自虐史観とは?従来の歴史教育との対立、真実はどちらか

このQ&Aのポイント
  • 自虐史観について調査し、従来の歴史教育との対立を検証します。近年、ネット上で自虐史観を否定する主張が広まっていますが、真実はどちらなのでしょうか。
  • 自虐史観についての意見が二分されている今、従来の歴史教育が正しいのか、それとも間違っているのか、根拠と共に考察します。
  • 自虐史観に対する賛否が分かれる中、従来の歴史教育との関連性を解説します。中立な意見を探すためにも、異なる情報源を参考にすることが重要です。
回答を見る
  • ベストアンサー

いわゆる自虐史観について。

いわゆる"自虐史観"について質問です。 近年、特にネット上で、これまでの歴史教育は自虐史観で間違っているという主張が台頭しているようなのですが、 今までそういう教育を受 けて育っていますのでどちらが真実かわかりません。 かといってどちらかを妄信するわけにもいかないので、自分で色々調べて決めようと思います。 そこで、 従来の歴史教育は正しいと思っている方、間違いだと思っている方 両方にお聞きします。 その主張の根拠は何でしょうか? できるだけ、情報のソースも一緒にお願いします。 また、ネットの情報だけで全てを知った気になるのも危険なので他のメディアでも調べたいと思います。 より中立な意見を探すには、どんなことに気をつけたら良いでしょうか?

  • 歴史
  • 回答数13
  • ありがとう数2

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • sudacyu
  • ベストアンサー率35% (687/1961)
回答No.11

<参考>  「歴史」をどのように捉えるか、どのように認識するか、どのように生かしていくかという視点が異なれば、異なる見方が出てきて当然です。  私個人の歴史認識の場合は、  “人間の過去の営みを知り、繰り返し出てくる「人間社会共通の失敗パターン」を知ることによって、今後の社会において、失敗を繰り返さないための検討材料にする。”というものなので、歴史において『日本人』が行ったかどうかということについては、あまり重きを置きません。  従って、「日本人」としての立場から見た歴史観とか、ヨーロッパ人やアメリカ人、中国人や韓国人といったそれぞれの国や民族の立場で見た歴史にも重きを置きません。  『人間』の欲や民族主義、大国の覇権論理・それに対する弱小国の立場など、それぞれの時代において繰り返される、似たような歴史パターンを重要視しています。  従って、歴史を日本人の立場から見て、『自虐かどうか』・『中立かどうか』ということは、考えたこともありません。  「人間社会共通の失敗パターン」という点から、民族についても、歴史的の時間経過の中で、民族という人間集団がどのような性質を持てば、成功し、また失敗するかということに主体を置いています。  民族がヨーロッパ系人種であろうと、アジア系・アフリカ系人種であろうと『歴史』の中で、、民族と言う人間集団が似たように振る舞う、『繰り返し』がどのようなものかということが、歴史を学ぶ根幹だと考えています。

その他の回答 (12)

  • sudacyu
  • ベストアンサー率35% (687/1961)
回答No.13

<参考>  シンプルな回答をすれば、自国の立場から見た『歴史』と言うのは、主観的で自国にとって都合のよい解釈です。  『歴史』に学んで、失敗を繰り返さないようにするには、自国の立場から『歴史』を見るのは、不適当です。客観性を持った歴史の見方がなければ、学問としての『歴史』に値しない。  自国の立場から歴史を見ている、中国の歴史解釈は、『不適当』。  自国の立場から歴史を見ている、韓国の歴史解釈は、『不適当』。  従って、日本が自国の立場から歴史解釈をするのは、『不適当』。  ネット上で、自虐史観と言っている人は、中国や韓国の歴史観を否定する、明白な根拠を持っていない。

