないものがたくさんあると思います。  例えば、哺乳類がこの世に誕生したときのことを考えてみます。そもそも哺乳類は爬虫類から進化したものなのか、それとも鳥類から進化したものなのか、わたしには全くわからないのですが、哺乳類となる前は、やはり卵を産んでいたのではないでしょうか。「卵を産んで子孫を残していた動物が、たった一回の突然変異によって、卵を産むのをやめて、いきなり赤ん坊の状態で産むようになった。」というような劇的な変化は、さすがに考えられません。一般的に進化といわれているものは、徐々に連続的に変化していくものなのだと思います。ですから、この場合も事前に緩やかな突然変異を何度も繰り返しておいて、全ての準備が整った時点、つまりは哺乳類として妊娠・出産するための構造が完成した時点で、その新しいシステムを採用したのでしょう。ここで疑問が生じます。進化途上の造り掛けの構造は、全く機能しませんので、生存競争には一切関与しなかったということになります。そのような役に立たないものを退化させずに何世代にも亘ってもちつづけることができたのは、なぜでしょうか? しかも、ただもちつづけただけではありません。まるで完成形というゴールを目指すかのように着実にステップ・アップをしていくことができたのは、いったいなぜでしょうか?  ほかにも、ヒトの発汗を司る構造や植物の光合成を司る構造など、進化の途中段階ではなんの役にも立たなかったと思われるものは、生物界にはいくらでも例があると思います。これらは、なぜ、適者生存の法則とは無縁のまま、より高度なしくみへとステップ・アップを繰り返していけたのでしょうか?  ご教示のほどよろしくお願いいたします。できれば、高校生でも理解できる程度の易しい解説をお願いいたします。

  • 進化論: 何故、システムとして進化できるのでしょうか?

    生物を構成する個々の小さい部品が突然変異と自然淘汰の積み重ねで進化できるのは、わかるような気がしますが、多数の部品が統合されて、全体がシステムとして働いているようなものは、進化論ではどのような説明が可能なのでしょうか? たとえば、「目でモノを見る働き」などが、進化の結果として実現されるためには、眼球のレンズ、レンズを動かす筋肉、網膜、視神経、視覚像を処理するための脳細胞、涙腺、瞼の条件反射などなど、ものすごく多くの部分が全体として調和されて進化して初めて可能だと思います。 しかし、これらのシステムを構成する個々の部品は、それぞれ、別の遺伝子が管理しているでのではないのでしょうか?もし、そうだとすると、レンズができても、レンズの筋肉ができなかったり、たまたま、両方できても、網膜ができなかったり、あるいは、視神経ができなかったりすると思います。 これらの個別部品が、「同時期に一気」に全体が調和するように進化する理由がよくわかりません。また、「同時期に一気」にではなく、「別々の時期に、少ずつ」だとすると、まだ、レンズの筋肉ができていなかったときのレンズは、どうやって体内に固定していたのかとか、そもそも、「見る」という「有益な機能」に至る前の「ただのレンズ」などは、「自然淘汰」の過程で、存続し続ける必然性がないのではないかと思うのです。 ということで、進化論では、個別部品を統合したシステムとしての進化をどのように説明可能なのかを教えてください。

  • これは進化論ではないのでしょうか?

    これは進化論ではないのでしょうか? マタイ七章にこうあります「よい木はよい実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。よい木が悪い実をならせることは出来ないし、また、悪い木がよい実をならせることもできません。よい実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」 ヨハネ十五章にはイエスをぶどうの木にたとえた同じような記述があります。このように聖書にも存在に有効な性質と無効または有害な性質を神が選び 存続を決定するととれる記載があります(ゆにこ説) よい木というのは存在性のことで 悪い木というのは存在できない性質のことです。これは進化論で言う自然淘汰ということではないでしょうか。 進化論を否定してきて ようやく認め始めたキリスト教ですが 僕にはこれは進化論に見えます つまり進化論も聖書から出て来たのではないでしょうか と思うのですが?

