• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:死刑賛成派の反論)

死刑賛成派の反論

ningendaisukiの回答

回答No.2

死刑がこの世に必要か否かは、良いか悪いかではなくて、立場所で決まるのではないでしょうか? いかに死刑が残酷で、人が人を裁けるのか、いかなることがあっても人が人を殺すことに変わらない。 と言った理論は、第三者だから言えることではありませんか? いかに死刑反対の方でも、 自分のいちばん愛する人が理不尽に殺されたとき、やはり死刑反対を主張できるかどうか。 私には自信がありません。 でも、愛する人を奪った犯人が、例え裁判で死刑になったとしても、決して癒されることはないでしょう。 一番良いのは、人の命を奪うといった殺人がなくなれば、死刑もなくなるでしょう。

myrtille54
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >自分のいちばん愛する人が理不尽に殺されたとき、やはり死刑反対を主張できるかどうか。 昔みたいに、仇打ちを認めらたどうでしょうかね。もちろん、被害者が仇打ち遭えば 加害者は刑の減免になるルールですが。

myrtille54
質問者

補足

訂正です。 被害者が仇打ち遭えば ↓ 被害者遺族が返り討ちに遭えば

関連するQ&A

  • 死刑制度反対派は以下に反論してみて下さい。

    死刑制度反対派は以下に反論してみて下さい。 (賛成派の方は回答をご遠慮願います) 【本文】 死刑制度について議論されるべきは制度存続の是非ではなく、 刑の執行方法が現行のままで適切かどうかについてです。 被害者=死んではならない人 が苦痛を伴う死を強いられたというのに、 加害者=他人の命を理不尽に奪った者 が絞首刑という安楽死(温情刑)で 苦痛の無い安らかな最期を与えられているという あまりにもアンフェアな現状に激しい憤りを覚えます。 死刑は司法による殺人などではなく犯した罪に対する適正な処罰です。 理不尽に他人の命を奪ったのは殺人犯の方です。 他人の命を奪うという犯罪が存在しているのですから、 自分の命で償うという罰が存在するのは当たり前のことです。 死刑囚は他人の命を理不尽に奪ったから死刑判決を言い渡されたのです。 自分が先に殺さなければ死刑判決を受けることなど無かったのです。 死刑判決を受ける原因を作ったのは犯罪者自身なのです。 刑罰には犯罪者に罰を与えるというだけでなく 犯罪の発生を抑止するという役割もあります。 犯した罪の重さと比べて、それに課せられる刑罰が著しく軽いようでは 犯罪抑止の効果は全く期待出来ません。 たとえば100万円を盗んだ罪に課せられる刑罰が罰金10円では、 刑罰としての体を成さないばかりか、犯罪抑止にも繋がりません。 しかし、これが我が国の刑罰の現状なのです。 また、死刑を廃止するということは、 どんな罪を犯しても国が、法が犯罪者の存命を保証するということです。 どんなに残虐な方法で、どんなに大人数を殺しても 更生不能な凶悪犯罪者の生存が保証されるということです。 これは国による殺人許可です。法による殺人幇助です。 適正な罰則規定があってこそ公序良俗、安寧秩序が保たれるのです。 そして何より我が日本国には、もっと深刻な現実問題があります。 それは、我が国で発生する凶悪犯罪の殆どが 寄生外国人によるものであるという事実と、 我が国で死刑制度の廃止を訴えているのが、 犯罪当事者である寄生外国人とその取り巻きたちであるという事実です。 我が国で起こる犯罪の大半が日本人によるものであるというのであれば、 死刑制度の是非を検討するのも良いでしょう。 それなら、それは我が国と我が国の国民の問題ということになりますからね。 しかし我が国に寄生し、犯罪を生業とする寄生外国人が、 自らが犯した罪に課せられる適正な処罰を免れる為に唱える「死刑廃止」を どうして被害者の立場にある我が国の国民が賛同出来ると言うのでしょうか? 『それでも日本人は、日本人を惨殺する寄生外国人を適正に罰してはならない』 と言うのであれば、その主張の正当性を是非お聞かせ願いたいものです。 日本国民の悲願である寄生外国人の完全排除が実現し、 我が国の犯罪事情が諸外国と同じとなって初めて、 死刑制度の是非について議論されるべきだと思います。 以上です。 反対派の反論をお待ちしております。