  • okmoka
  • ベストアンサー率30% (7/23)
回答No.12

歴史が正しいか正しく無いかを知る事は簡単な事ではありません。 ただし、日本政府がどの様な見解を持っているかは、教科書や外務省のホームページ等で簡単に知る事ができます。 逆に、日本政府と違う見解を探すのは、かなり難しいです。その研究を生業としている専門家が出す出版物を購入するか、図書館等に行って調べるしかありません。 どちらにしても、利害関係が絡みます。日本政府の公式見解は、諸外国との外交的な考慮がされているでしょうし、専門家の出版物には、読者受けする内容が紛れ込んでいる可能性もあります。 結局は、誰が言っている事を信頼するかの問題になります。身近に、戦争体験をした人がいたら、その人に詳細を聞く方が、よっぽど信頼できるかもしれませんね。

参考URL:
http://sites.google.com/site/yasukunijinjamondai/sonota/seifuinfo
  • suicyo
  • ベストアンサー率43% (83/193)
回答No.10

日本の歴史学者の主流?をなす左翼系の学者には、いくつかの共通する行動パターンがあります。 例えば、 日本の戦争責任の論証や資料の発見については異常に熱心だが、日本の東アジア支配の肯定的側面についての研究は等閑視する。 教科書問題など、日本の近年のナショナリズムの高揚?については声を大にして危機感を表明するが、反日の原動力となっている中国・韓国のナショナリズムとそれによる歴史歪曲については全く言及しない。 政府が「近隣諸国条項」なるものを設け、中国・韓国に「配慮」している現実は不愉快極まりないことですが、これは外交上の政策?として行われていることです。しかし、学問の世界にこのような「配慮」は必要ない、というより、あってはならないことですが、日本の左翼系の歴史学者は研究の領域に「近隣諸国条項」を持ち込んでいますね。 このような日本の左翼系の歴史学者の研究活動が自虐史観だと批判されるのは当然だと思います。 中国・韓国に対して「歴史観が完全に一致している」と公言して憚らない、自虐史観の一翼をなす日本共産党が尖閣問題についての提言を出し、少なからず評判になっているようです。 「日本による尖閣諸島の領有は、日清戦争による台湾・澎湖列島の割譲という侵略主義、領土拡張主義とは性格のまったく異なる、正当な行為であります」 後半部分は良しとして、前半部分は「日本が日清戦争の際に盗んだ」という中国の主張の丸呑みですね。日清戦争って、朝鮮半島の利権をめぐる帝国主義日本と清帝国の、帝国主義同士の戦争であり、日本が中国に対して侵略戦争をした訳ではないんですけど‥ 危惧すべきは、19世紀末の中国は、日本にとっては朝鮮半島を奪い合う対等な国であったものが、ヨーロッパ列強にとっては侵略の対象であったという事実です。明治維新から僅か30年の帝国主義の赤ん坊段階の日本が、「列強にとって侵略の対象であった中国」と戦争したからと言って、それまで侵略戦争と一面的に決め付けられては、たまったもんではありません。 尖閣をめぐる日中の軍事衝突の危険が増す中、従来戦争反対の大合唱を行ってきた日本の左翼系の歴史学者にも積極的に発言をして貰う必要がありますね。 中国・韓国と「歴史観が完全に一致している」から、軍事衝突の回避のためにも尖閣・竹島を放棄すべきだ、とでも言い出すのか‥ 或いは、尖閣・竹島の帰属について日本の主張の正当性を学問的に証明できないまでも、学問の本分に立ち返って、中国・韓国の主張がイデオロギー的なものであることを厳しく批判するように転向するのか。