  • 進化論

    私は、大学の理系の学部を卒業しましたが 生物系ではないので進化論は、やっていません。 高校でもやった覚えはありません。 アメリカでは、義務教育に進化論が入っているのでしょうか。 最近の、放射線事故で分かった人もいると思いますが、 進化論は、実験不能なので化石の年代測定が誤っているだけ で、崩壊してしまう脆い理論だと思います。 ここまでは、科学の疑問でしたが わざわざ、哲学カテゴリで質問しているのは 進化論という理論自体が人間にとって都合の 悪い理論だと思うからです。 自然淘汰などを主張するならば、人類より 現代の地球に適した生物や人類より優れた 生物、人類より賢い生物が現れたら、 地球の支配権(?)をその生物に譲り渡すということでしょうか。 (私は、それでもいいですが) 私には、キリスト教的な人間だけが特別の存在である という理論のほうが受け入れやすいですが。 アメリカでしつこく、進化論が正しいと主張している人は 何がしたいのでしょうか。

  • ダーウィンの進化論はラマルクの進化論とは違います

    ダーウィンの進化論は、進化の主役は自然にあり、それを「自然選択」といって、これはデカルトに始まる機械論的世界観によるものですので、目的がありません、偶然により進化します。 それに対してラマルクの進化論は彼の「動物哲学」で述べられているもので、キリンの首が長いのは、高いところのエサを食べようとして意志し、首を伸ばそうとして首が長くなったと言いました。 それを「獲得形質の遺伝」と言っています。 ところが、どなたか、首を伸ばして高いところのエサを食べるのをダーウィンの進化論と同一視して論じる人がいます。 でも、ダーウィンはそんなことは言っていません。 自然が選択して、たまたま首の長いキリンが生まれて、それが環境に適応した結果、首の長いキリンが種を増やした、と言っているだけです。 19世紀の末、英国のハーバート・スペンサーは「社会進化論」で、自然界には生存競争があり、その生存競争によって種は「淘汰」される、そして「淘汰」を生きぬいたものだけが生き残る、と言いましたが、それもダーウィンの進化論とは違うものでした。 19世紀の英国による世界制覇を合理化・正当化するためと、当時の英国の「進歩思想」、歴史は進歩発展するという思想に基づくもので、ダーウィンの進化論とは似てもつかないものでした。 ダーウィンは自然界に「生存競争」があるなんて言っていませんでした。 だから「自然淘汰」と訳していますが、正式には「自然選択」です。 それに「進化」と言っていますが、どちらかといえば「変化」です。 「進化」というと、進歩発展を連想しますが、ダーウィンは環境の変化に応じて、種も変化すると言っているだけです。 自然が進化のイニシアチヴを握っている、という意味で。 確認質問です。 間違っていますか?

  • 生物の進化について

    ダーウィンの進化論によると、生物の進化は、 (1)適材適所による進化(自然淘汰のような形。キリンの長首だけ生き残るといった例) (2)突然変異による進化 があると言われますよね。 しかし、私には、どうしてもそれが納得できません。 もちろん、そうした形での進化もあるでしょう。 しかし、ほとんどの進化は、“意志”による進化だと思うのです。 例えば、カメレオンが自分の体の色を変えられるのが、自然淘汰とは思えないし、突然変異とも思えません。 カメレオンは、自分で体の色を変えたら、獲物を捕食しやすいと思ったからこそ、体の色を変えられるようになったのだと思っています。 でなければ、自分で自分の体の色などわからないのに、どうして色が変わっているとわかるのでしょうか? 自然淘汰であれば、なぜ体の色を変えられる動物が他にいないのでしょうか?人間だって、体の色を変えられる人種がいてもおかしくないですよね。 そういった例はたくさんあります。 食虫植物だって、昆虫が栄養にならないだろうか?と考え方からこそ、昆虫を溶かす成分ができるようになったのでしょう。 蝶の羽に丸い模様があって、それが鳥を威嚇する形だというのは、偶然できたのでしょうか? スポーツ選手が訓練によって、身体能力を延ばせるのと同じように、動物というのは、長い年月によって、生きるために必要な身体的能力を手に入れるのではないかと思っています。 そして、意志の力によって、遺伝子も変えられるのではないかと思っています。 この考えはおかしいでしょうか? 学問的な研究をされている方などからのご返答、お待ちしております。