  • 私は死刑賛成です。

    私は死刑賛成です。 死刑に反対する人は、以下の理由で反対だそうです。 (1)仕返しは愚か (2)犯罪抑止力にならない (3)冤罪者も死刑にしてしまう (4)死刑廃止は世界的流行 (5)社会発展や人間進化の妨げ (6)加害者の更生 しかし、以下の理由から死刑に反対する理由が納得出来ません。 皆さんはどう思いますか? (1)死刑は仕返し制度ではなく、重罪を犯した者への罰則 (2)死刑の結果、犯罪抑止力に繋がる可能性はあるが、犯罪抑止力の為に死刑があるわけではない (3)冤罪者発生は無罪有罪のジャッジが問題であって、ジャッジ後の罰則である死刑との関連は無い (4)本質追及に疎く流行に流され易い日本人が多い (5)死刑廃止は加害者保護に発展し、更なる凶悪犯の増加を招き、治安悪化に繋がる (6)加害者の更正より被害者及び残された親族救済を優先するのが人として有るべき姿

  • 死刑制度の是非について

    死刑制度の是非について、皆さんがどう思っておられるか広く意見をいただけますでしょうか。 私自身は死刑擁護派なのですが、理由は単純で「日本における刑罰で死刑の次に軽いのが無期懲役であるため、死刑がなくなると犯罪の抑止力が極めて低下すると思われる」ということです。 逆にいうと死刑に代わるできのよい刑罰ができるなら廃止してもよいかと思います。 擁護派・反対派の方いずれも、納得いく理由を併記していただきますようお願いします。

  • 私が死刑賛成する理由です。

    日本のそもそもの「刑務所」の役割は、「罪人が更正するための訓練施設」として刑務所が出来ました。 そして何故「死刑」に処されるのかは「更正する可能性が無い」からです。 これは裁判官が死刑にすべきか、無期刑にすべきかの判断で、「更正可能かどうか」は、現在も争点になっています。 だから「死刑囚」は刑務所には入れないのです。死刑囚が入る場所は拘置所です。 何故なら、刑務所は「更正施設」だからです。裁判で「更正は不可能」と言う人を入れ事は出来ません。 その「更正可能かどうかの本当に人間が判断できるのか」などの議論は別にあるでしょうが、それはそれで置いといて、別に議論すべき話しです。 ではどうすればよいか? 更正不可能な人を、実社会に解放する事は出来ません。刑務所も更正施設なので入れません。更正不可能な人を一生入れる施設は、日本には存在しません。そのため、更正不可能な罪人は「死ぬ」しかないのです。 だから、死刑が必要なのです。 終身刑専用の施設を作って死刑廃止すると言う意見も、私は反対します。 現状も獄中で老子する死刑囚がいます(結果的に終身刑)。それは冤罪が疑わしい事例は、死刑執行を行っていないからです。 だから、未だ尚多くの死刑囚が生存し、何十年も立っても刑が施行されない例もあるのです。そのため終身刑の必要性も「更正施設」と言う理念から反するだけでなく、現在の制度上必要ないと私は思います。 冤罪があるから死刑廃止と言うなら、何故、死刑の冤罪は許せなくて、禁固刑の冤罪は許せるのか、私は納得できません。「冤罪の可能性があるから、刑罰そのものを廃止せよ」と言うなら納得します。賛同しませんが。 みなさんは どう思いますか?

  • 死刑廃止論者への具体的な反論ってありますか?

