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南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経
一方は親鸞の教え、他方は日蓮の教え。 一方は浄土を説き、他方は地獄・餓鬼・畜生を説くのは何故か。 一方は仏に近く、他方は畜生に近いのは何故か。 一方は静けさに調和するのに、他方は太鼓の音によく合うのは一体何故なのか。
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どちらも仏教の一派ですが、その教義の中で「最高」としている ものが違ってます。 以下、誤解を恐れず、ぶっちゃけた言い方をします。 浄土宗は、その宗派で最高の仏としている「阿弥陀仏」に、「全て おすがりなさい」と言うのが基本発想。ですので「南無阿弥陀仏」 というのは「阿弥陀様、救済よろしく」と言っているので、あまり 大声でとなるモノじゃないんです。 日蓮宗は「蓮華経」を最高の経典と考えていて、他の経典は 全てクズ、他宗は全て邪教、というのが基本発想。ですので 「蓮華経、サイコー!」と賛美しつつ、周囲に知らしめるのが 目的なので、大声でリズムをとって唱えるんです。 その辺が、両宗派の違いだと考えられます。
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- anthroposophie
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一方は静けさ、他方は太鼓の音、 何故なんでしょうね? 極楽浄土は静けさの教えが似合い、 修羅などの世界では太鼓の教えが響くのではないでしょうか? その教えは結局のところどちらにも当てはまり、ただ、その根底に流れている音の表現が違うだけなのかもしれません。
- srafp
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何を聞きたいのか疑問を感じますが 1 共に釈迦如来の教えです。 「浄土3部経」を以って在家信者等に釈迦如来の教えの布教する「浄土」系の1つである『浄土真宗』を開いたのが親鸞聖人。 ⇒親鸞聖人は、天台宗(比叡山)で修学成された法然上人の弟子であり、 その法然上人は『浄土宗』の開祖 ⇒「浄土」系には、一遍上人が開かれた『時宗』も御座います。 「法華経」若しくは「法華3部経」を以って在家信者等に釈迦如来の教えの布教する「日蓮正宗」や「(その他の)日蓮宗」の開祖が日蓮上人。 2 浅学ながら、聞き及んでいる事を書くと a はるか昔、法蔵菩薩様が五劫思喩の後に立てた四十八請願が成就して成仏(阿弥陀如来)なされた。四十八請願の中には「すべての者を救う」という大願があるので、阿弥陀如来様となられたと言うこの一時だけで私達は既に救われている。だから、「ありがとう御座います。阿弥陀如来様」と唱えるのが浄土真宗。 既に救われているのであり、救ってくれた方に対する感謝なのだから、如来のおつくりになられた仏国土(極楽浄土)の素晴しさなどを解いて、在家信者を導く方法を採用している。尚、京都にある三千院も浄土系であり、そこの門主様が書かれた書籍には、浄土系であっても六道の教えはあると書いてありました。 b 法華経に「この経典の題名を唱える事で功徳がある」と書いてあるから、『南無妙法蓮華経』と唱える。
お礼
一方は「阿弥陀様、救済よろしく」、他方は「蓮華経、サイコー!」。 なるほど確かに品性の違いを感じます。 良く分かりました。 ありがとうございます。