  • Streseman
  • ベストアンサー率24% (131/542)
回答No.9

当方は、歴史教育と教育臨床を生業の一つにしている立場として回答する >近年、特にネット上で、これまでの歴史教育は自虐史観で間違っているという主張が台頭しているようなのですが、 今までそういう教育を受 けて育っていますのでどちらが真実かわかりません。 かといってどちらかを妄信するわけにもいかないので、自分で色々調べて決めようと思います。 真実はどこにもありません。 そもそも、歴史観というものは、歴史というフィクションをさも真実だと錯覚させている話に過ぎないので・・・ もっとも、当代を生きている人間にしても、歴史はフィクションでもあるのですが・・・ 歴史がフィクションに過ぎないことは、当たり前すぎる話ですが、少なくとも、自虐史観を否定する”歴史修正主義”の指摘する真実の真贋など判定しようがありません 存在するのは、歴史フィクションの通説・多数説であって、歴史とはそのフィクションの通説・多数説を真理と暫定規定するだけの話です したがって、真実など歴史で生きている人にとっては、どうでも良い話です ただし、自然科学的なアプローチで歴史認識の真贋を検証する作業は、真実があるでしょう 例えば、元寇で”神風(台風)が到来した”という文献上の記述の適否を気象学から、虚偽だと統計論から論説した人もいるように・・・ >そこで、 従来の歴史教育は正しいと思っている方、間違いだと思っている方 両方にお聞きします。 その主張の根拠は何でしょうか? 間違いでもあるし、正しいと思う そして、その主張の根拠は、学説であるし、多数説であり、通説である 根拠になるのは、単純に学会の見解や政府見解である それ以外の主観的見解とその根拠での論説は、あくまでも個人的見解として提示するだけの話である >できるだけ、情報のソースも一緒にお願いします。 歴史教科書検定の補足記述や学説の集積文献など なお論争がある歴史認定(邪馬台国の起源など)については、”仮説”として紹介するに留める なお、訂正・修正の部類は、年中行われているのが実際で、最近では、多くの武家政権の首班の肖像画が別人だと判定されているし、 後世の加筆である絵画についても適切な記述・論説に配慮されている もっとも、自虐史観を否定する人々が、科学的見地を無視していることを考えれば、近代科学を根底から否定する立場である歴史修正主義は科学としては、疑似科学と論じるべきだろう 実際に、歴史修正主義者に対して、100代長慶天皇について論説を求めると意味不明な回答が帰ってくるし、後南朝についての論説などは彼らには出来ない場合が多い。 基本的には、歴史修正主義者は疑似科学である上に、ご都合主義が顕著ということは可能だろう >また、ネットの情報だけで全てを知った気になるのも危険なので他のメディアでも調べたいと思います。 より中立な意見を探すには、どんなことに気をつけたら良いでしょうか? まず中立的な意見は存在しない 中立というよりも、当方のように超然とした”歴史=フィクション”という認識の方が、妥当だろう 要は真実云々などを問題にする必然性がないのである これは歴史において真贋の価値であって、事象を自然科学的に検証する作業の上では、真贋・真実などを十分に配慮するのは間違いではないだろう なお、指摘するまでもないが、近世以前の歴史は、文献学・考古学に依拠するものであって、文献学には、日本の国学派を筆頭に、虚偽・ご都合主義が多い つまり、都合の悪い歴史事象を改ざんしてしまう現実がある以上は、その危険性を大前提にして歴史判断するしかないのである だからこそ、歴史という人為性の強い部分では、フィクションであることを根底にして論説するしかないのである もっとも、考古学に依拠する古代・先史時代の話になれば、フィクションではない部分は多々あるのだが、それであっても、高い偶然によって発現を確認できる歴史事象である 冷静に思慮してほしいのだが、世の中には、「○○の真実」とか、「○○の真相」の類の論説は山ほど存在する しかし、それらが暴露したと喧伝する事象は、概してご都合主義・我田引水の見解であり、酷い場合では客観性があるように都合の悪い資料(史料)を全面的に排除・勘案しないものである 慎重かつ怜悧な研究者であれば、仮説に対して、その仮説に反する材料に関して、可能な限り反論を試みる必要性と責任がある しかし、上記した類の論説・著作は、その反論・反証的事象の検証作業を行わないのが一般的である つまり、それだけ真実・真相の類が怪しいわけだが、その怪しさを認証している人々は、真実・真相やらにどれだけ魅入られるのだろうか? 質問者はその類の話が魅力的なのかもしれないが、余程訓練され、論理・理論思考の強い人でもない限りは、真実・真相に到達するものではないだろう もちろん、世俗が評論するような軽薄でご都合主義の真実・真相を全否定するつもりもないが、個人としては、「軽薄」という感想を抱くことが圧倒的に多い もっとも、歴史に多いだけで、他の社会科学はその限りでもないが、自然科学ならまだしも社会科学で真実・真相など恥ずかしくて評論したくないものである

