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「神」について。

「神」について思うことを教えてください。 私は、人間の願いを都合良く聞いてくれる全知全能の神は到底信じられませんが この世の全てを統べる法則がもしあるのなら、それを「神」と呼ぶことに異存はありません。

みんなの回答

noname#202494
noname#202494
回答No.7

うちのほうには、サイエンス・チャンネルだの、ヒストリー・チャンネルだの、一日中、歴史・科学についての番組を流しているテレビ局があります。中でもサイエンスチャンネルで週に一度、”ancient aliens”関係のプログラムを一日中流しているときには、面白くて、つい観てしまうんですが、三時間も観ると、完全に洗脳されます。 これは、人間はおサルから進化したのではなく、人間の発生には、宇宙人がかかわっているのを、考古学、聖書学、人類学、など、あらゆる文献を総合的に使って説明してゆくもので、私のような素人には、かなり説得力があります。 他の方のご回答にあった、”神は光である”というのも、UFOとからめて説明されます。”私たちが神と呼んでいるものは、実は生みの親であった宇宙人の太古からの記憶である”というセオリーです。面白そうでしょう???神様は、実は宇宙人でした。”奥様は魔女”みたいです。 で、考古学を専攻して、特に進化論には一言も二言もある長女が帰省したおり、やはり面白がってみていたんですが、彼女の言うには、”文献を集めに集めて、セオリーを立てるんだけれども、文献の使い方が間違っていて、セオリーにするには飛躍が大きすぎる”とのことでした。”面白いことは、面白いけどね~”とのご意見です。 天衣無縫と申しまして、神様のなさることには縫い目や飛躍や齟齬がありません。すべからくつじつまが合う。つじつまがあっていないように見えるのは、人間の視点が間違っているからでしょう。私の信じる神様は現世利益を約束しません。この世のことは、この世に残してゆきなさい。あとのことは、すべて私に任せなさい。そんな神様ですね。 大変独りよがりになりましたが、”神について思うこと”というご質問でしたので、独り言風になりました。

alterd1953
質問者

お礼

ああ。 そちらはケーブル・テレビの数が凄いみたいですね。 物事は色んな見方が出来ますから3時間も観ていれば多少とも洗脳されるでしょうね(笑) 私としましては、ダーウィンの発見に感心し、「進化論」を信じてもいますが 当然、あくまで推論なわけで断定は出来ませんよね。 ただ、「この世のことは、この世に残してゆきなさい。」という考えは凄く共感出来ます。 私も最近 「人は生涯では完結出来ないことを背負って生きている」という言葉に共感を覚えた所です。 私が出来なかった事は次の世代に託すしかないのだと思います。 但し、人間は善人として生きる限り、自分を肯定して生きてゆけるのだと確信しています。 ではまた(笑)

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  • 31192525
  • ベストアンサー率19% (688/3445)
回答No.6

「真言は不思議なり、唱えれば無明を除く」(空海) 「初めに言ありき、言は神とともにあり、言は神なりき この言は初めに神と共にあり すべてのものはこれによりできた (中略) この言に命ありき そしてこの命は人の光であった 光は闇の中に輝いている そして闇はこれに勝たなかった」(新約聖書ヨハネの福音書) 「言葉は、神であり、生命の光であり、人類の光であった」(神道のサイトより)    神は『言葉と光明』なのかもしれません。   「俺達は清らかな光の発見に志す者ではないのか」(ランボー)

alterd1953
質問者

お礼

相変わらず素晴らしい引用の数々ありがとうございます(笑) >「真言は不思議なり、唱えれば無明を除く」(空海) 言葉の持つ力を良く表わしていますね。 昔聞いて感銘を受けた 「それまで、何か得体の知れない怖ろしい動物に、ライオンと名付けた時 恐怖心が少し和らいだだろう」と言う文章と ヴィトゲンシュタインの 「問題の解決は問題の消滅と言う形で現れる」を思い出しました。 >「初めに言ありき、言は神とともにあり、言は神なりき この言は初めに神と共にあり すべてのものはこれによりできた (中略) この言に命ありき そしてこの命は人の光であった 光は闇の中に輝いている そして闇はこれに勝たなかった」(新約聖書ヨハネの福音書) >「言葉は、神であり、生命の光であり、人類の光であった」(神道のサイトより) 期せずして同じことを言っていますね。 「光」は当然かもしれませんが 「言葉」を最初に持って来ている所が意味深いですね。 何かを伝えることが、この世の本質と言うことでしょうか。 >「俺達は清らかな光の発見に志す者ではないのか」(ランボー) これもまた素晴らしいですね。 私は兼ね兼ね、自分の日頃の行動を 毎日、川に行き、砂金掘りをする男になぞらえていましたが 正に、金は光る物ですもんね。 ご回答ありがとうございました。

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  • UROIUSH
  • ベストアンサー率17% (41/239)
回答No.5

