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畜産と狩猟、どちらが残酷か?

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肉食という文化において、畜産と狩猟はどちらが残酷でしょうか?

畜産で飼育される動物は、人間の都合のいいように飼育され、死んで肉になります。フォアグラなどはその最たる例で、飼育法は残酷さを極めます。
しかし、逆に考えれば、野生動物とは遺伝子レベルからして違う彼らは、人間に食べられるために生まれてくるのであり、美味しく食べられることこそが命を全うすることとも捉えることができます。

狩猟で捕殺される動物は、過酷な自然環境を耐えぬき、自由に生きていたのに、突如人間のワナや銃等によって捕らえられ、命を奪われます。
しかし、人間も生態系の一部と考えるならば、人間が自然の中で動物を捕らえ、食肉や皮など様々に利用する事は自然の営みであり、人間は素手では体重が自身の半分以下の草食動物にすら勝ち目がないという事実を鑑みれば、知能によって生み出した道具によって、できるだけ苦しみを与えずに命を絶ち、自然の恵みに感謝していただくことは、むしろ神聖な行為のようにさえ思えます。

皆様はどう思われますか?ご意見下さい。

肉食自体をすべきではないという意見はご遠慮下さい。
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回答 (全8件)

  • 回答No.3
レベル14

ベストアンサー率 27% (840/3022)

宗教的話はおいといて
所詮ほかの命をもらわないと生きていけません無駄にせず感謝の心を持って食べれば良いのです
肉食云々と言っても植物にも命は有るんですからね
  • 回答No.2
レベル5

ベストアンサー率 0% (0/2)

野生の動物は人間につかまらなくても他の動物に食われるかもしれない。
小さな傷から近が入って苦しみぬいて死ぬかもしれない。
餌が取れなくて、骨と皮になって朽ち果てるかもしれない。
家畜は飢餓も病もしらないが、命に限りがある。
ずっと生かされる代わりに、子種や子を延々と作らされる。
柵の中で生きる家畜は広い世界を知らない。

でも、皆死ぬまで生きてます。「生きて死ぬ」という事に残酷かどうかの判断を、人の勝手な感情で判断することは命に対してあまり意味が無いのかもしれませんね。
人は動物であれ植物であれ、他者の命を取り込まなければ自分が死にますから、狩猟だろうが栽培・畜産であろうが糧を得る行為を放棄することはできません。
人間に出来ることは、残酷かどうかを考えるのではなく、ちゃんと命を残さず食べ、最後まで生きることだけではないでしょうか?
  • 回答No.1
レベル14

ベストアンサー率 18% (840/4654)

 
生態系の中で殺生することで生物は生きている。
殺す目的が無いのに殺すのは残酷だが、食料として殺すのなら方法に差はないし残酷ではない
 
  • 回答No.4
レベル12

ベストアンサー率 15% (111/711)

メンタルヘルスしてます。

どちらが残酷か?ごめんなさい。言っている意味がわかりません。

いただきます。

あなたのいのちをいただいて俺たちが生き抜くという意味。いただきます。ごちそうさまでした。
あなたのいのちをいただいたので俺たちはまたいきていける。感謝

弱肉強食という言葉がありますね。弱いのがたべられてしまうもの、たべるのは、強いものだ。


世の中は、それでなりたってる。

日本人ぐらいだそうだ。いのちにかんしゃするのは。いただきます。ごちそうさまでした。

他国は、神に感謝するだろ。

誇りをもってよ。目の前にある食べ物にごめんねっていえる文化を。日本は、それだけ繊細なんだ。

またね。
  • 回答No.5
レベル10

ベストアンサー率 40% (67/166)

 面白いですね。考え出すとどんどん広がっちゃいそう。

 で、発酵食品とかってどうなのかな。味噌や醤油、お酒とか、酵母菌を使って発酵させて酵母菌を殺しちゃうんでしょ。天然酵母と培養酵母。肉食って文化の範疇じゃないけどね。

 また、命を考えたとき、食べるためじゃないけど、蚊取り線香とか殺虫剤や、消毒・・・手を洗ったりお風呂に入るだけだってだいぶ殺しちゃってるね。

 どんどん考えて突き詰めると、自分の生活(命)を守らないlことが、一番ダメ(「残酷」かどうかは知らないけど)ということになりました。私見です。面白かったです。
  • 回答No.7
レベル14

ベストアンサー率 41% (854/2034)

幼少時代、貧農の長男として生まれ、ウシ(農耕用)、ブタ、ヤギ、ニワトリと一緒に育てられてきた第二種兼業農家です。
育ちが育ちだけに、サラリーマンになった今でも、趣味で狩猟(銃猟)、釣り、素潜りでの魚突きをしながら、少しだけ自給自足の真似事をしています。

>肉食という文化において、畜産と狩猟はどちらが残酷でしょうか?