noname#205254
noname#205254
回答No.8

歴史には危険で触れられない部分も多くあります、分かっていてもあえて言わない、自分で資料をそろえ勉強するしかないですね、自分なりの歴史館を持つことです。

回答No.7

自分で調べたいとの事なので私見は述べません。 とりあえず、ネトウヨ系のサイトは偏りすぎている物が多くダメですね。 基本的には書籍で調べるのが良いのですが、入門編として簡単なのは 小林よしのり、ゴーマニズム宣言 戦争論1~3あたりがおすすめかな。 マンガで読みやすく、大東亜戦争・東京裁判・南京大虐殺や 靖国問題・従軍慰安婦など基本的な内容は資料とともに網羅されています。 ベストセラー本なので大抵どの書店にも置いてあります。 個人的には絵のタッチとか、マンガに本人が出てくる所とか 頂けないと思う部分もあり、また内容としての賛否はあるものの どのような内容の本であっても賛否はあり内容としてはよくまとめられていて、 とりあえず入り口として利用するには最適な本だと思います。 これを読めば、いわゆる右よりと言われてる人が何を主張したいのか よく分かると思います。

  • mekuriya
  • ベストアンサー率27% (1118/4052)
回答No.6

日本史の教科書ほどでたらめな本はこの世に無い。 「新羅の入寇」「刀伊の入寇」「応永の外寇」「尼港事件」「万宝山事件」「中村大尉殺害事件」「南京事件 (1913年) 」「南京事件 (1927年) 」「通州事件」「漢口事件」「済南事件」「通化事件」 この中で知っている事件がひとつでもありますか?学校で習いましたか?

  • izuhara
  • ベストアンサー率31% (97/310)
回答No.5

これまでの歴史教育が自虐史観であるというならば、間違っていると思いますが、極端な自虐史観批判派のいうような歴史教育もイデオロギー丸出しで論外だと思っています。 戦後の歴史教育は、敗戦を経験して生まれたものです。明治以降(とくに昭和前期)の歴史に引け目を感じて記述・教育されるのは致し方ないことです。 戦後60年を過ぎた現在においてそのような面から脱却する傾向は悪いことではありません。 ただ、現在のイデオロギーによって歴史を評価する方向に走るのならば、とても容認できるものではありません。 結果が良くなかったにせよ、その時代の人々が懸命に生きた結果が歴史なのですから、その時代の価値観にそった記述を見抜く必要があります。そのためにはしっかりとした史実を知っておく必要があります。 さしあたってはまともな研究者が執筆した一般書を読むのが読まれるのが良いと思います。吉川弘文館の本や講談社・小学館などの日本の歴史シリーズ、岩波新書の日本近現代史シリーズなどがおすすめです。その上でないと歴史教育の是非についてきちんと考えることはできないと思っています。なお、これらの本を通じてイメージする等身大の歴史像が私の主張の根拠です。

回答No.4

>近年、特にネット上で、これまでの歴史教育は自虐史観で間違っているという主張が台頭しているようなのですが これまでの歴史教育を「自虐史観」で間違っていると言い始めたのは1996年 「新しい歴史教科書をつくる会」です。 この団体は、これまで教科書で採用していた歴史観を「自虐史観」とよび「自由主義史観」という歴史観を立ち上げてこれまでの教科書に載っている歴史観を否定しました。 「新しい歴史教科書をつくる会」以前には、「家永教科書裁判」と言う事件がありました。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E6%B0%B8%E6%95%99%E7%A7%91%E6%9B%B8%E8%A3%81%E5%88%A4 いまから丁度50年前の事件で、裁判に32年ほどかかりました。 家永三郎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E6%B0%B8%E4%B8%89%E9%83%8E#.E5.AE.B6.E6.B0.B8.E4.B8.89.E9.83.8E.E6.96.87.E5.BA.AB 「家永教科書裁判」と「新しい歴史教科書をつくる会」は、真逆の存在だと言えます。 「家永教科書裁判」は国の教科書検定について争い、数々の現代史で特に戦争に関する記述について争いました。 「新しい歴史教科書をつくる会」は、日本が20世紀の戦争で行ったことを教科書に記すことを否定的です。 >そこで、 >従来の歴史教育は正しいと思っている方、間違いだと思っている方 >両方にお聞きします。 従来の歴史教育は間違っていると考えます。 なぜなら、政治の影響を受けその時そのときの政権にとって都合の良い歴史を教えようとするからです。 歴史は多面的です。 そして、権力者は政治的な宣伝のため都合の良い様に歴史を書き換えようとします。 ソースは家永裁判の例です。 >また、ネットの情報だけで全てを知った気になるのも危険なので他のメディアでも調べたいと思います。 >より中立な意見を探すには、どんなことに気をつけたら良いでしょうか? 現実そのものが多面的です。 ですから、中立的であることは相当難しいと考えます。 歴史は、現実の多面性から過去の多面性を見る学問だと考えます。 ネットでは、物事の見方が一面的になり易いですね。 1.現実の多面性を時間すること 2.歴史に関する学説を出来るだけ多く知ること。 中立的な意見を探す為には、自分自身が歴史について広く深く学ばなければなし得ない事だと考えます。