    先日、ネットで 「いかなる場合でも人が人の命を奪うことは許されない。故に死刑には反対である」という意見を見かけました。 私は、被害者感情や凶悪犯(更生の余地なし)の存在を鑑みると死刑制度の存続が妥当と考えます。 死刑廃止論者の方は、“死刑に犯罪抑止効果は認められない”や“更生によって犯罪者の社会復帰を目指すのが人権擁護の立場からすれば正当”や“世界の風潮は【死刑廃止】である”という意見で死刑廃止論を補強しています。 このような考えに対して具体的な反論ってありますか?

  • 死刑を廃止し、それで殺人が増えたら

    死刑を廃止し、それで殺人が増えたら、死刑反対派の人たちは どう 責任をとるつもりでしょうか? 詐欺などという知能犯、計画犯には厳罰が効果的 であることが確認されています。 死刑にすればオレオレ詐欺など激減します。 汚職もそうです。 発覚した政治家に下される刑罰は、いつも執行猶予 です。 これでは汚職は無くなりません。 死刑制度を廃止しバランスを変えることは、むしろ多大な危険を伴うと考えています。 英仏カナダなど、死刑を廃止した国では 殺人罪が激増しています。 これが死刑廃止と因果関係があるか、 科学的検証は難しいですが、 私は、死刑には抑止力があると思っています。 死刑反対の福島瑞穂 氏も、死刑の抑止力に ついては認めています。 抑止力があるのに死刑を廃止する、ということは 市民の命よりも、殺人犯の命を優先する、という ことです。 これはどうにも許せません。 みなさんは どう思いますか?

  • 私は死刑に大賛成です。

    まず死刑廃止を叫ぶ奴らに呆れる。 コイツらは殺人者の味方か? 自分の身内が同じように殺されても、まだ死刑廃止を言えるのか? こういう正義の味方ヅラしている奴らは、私は一番嫌いだ。 自ら犯した殺人の罪は、自らの命でしか償えない。 処刑されず獄中病死では、罪を償った事にはならない。 死刑廃止など言語道断! 凶悪犯罪が激増し、日本の治安は悪化する。 一人殺しただけでは死刑にならないのは おかしいと思っています。 死刑に反対する人の身内が殺されたらどうするのか、 それでも死刑反対といい続けるのか見てみたいです。 皆さんは どう思いますか?

  • 死刑反対論者は

    死刑反対論者は、色々と美辞麗句や自己満足の論評を繰り広げていますね・・・ その様な事が言えるのは、被害者遺族の経験がない、被害者の「人権」を考えたことがないからでしょう。 死刑反対論者は、よく「終身刑」を引き合いにだしますが、殺人犯を一生刑務所で「生きさせる」ためには莫大な税金や人件費、更には設備費が必要となります。 未だに国民の7割が、死刑に賛成している現実を見ないで、自己満足だけの反対には反吐がでます。 死刑判決が出るには、初犯でも2人以上の被害者(殺人)がいないとでません。 特に初犯でもでるのが、強盗殺人・強姦殺人・現住建造物放火による殺人という複数の犯罪がある場合となっています。 それだけではなく、過去の犯罪歴も影響し、犯罪傾向がより重犯罪へと移行している場合も「矯正不可」という判断がなされます。 死刑には、確かに慎重さも必要ではありますが、判決されるのには相当な理由があるからです。 大きな駅の前で、時折「死刑反対署名」を募る演説が行われています。 私は、その時に必ず「反対をする理由」を尋ねます。 その理由が、「残虐な刑罰」「犯人の人権無視」「世界では死刑廃止している」という3点セットがでてきます。 1)被害者は、残虐な行為で殺害されていないのか? 2)被害者には、人権と自由がないのか? という質問を必ずしますが、今までに被害者の人権や自由、そして被害を受けたことを説明できた団体は一つもありませんでした。 それは、きちんと理論で作られた反対主張ではないからです。 反対運動や、反対を声に出して叫ぶ前に、何の落ち度もなく一方的に命を奪われた被害者遺族の姿を自分の目で見て、被害者以外にも被害者がいることを知ってから反対をするべきでしょう! あり得ませんが、仮に死刑が運動で廃止されたと仮定します。 殺人犯が「無期懲役」で30年後に「仮釈放」されました。 その後、再犯しまた殺人をした場合、反対して死刑を廃止させた人は責任はないのでしょうか? 犯罪でも、懲役刑・禁固刑・罰金刑で補えるものばかりではありません。 命を奪えば、命で償いをするしかないのも事実です。 みなさんは、どう思いますか?