まず、何が残酷であるか・ないか?という問いに明確に答えるには、他の問題で価値判断を問われたときも同じですが、質問者さんご自身の価値基準の根本的な拠り所をきちんとわきまえていることが前提条件になるかと思われます。
でないと、結局、「人それぞれ」とか、「多様な価値観」とかという言い方の前には全く無力を晒すことになりかねませんから。

そう、真面目に本気でこういう問い掛けをしていけば、どなたであろうと、最終的には自分自身の宗教(既成の宗教である必要はない)そのものが問われてくるはずです。
もし、各時代・社会に支配的な時勢に流されたくない、自分自身の考えでもってきちんと判断しようとするなら。

>畜産で飼育される動物は、人間の都合のいいように飼育され、死んで肉になります。フォアグラなどはその最たる例で、飼育法は残酷さを極めます。
>しかし、逆に考えれば、野生動物とは遺伝子レベルからして違う彼らは、人間に食べられるために生まれてくるのであり、美味しく食べられることこそが命を全うすることとも捉えることができます。

おっしゃる通りではありますが、本当に重要なのは、世間で幅を利かせている、こういう最大公約数的な考えに自分を一致させることではなく、この常識的な考えにしても、必ずそれの拠って立つ考えに支えられてのことだとしたら、この拠り所の土台にある根本的な考えとは何か?、さらには、この根本的な考えの拠り所となっている、さらに奥潜んでいる考えとは何か?と問い続けること以上でも以下でもないはずです。

>しかし、人間も生態系の一部と考えるならば、人間が自然の中で動物を捕らえ、食肉や皮など様々に利用する事は自然の営みであり、人間は素手では体重が自身の半分以下の草食動物にすら勝ち目がないという事実を鑑みれば、知能によって生み出した道具によって、できるだけ苦しみを与えずに命を絶ち、自然の恵みに感謝していただくことは、むしろ神聖な行為のようにさえ思えます。

こう言いたいお気持ちは分からなくはないですが、これまで数多くの野生動物を銃殺し、銃弾が急所を外したがために彼等が血を噴き出し、苦しみもがき、のたうち回る姿を何度も目撃してきた者としては、とても狩猟を「神聖な行為」とだけ捉えるわけにはいきません。
しかも、獲物に気付かれずにストーキングに成功し、射程距離圏内から首尾良く急所に命中したときには、「ヤッター!」と小躍りするのも、哀しいかな、ハンターである以上、間違いのない事実です。

その点では、狩猟も畜産も、人間の生命を養うために勝手に鳥獣の命を奪う点では、いずれ劣らぬ「残酷」な営為だと思いますし、その点では、これをやはり人間の勝手な価値観とやらを都合よく持ち出して美化する必要は全くないと思います。
ただ、私としては、狩猟が人間が自然界で生きていくための【切実な必要性】に裏付けられた重要な営為だという考えだけはしっかりと持ち続け、その賛同者を増やしていきたいとも思っています。

なお、古来、人間が他人の命を奪うことは言うまでもなく、人間以外の生物の命を奪うことについても、時代・社会・宗教等による多少の違いはあるにせよ、戒めたり、罪悪視したりしてきたのは、われわれ一人一人の「自分は殺されたくない(だから、自分は他人を殺さない)」という強い思いが原点にあってのことにほかならないと思います。

その上で、さらに日本では、こういう切実な考えが伝統的な仏教や土俗的な自然信仰とも結びつき、特に四つ脚(ほ乳類)の殺生を忌み嫌うという価値観を生み出し、長い年月を掛けて日本全体に普及していったのではないでしょうか。
  • 回答No.6
レベル14

ベストアンサー率 43% (3061/7087)

ブロイラーの自動処理設備を見学したこと、ありますか?
あれなら自家で〆られたほうが、トリとして命を全うした気になるかも、と思いましたが
いただく時に感謝されるなら、それでいいのじゃないでしょうか。
屠畜・狩猟ともに、食べるための行為なら何ら違いはないと思います。

糧を与えたもうた神に感謝していただきます、でもいいですし
命そのものを差し出してくれたことに感謝するのも同じだと思います。

質問内容とズレて申し訳ないのですが、
私は今もある鯨墓や小鳥塚、畜魂碑を大切に守っている方々のお気持ちに
添いたいと思っています。
  • 回答No.8
レベル6

ベストアンサー率 20% (2/10)

方法として自然なのは狩猟かと思います。
海や山を守るためにはいた致し方ない面もあるかと考えます。

しかしい命を絶つことそのものは、方法に関係なく残酷だと思います。
前の方もおっしゃってますが、殺菌や殺虫だって残酷です。

私にとっては、老人ホームで日々行われる胃瘻への流動食流し込みの方が残酷ですけどね。

生きるためには、他の命を頂かなければならない。
生きる行為そのものが、残酷ではないでしょうか?
だけど、それは自然の仕組みですよね。
日々そうやって命が引き継がれていますから。

論点ずれますが、私の思う残酷さとは
死にたくない
もっと生きたい
大事な人だけは長生きして欲しい
人間の欲そのものです。

人間は食べるためだけに動物の命を奪ういきものではありません。
お金のためにならなんだってします。

本当に愚かで恐ろしいいきものなんですよね…
時々人間であることが恥ずかしくなります。
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