  • tyr134
  • ベストアンサー率51% (851/1656)
回答No.3

> かといってどちらかを妄信するわけにもいかないので、自分で色々調べて決めようと思います。 いい心がけだと思いますよ。 歴史と上手に付き合う極意は、誰かの意見を鵜呑みにしないことですから。 学校の教科書なんて、「日本政府(学校)がお薦めの、歴史の一説を紹介」してるだけですしね。 > 従来の歴史教育は正しいと思っている方、間違いだと思っている方 間違っていますね。 歴史教育については、やはり「歴史とは何か?」「歴史を何故知らなければならないのか?」から教えるべきでしょうね。 今の暗記物の歴史教育なんて、何の役にもたちません。 「歴史(学)」というのは、考える学問です。 何が正しくて、何が間違っているのか。この史料は信用出来るのか、出来ないのか。 色々な説が唱えられているけど、それは何故か?などなど。 学校の科目で情報リテラシーが問われる科目って、歴史位じゃないでしょうか? 言い換えれば、情報リテラシーを磨く丁度いい科目だと思いますけど。 > より中立な意見を探すには、どんなことに気をつけたら良いでしょうか? これは、なによりまず歴史哲学を知ることでしょうね。 「歴史哲学」ってのは、ズバリ「歴史とは何か?」を考える学問です。 言い換えれば、歴史との上手な付き合い方を示してくれるコンパスでもあります。 歴史の性質を簡単に言うと、 1・誰かが書いたのだから、その時点で書いた人の主観が入る。(一次史料) 2・そして、その情報を読んだ人(研究者)の主観が入る。(二次史料) 3・最後に、その研究者の論文を読んだ人の主観が入る。(私) となります。 つまり、真実は全て誰かの主観で歪められています。 この歪みを修正するために、幾つもの史料を検証していくわけですが、その検証作業ですら検証してる人間の主観が入り込んでしまいますから。 その辺りは、過去私が回答してますので、手前味噌ですがURL貼っておきます。 http://okwave.jp/qa/q3672975.html 私は、「自虐史観だ」という人間の言い分も「自虐史観じゃなくて平和のための~」という人間の言い分も信用しないことにしています。 というのも、どちらもイデオロギーに凝り固まった主張しかせず、全く歴史(学)をやってるわけではないからです。 「自虐史観派」で有名なのは、「新しい歴史教科書をつくる会」というのがありますが、この団体の主力メンバーに歴史学者なんていません。 肩書きで日本史学者といえるのは、福地惇氏だけですね。 この人の理論は「トンデモ説」として有名です。 例えば、「『昭和の戦争』について」とうい小論で日中戦争は優等生大日本帝国の台頭に我慢出来ない英米と共産ソ連とが中国と日本を戦わせた代理戦争だった~とか。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E6%95%99%E7%A7%91%E6%9B%B8%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B%E4%BC%9A それ以外の人は、思想家・評論家・弁護士・政治家などなど、歴史を自分の都合の良い用に利用してるだけですから。 次は情報リテラシーをしっかりすることですね。 情報リテラシーというのは、「情報が必要とされるときに情報を"効果的"にそして"効率的"に(1)探し出し、(2)精査し、そして(3)使うことができる能力を保持する」ことです。 例えば、ある学説を唱える人がいたとします。 その信用度を図るために、それを主張している人を知ることでかなり情報が整理できます。 その人の肩書が「歴史学者(論じられている地域・時代を専門に研究してる人)」であれば、まず歴史学の一説として参考にします。 次に、その人がどういった思想の持ち主(保守か革新か、生い立ちは何か、その人のいる環境は何かetc)を調べます。 その分野で有名・有力な学者であれば、その人を批判した(批難ではない)人がいるはずなので、その人の意見も聞きます。(有名・有力であればあるほど調べやすいですし。) これらの情報は、1・本などの著者紹介、2・ネットの記述、3・その他などのメディアを使いますね。 なるべく情報は多ければ多いほど良いです。 最後に目安としては、次のように分類しています。 歴史論争には2つのタイプがあります。 1・純粋な学術的論争 純粋に、学術的な目的で行われる論争です。 例・弥生時代の開始年代、東国国家論、聖徳太子論争 2・歴史を利用したイデオロギー論争 こちらは、歴史を利用して自らの思想を広めようとして行われる論争です 時代的には近現代史が多いのが特徴でしょうか。 例・自虐史観論争、南京大虐殺論争、従軍慰安婦問題、皇国史観論争etc,,, ではでは、参考になれば幸いです。