  • 死刑廃止をどのように訴えればいいのか

    微力ながら死刑廃止を訴えてます。一日でも早く死刑を廃止したいですが、現状では廃止できる見込みは立ってません。 死刑廃止の訴えが、国民の半数以上の死刑支持派や中間派の人たちから支持されないのか、運動や訴え方のどこに問題があったのか、考えてもよくわかりません。今まで廃止運動に取り組んでこられたみなさまは、どこに問題があったと考えてますすか。 死刑廃止の訴えが国民の半数以上に支持されるには、運動の方法、訴え方をどのようにすればいいのか、今までの運動方法や訴え方に改めるところがあるなら、どこをどのように改めたら、廃止の実現に役に立つと考えてますか。 私の個人的体験ですがが、私が死刑を廃止すべきと理由を主張したのに対して、死刑支持派に反論されて、それに再反論できずに、議論に負けてくやしい思いをしたことがあります。皆様は下記のような死刑支持派の主張にどのように反論してますか、それとも、死刑支持派が主張するように、死刑支持派や中間派に納得されない理由なのかわかりません。 例.冤罪だったら取り返しがつかない 現実的には、再審で無罪になった4事件、執行されずに天寿を全うした3事件とそうなりかけている2事件がある。死刑囚が無実を訴えて再審を請求し、法務省もその死刑囚は冤罪と判断している場合はその死刑囚を執行せず、再審を待つと表明しているが、再審の受理はめったに無いので、結果として仮釈放されない終身刑と同じ処遇になっている。法務省がそういう運用方針でなので戦後の日本で無実で執行された事例は無く、今の日本では説得力がある理由にはならない。無実で執行された事例があるなら、その事例と根拠を示せ。 論理的には、冤罪は死刑に所属する問題ではない。刑事訴訟法上の被疑者被告人の権利保護に不備が多々あり、警察検察裁判所が誤認するか冤罪を作ろうと思えば、法の不備を利用されて無実の人が有罪にされるので、冤罪と死刑は根本的には関係ない。冤罪で刑を執行されたら取り返しがつかないことは、死刑も懲役も原状回復が不可能という意味で差は無く、執行後に再審で無罪になった場合は政府が金銭で賠償している。再審の困難さも死刑と懲役の差は無い、狭山事件を見よ。 例.死刑は殺人の抑止力にならない 感情的な死刑支持者は、死刑に犯罪抑止力があると思っている人が多いが、冷静沈着な死刑支持者は、各国の統計で犯罪の一般抑止に刑罰の効果があるとは確認されていないことを知っている。刑罰に犯罪の一般抑止力が無いから廃止しろという理由だと、死刑と殺人だけでなく、他の罰と罪にも当てはまる論理なので、全ての罰を廃止して、他の方法で犯罪を処遇しろという主張になり、死刑を廃止する理由にならない。 抑止力が無いからという理由は、一般予防と再犯予防を故意に混同し、死刑や他の刑罰に、社会からの隔離や教育による再犯予防効果や予防可能性があることを故意に無視している。刑罰が重いほど、社会から隔離される時間が長く、隔離中は再犯が予防される。例えば、殺人、誘拐、強姦、強制わいせつ、強盗、傷害、放火、テロ、銃や麻薬の密造密売をした犯罪者が、反省の感情や意思が無いか乏しく、再犯の可能性が高いと予想される場合、懲役10年<20年<30年<無期と刑罰が重くなるほど、社会からの隔離による再犯予防効果が高まる。死刑の場合はそれが100%確実であるにすぎない。実際、殺人の再犯も殺人以外の重罪の再犯も、社会全体の殺人や各種重罪の発生率よりも桁違いに高い。国家が死刑も懲役も、冤罪で執行することは絶対に許されないと主張しながら、刑罰の緩和や再犯可能性を誤判断して仮釈放した結果、私人が殺人や他の重罪の再犯をしている現実も、再犯をする可能性が高いことも無視しろと主張することは、殺人や他の重罪に対して国家と私人に対するダブルスタンダードの使いわけであり、そんな理由に説得力は無い。 例.修復的司法 修復的司法に一定の効果があることは認めるが、殺人や植物状態や痴呆のように被害回復が不可能な事件に対して「修復的」と称し、被害者と加害者が対話し和解し関係を修復できるかのように主張することは詭弁でしかない。私人が人を殺しても植物状態や痴呆にしても被害の修復と加害者との関係を修復できるなら、国家が死刑を執行しても死刑囚の被害や国家との関係を修復できるだろ。和解を望まない被害者遺族や家族が無い被害者もいるので、修復的司法に普遍性は無い。死刑廃止と修復的司法を組み合わせて訴える必然性も、それによる社会的利益もない。 字数制限のため上記しか書けませんが、上記だけでなく、国民多数派から死刑廃止を支持されるためには、どのような理由で訴えるのが有効か、皆様の考えや、経験や議論の方法を聞かせてください。

