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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:忘れえぬ昭和の雑誌とあなたの思い出)

忘れえぬ昭和の雑誌とあなたの思い出

Ae610の回答

  • Ae610
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回答No.25

---最も印象に残っている雑誌--- 趣味系の雑誌だと・・、 ● 鉄道ピクトリアル、鉄道ファン ● へら鮒 ● BIG BIKE Cruisin' ● 星の手帖(確か当時は季刊誌だったような!?) ・・・辺りかなぁ!?(1冊に決められないのでご容赦!) 当時の当方にとっては「鉄道ピクトリアル」は、一寸難解、「鉄道ファン」は車輛の解説記事が好きだった・・! 「へら鮒」は、紀州の竿師さんたちの紹介記事とかがあって良かった・・! 「BIG BIKE Cruisin'」は、当時、中々合格出来なかった自動二輪限定解除審査で落ちて帰ってくる度に、この雑誌を見て合格した後どのバイクにしようかなどと想いを馳せ乍ら次こそはと頑張るトリガーとして利用した・・! 「星の手帖」は、「天文ガイド」よりも内容が近づき易い印象だったので・・! 「天文ガイド」も時々は買ってたと思う・・! ・・・こんなところ!

noname#204018
質問者

お礼

> 鉄道ピクトリアル、鉄道ファン 鉄道ピクトリアルが老舗なんですね。私は鉄道マガジンとかレールウェイなんたらしか知らなかったです。 会社にも最近鉄ちゃんがいることがわかって、驚くと同時に違う一面を知って親しみがわくのは、鉄道という趣味の 健全さゆえのことでしょうか。 小学生の頃、家が駅裏で工場に燃料で運ぶ石炭が広場に山積みしてあり、貨物の引き込み線があってワムだとかホキだとか 謎の言葉が描かれた貨車に乗って遊んでました。 もう、鬼籍にはいられましたがひと回り上の大学の先輩が、Nゲージというのでしょうか鉄道模型が趣味だと聞いて 元は山岳部で華族の末裔というその先輩のイメージがかなり親しみやすいものにかわりました。 一つ違いの私の元部下のAさんは、創刊号から鉄道マガジンをもっていてやたら鉄道計画とかにも詳しかったですが 彼は「乗り鉄」なのだそうです。 >へら鮒 あ、あああ~つ。これはもうにわか勉強ではついていけません。釣りの極致。 へら鮒釣りは、貴族の趣味ですよ。 釣りといえば、若い頃から夫婦仲が悪かった私は、息子と二人でよく街の釣り堀にいって、釣りやってました。 息子はなぜかこつをつかんでよく大きな鯉をつってました。私はたまに金魚がつれるだけ。 その後、離婚して40代半ば、ネットの釣り堀で「大きな恋」をつろうとしましたが、外道というべき人妻ばかり 釣ってました。素養がないのでしょう。 > BIG BIKE Cruisin' 私の生まれは静岡県のヤマハ発動機の本社のある町でした。 父の従弟はバイク屋で、父は車の免許はなくてもバイク免許だけは持っていて、古いバイクの後ろに私たち兄弟を のせて、遠州灘の海岸に連れていってくれました。 親父は黙々とリールをつけた棹を遠くになげていましたが それはまるで映画のシーンのようで 親父が何かを釣った記憶はありません。 仕事でninjyaという名のバイクを展示してるK重工にいったことがあります。会社の人がみな 内燃機関が大好きな人ばかりに見えました。 >星の手帖 誌名からしてロマンチックですね。美術手帳もそうですが「手帳」とつく雑誌は戦後まもなくの創刊とおもいきや こちらは70年代の創刊なんですね。ええ、季刊誌というのも風格があります。鉄道誌がきかんしというのなら 理屈があいますけど http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/70/a051625714bf0f5b11f86c7242453a36.jpg これいいですね。季刊天文誌ってかっこいいです。 現代宇宙論とか・・・そうそう。おそらく70年代後半私はブルーバックスで量子力学とか読んで そのまえにホーキング博士が量子宇宙論でブラックホールがどうのこうのという説を唱えて驚きました。 >当時の当方にとっては「鉄道ピクトリアル」は、一寸難解、「鉄道ファン」は車輛の解説記事が好きだった・・! やはり各誌特色があったのですね。 >「へら鮒」は、紀州の竿師さんたちの紹介記事とかがあって良かった・・! ほら、めちゃくちゃマニアックな世界。凡人の近寄りがたい領域。 音楽雑誌でもサックスのリードの竹を削る職人の話はでてこないです。 >「BIG BIKE Cruisin'」は、当時、中々合格出来なかった自動二輪限定解除審査で落ちて帰ってくる度に、この雑誌を見て 合格した後どのバイクにしようかなどと想いを馳せ乍ら次こそはと頑張るトリガーとして利用した・・! >「一発試験」)。しかし、その合格者数は概ね全受験者の1%であったため司法試験より難しいと揶揄されるほど極めて難関 とwikiに書いてかいてありますよ。でもハーレーだとかスケールが違いますよね。私は乗れませんが >「星の手帖」は、「天文ガイド」よりも内容が近づき易い印象だったので・・! 「天文ガイド」も時々は買ってたと思う・・! なんだか常人が近づけないところで多趣味でいらしたのですね。 そういえば、私の入社同期の北海道生まれが初任給でオーディオを買った次の月には天体望遠鏡 を買ってきました。 東京の夜空に何が見えるか、この男はまるで知らなかったようです。 大型バイクを買って天体望遠鏡を担いで山梨県までいけば、満天の星空のファンタジーが待って いたのでしょうが。これ以上クレジットで買うと寮費がはらえなかったのでしょうね。 豊かな趣味の世界を彷彿とさせるご回答ありがとうございました。 お礼が遅れて申し訳ありませんでした。

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