関連するQ&A

  • 自虐史観を否定しない人について

    過去日本が行ったとされている主な悪行は ・南京大虐殺 ・"従軍"慰安婦(強制連行) の2点かと思いますが、私なりにいろいろ調べ、できるだけ色眼鏡をかけず左右両側の主張を基に中立な立場で考えましたが、今の段階では上記2つの歴史的事実はなかったと判断しています。日本を戦争の悪役に仕立てようとするいわゆる自虐史観なるものを基本的に否定しています。(もちろん日本が全てにおいて正しかったとは言いません) 質問です。 日本の学者や政治家のような学のある方でも自虐史観を否定しない方が大勢おられます。ここでは本当にそれを信じている人達のことは問題ににしないことにします。そうではなく頭ではこの史観が誤りだと認識しながらも自虐史観を主張し続けている人も少なからずいると思うのですがこの人達がなぜそれをかたくなに主張するのかがよくわかりません。 河野洋平や宮沢喜一が謝罪外交を行ったのは一応その時の状況判断であったとしても(判断の是非は別として)、一部の学者や社民党、日本共産党などの左派政党は自ら自虐史観を主張している意味は何なんでしょうか?

  • 自虐史観で自虐するネトウヨ?

    自虐史観に付いて説明してください。細部が不明です。 いわゆるネトウヨ用語だと思うのですが、現日本の標準的歴史観を「自虐史観」と呼んで自虐に陥るのは、それこそ自虐じゃないですか。 私は過去の(戦前の)日本は悪い国であったと思います。 その悪い国を諸外国の人々と共に打倒し、それ故今の日本があります。 我が国民のみならず他国の人々の尊い犠牲の上に我らの自由と民主主義が打ち立てられました。 だがこれら正しい歴史観を「自虐史観」と呼んで否定し、まるで戦前復古を望むかのような人々が少数存在しています。 ネット上では彼らはいわゆる「ネトウヨ」と呼ばれていますが、彼らはなぜ「自虐」するのか? 米英中韓の陰謀? 戦争に負けたから? 憲法を押し付けられた? 過去の日本が良い国だったなんて… 有り得ません。

  • 自虐史観とネトウヨ

    戦前の日本は悪い国で、戦後になって米国から憲法を押し付けられ国を民主化させられて虐められている、と考える歴史観のことを 「自虐史観」 だと聞いていますが、その自虐史観を持つネット界の人々を 「ネトウヨ」 といいます。 一方、戦前の日本は悪い国で、戦後は米国の協力の基で民主的な憲法を制定し、自由と人権の保障された良い国になった、と考える歴史観のことをなんと言うんでしょうか? それはフツーで、正しい歴史観だと思われますが、ネトウヨは 「それは嘘だ!」 とかと考えているのでしょうか。