  • 死刑制度

     わが国には死刑制度がありますが、欧州では廃止が趨勢、アメリカでもDNAなどの科学技術により冤罪が多く判明し情勢は流動的です。  私が考える死刑存置の説得力のある理由は、(1)遺族の処罰感情(と強いて言えば附随する世論…(2))のみだろうと思います。(犯罪抑止力などは決め手とはならないと思う)  逆に、私の考える死刑廃止の主な理由は、I 取り返しのつかない誤判・冤罪の問題、II 絶対的無期懲役(仮釈放しない)はコストがかかりすぎる、この2点だろうと思います。(末端の看守に実際の執行を職務として押し付けるのはどうなのかという問題もあるでしょう。)  個人的には、現状では死刑を存置すべきだと思いますが、IIのコストの問題さえ解決できれば、死刑を原則として廃止して絶対的無期懲役に置き換えても良いのではないかと感じています。(ただし例外として死刑も存置しておく)  私刑(復讐)を禁じている以上、遺族の処罰感情は特に重視されねばなりませんが絶対的なものでもありません。自由を剥奪して死ぬまで「生ける屍」としてムショに入れておくことと、法制上判決確定後6月以内に死刑とすることと、客観的にみたらどちらが重い罰なのか、犯罪に見合う刑罰なのか、一概には言えないとも思います。生物としては生きていても、死ぬまで自由のない人間はもはや人間と言えるでしょうか。  それに、どんなに科学技術が発達しても、捜査・裁判は人が行う以上、冤罪は起こりえます。全体の制度の為なら、数例の犠牲はやむを得ないのか、となると難しいことです。  また、国際的潮流に流れてるべき事ではありませんが、通常の犯罪に関しては130国以上が死刑を廃止・停止しているようです。 他国のことはどうでも良いですが、感情論で「殺人者は目には目をで死刑になるべき」というのでは中近世から進歩がないようにも思います。(教誨師などを通じて真に反省させる事も無く、池田小の宅間のように死刑を望む者に対してそのまま死刑にするだけで良いのか)  長くなりましたが、私と同じ死刑存置派の方に伺いたいのですが、死刑は絶対必要な刑罰だと思われますか?  コスト面など事情が許すなら、絶対的無期懲役を採用して、人としての自由を剥奪した上で、生涯を通じての悔悟を促すという道もあり得ると思われますか。  死刑はいかなる時代においても、普遍的な極刑として必要でしょうか。