こんにちは 神は人間が自分の行動をコントロールするための仮想的な存在です。つまりは文化そのものが神なわけだと解釈します。 物理法則は、この宇宙が誕生してから構築された宇宙の構造を、 測定結果を元にモデル化したものに過ぎません。あくまで映しです。本質ではありません。測定結果次第でその解釈はいくらでも変わります。絶対的なものではありません。しかも、宇宙はその構造も非定常です。一つの究極の法則が不変とは限りません。 神が仮にいたとしても、物理法則はあくまで神のプロファイルに過ぎません。本質的な神にはなり得ないのです。 宇宙の構造はエレガントで驚異的、人間のもつ感覚など凌駕しています。当然人間の概念である神など凌駕しています。 だから神は宇宙には存在せず、あくまで仮想的な概念だと思います。 神はそれを信じる心の中に存在します。 つまり神を創造したのは人間。 神の神が人間なら、人間その物が本質的には 神なのかもしれません。

alterd1953
質問者

お礼

なるほど。 文化そのものが神だという解釈は興味深いです。 実際、行動は文化に左右されますからね。 仰るように、物理法則も「不確定性原理」等が象徴的ですが 素粒子の振る舞いは確率的であり、悪く言えば好い加減ですもんね。 「ヒッグス粒子」にしても、ホーキング博士は否定的だったみたいですし まだまだ、五里霧中な感じがします。 ただ、私も、ある意味、この宇宙には「人間原理」が働いているのではないかと思っています。 それは、何も現在の人類が究極の存在だと言う意味では全くありませんが 宇宙がスタートすれば、いずれ人間のような知的生命体が出現するように プログラムされているのではないかと言う思いです。 私のイメージでは、そのプログラムこそが「神」なのです。 ご回答ありがとうございました。

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回答No.4

神は全知、全能であるはず、 >私は、人間の願いを都合良く聞いてくれる全知全能の神は到底信じられませんが その通りだと思います、 神=全ての権威者です。ですから神が人間の要求に応じる、応じないの決定権者です。 この世の中にある自然法則は、神が制定されました。 その自然法則の上に人間は科学を発達させています。 もし、自然法則を神が変えたら人間の科学は崩壊してしまいます。 法則は神ではありません、その法則を制定した方が神なのです。 神は自ら制定した法則を変えることの出来る方です。ですから神は人が奇跡と思われることもなんでも可能なのです。 しかし、神は自ら制定したルールを簡単にいつでも人間の都合にあわせて変える事はしないようです。 神のルールブックである「聖書」を知りましょう。

alterd1953
質問者

お礼

なるほど。 全知全能の神の存在を信じてらっしゃるのですね。 今、聖書の旧約、新約を交互に読み進めていますので 神のルールの全貌が現れることを期待します。 ご回答ありがとうございました。

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noname#185250
noname#185250
回答No.3

かなり高いスキルを持つものを●●の神と呼ぶことに異存はありません。 哲学カテの神は誰でしょうね。笑

alterd1953
質問者

お礼

そうですね。 飛び抜けてスキルの高い人に接すると「神」としか言いようがありませんね。 「哲学カテ」は最近利用し始めましたので詳しくないんです。 ひょっとすると、すでに「神」に出会っているのかもしれませんが(笑) ご回答ありがとうございました。

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  • Nakay702
  • ベストアンサー率80% (9742/12126)
回答No.2

>「神」について思うことを教えてください。 >私は、人間の願いを都合良く聞いてくれる全知全能の神は到底信じられませんがこの世の全てを統べる法則がもしあるのなら、それを「神」と呼ぶことに異存はありません。 ⇒神とは、「人智の及ばないことを統覚し、それを司る絶対的存在者」のことを呼ぶ別名だと思います。ですから、当然ながら、「神とは、まさしく人間自身、人間の自己写像」に過ぎません。(このあたり、質問者様と似た発想のようですね。)  では、人間はなぜそんな回りくどいことを営々とやってきたのでしょうか。それはおそらく、我々人間が、分からないことを放置し、等閑視することのないようにするためであり、あるいはそれを模索したり吟味したりするのを厭って、不可知論者に陥ることを阻止するためであると考えます。  ゆえに、神を想定することは、最も人間らしい知的営為の1つであり、古今東西の人々の英知であるとも思います。私は特に宗教を奉じている篤信者でも何でもありませんが、上に述べたような神(的絶対者)には、こよなく親しみを覚える者です。  ですから私は、特定宗教の入信の誘いなどにはまったく関心がありませんが、仏典であれ聖書であれコーランであれ、その「教えそのもの」には大いに関心・興味を抱く者でもあります。神やその教え考えることは、「哲学する」ことでもある、と感じています。  以上、ご回答まで。

alterd1953
質問者

お礼

なるほど。 この世の根源を知ろうとする願望が「神」を生み出すのですね。 そして、それはアリストテレスが言ったように 正に「哲学」ですね。 実際、古代人が地震や雷等に接して「神」を想定したのは自然な事だったでしょうし 現在でも肝心な事は分かっていないのが現状のようですしね。 私も、そういう視点で聖書やコーランまたは仏教書等を読みます。 論理的な展開には多々首をかしげることもありますが 倫理的な側面は頷ける所もあります。 倫理と言うものは集団を形成する上で重要な要因である事は明らかですし 「助け合い」等は他の動物にも見られる行為のようです。 ただ、人類史上において、わざわざ、あのような教えが出現したと言うことは 現在のシリア等もそうですが 人類は延々と愚かで残虐だったのでしょうね。 ご回答ありがとうございました。

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  • k_mutou
  • ベストアンサー率12% (101/783)
回答No.1

【わがままな、自分の主張しかしない、単なる“ガキ”】が『神』だと思います。

alterd1953
質問者

お礼

下世話に言ってしまえば 「所詮、この世は色と欲」なんて言いますが 確かに、この世は基本的に幼稚な願望で成り立っているように思いますね。 ご回答ありがとうございました。

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