  • 教職員団体の日教組が行って来た自虐史観授業とは

    中高大と私立の学校へ通っていた私には、皆様方がご指摘される教師による教育指導要領を逸脱したであろうアジアに対しての反省を促せる自虐史観を植えさせるような授業を体験した覚えが、ほぼ無いのですが、ただ、高校時代の科学の授業で科学の話そっち除けで日本軍による中国戦線の経由を延々と熱弁を語っていた教師しか見当たらないのですが、教育指導要領や教育理念は私立と公立に違いがないと思いたいのですが、公立では、日常的に自虐史観を植えるような授業が行われていたのでしょうか?どのようになされていたのでしょうか? また、左派的と呼び名の高い日本教職員組合(日教組)と保守的な思考で日教組に反旗を掲げて出来た日本教職員団体連合会(教団連)の異なる思考で所属する教師より教育方針が違うと言うのは法の元での平等を唄う我が国では、問題が有るように感じます。どちらが正しいと白黒つける気は有りませんが、どちらの側に付くかで歴史の試験で点数が変わる危険性を伴うこの重大な問題を政府や文部省や現場にいる教師たちは、真摯に教育現場を見ているのでしょうか?改善をしていく気があるのでしょうか?

  • 教育

    今の日本の教育、特に歴史教育に ついてはどう思いますか?自虐史観と言われるものはあっていいんですか?

  • 自国に誇りが持てない?

    日本人は外国人と比べ自国に誇りを持っていないということが言われます。その理由について右翼はよく「自虐史観のために、多くの日本人は日本に自信を持てないでいる。」と言いますが、自虐史観が原因なのでしょうか?個人的にはなぜ多くの日本人が時刻に歴史を持てないのかが分かりません。私は右翼の言う自虐史観の持ち主ですが、自虐史観教育を受けた結果「日本は素晴らしい国である、憲法9条で戦争を放棄している世界一平和を愛する国である。ドイツは過去を謝罪したとか色々言っている人がいるが、本当に過去を反省しているのであればなぜドイツは軍隊を持っていて戦争ができる国なのであろうか。また、日本の隣国の韓国に至っては北朝鮮と停戦中で今でも戦争状態が継続しており、徴兵制がある。本当に日本国民として生まれてよかった。」と思っていて、むしろ私は日本を誇りに思っております。右翼の方が考えるように日本の恥ずべき歴史を隠ぺいしたら、日本国に誇りを持てるかもしれませんが、右翼の言う自虐史観教育を受けていても十分日本国に誇りを持てると思います。憲法だけでなくても、北朝鮮を脱出した朝鮮人に対しては日本を含む東アジアの国を見てみても中国ほど人権弾圧を日本が行っているわけでもないですし、個人的に言えばなぜ日本国に誇りを持てないのかが分かりません。ただ、私が若いころ、今から20年前に比べると、世界を席巻する日本の電化製品に誇りを感じておりましたが、電化製品は近年韓国に押されておりますし、携帯電話に至っては世界から取り残されており、この点については、かつての日本を知るものとしては、誇れるものがなくなり残念に思ってはおります。しかし、諸外国と比べて自国に誇りを持てなくなるほどではないかと思うのですが、なぜ多くの日本人が自国に誇りを持てないのでしょうか?

  • 戦後教育

    敗戦後教育の正体教えて下さい。 この国は戦争に負けて滅んだ。滅んでも憲法に明記され義務教育を受けられるようになった。 愛国心や国民国家はどうも抜かれているらしい。歴史の自虐史観は有名。 指示待ち人間?どれー作ってるのか。 で、他には?それだけの問題なのか?

  • 歴史における「中立」とは

    1.右側の人は戦後教育や自虐史観の克服というような事をいいますし、 左側の人なら市民の声、アジアの声、国際社会の声などと言います。 そして互いに相手の史観が偏向していると非難し、自分の側が真っ当 で正しいと主張します。 しかしどちらも結局は自己の思想に都合のいい見方をしている事は否めません。 かといって、では一切評価を交えず事実だけを列挙すれば偏りがないのかといえば、 その「事実」自体に論議が生じるわけですし、人の営みにかかわる「事実」は無数に 存在するわけで、その中からどれを抽出して歴史を編纂するかですでに思想が影響してきます。 いったいに歴史という学問において「中立」とはどこに求められるのでしょうか? 2.また時には歴史への評価がその人の思想の影響を受ける、という以上に、 国内での政治的対立や外国との交渉や紛争において優位を得るための理論武装に 歴史学が使われている事も見受けられます。 言い換えれば何かを主張するための手段に学説が生み出される、という状況でしょうか。 これもまた日本が、韓国が、アメリカがという問題ではなく、いずこの国でも、またどんな立場の人でも 往々にして行われていることだと思います。 政治、民族、国家、イデオロギー、個人の感情等と学問を分離するにはどうしたらいいのでしょうか?

  • フジテレビデモと日本下げ報道と自虐史について

    今、フジテレビデモ等が起きていることをネットで知り、わたしなりに色々調べたのですが、戦後から今まで続く、日本自虐史は やはり改正するべきなんじゃないかと思うようになりました。 また、それ以前に現実として中国の新幹線死亡事故が起きた時の中国政府の対応(動画でみた列車を埋める行為、またマスコミへの規制等) 国内でも、3.11原発事故における、民主党政府の隠滅(爆発、メルトダウンを隠していたことなど) フジテレビデモをテレビニュースが一切報道規制している事。(外国の数十人のデモは報道したりもするのに) こういう自分が現実に見た事実にもとずいても、やはり 敗戦国であった日本は、公平な歴史、日本にとって有利な事実は消され、自虐史だけを教え込まされて来たのだろうと思うようになりました。 (事実そういう文献を沢山見ました。) そろそろ、本当の歴史を日本人もよく知り、誇りある日本人の心を取り戻したほうがいいと切に思うようになったのです。 ~どうすれば自虐史ではなく、他の国のように、自分の国を下げない教育になるのでしょうか。 今、フジテレビデモをしている大勢の人達が主張するように ~テレビも日本下げをやめて欲しい~日本に誇りを持って、日本復興に向けて頑張ろう日本! という形にはなれないのでしょうか?

  • NHK大河ドラマ

    NHK大河ドラマ龍馬伝がもうすぐおわるようです。今年もあっというまでした。ドラマ自体は一度もみていませんが、NHKはよくみるので、最近の最終回大宣伝でいやでも知らされます。そんな季節がやってきたな。。と思います。 ところで、この大河ドラマ、もう40年以上も続いていますが、なんというか「正統とされている」史観でばかり物語が描かれているのはなぜなんでしょうか?斬新な切り口で、とうたわれたドラマもありますが、それは、女からみた太閤記だとか忠臣蔵だとか、あまりいままで注目されていなかった人(大村益次郎とか呂宋 助左衛など)を主人公にしたというだけで、物語の大筋はかわっていないようにおもいます。せいぜい家康や秀吉などが悪人として描かれているといった程度です。ただ近年歴史の研究が科学の発達などもあって急速に進み従来正統とされてきた説が覆るようなこともしばしばです。 研究等の急速な発展がある反面、保守的なドラマのほうが視聴率があがる(白虎隊とか)という不思議な現象もあるようですが、たとえば架空の人物を主人公にしてでも、満州・樺太の引き上げとか、終戦後の闇市で実際おこっていたことなど(原爆に関しては失礼な言い方かもしれませんが食傷ぎみです。)近年の、あまりにも生々しい歴史上の出来事を、あるがまま(自虐史観や皇国史観ではなく)につたえること(実際みてきた人がまだ存命しているうちに)が戦争のむなしさなどを伝えることになるんではないか、と思うことがあります。歴史上ヒーロー(英雄)だとされている龍馬や政宗ではなくても、福山雅治が主人公であれば、視聴率も稼げるんじゃないでしょうか?