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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:旅とは何か)

旅とは何か

kadowakiの回答

  • kadowaki
  • ベストアンサー率41% (854/2034)
回答No.28

mashumaro2さん、こんばんは。 まず、老婆心から申し上げますが、妙齢の女性が見ず知らずの男に返し歌をするのはたいへん危険な行為だと思いますので、以後お慎みなされますよう。 ところで、「旅」について考えていたところ、不意に倭語の「たび」には動詞がないことに気づいて、たいそう驚かされました。 「恋(こひ)」が「恋ふ」という動詞から派生したように、こんなにも重要な「旅(たび)」という語が、その生みの親に当たる動詞を持っていないというのは、考えれば考えるほど不思議な話ですからね。 この理由を説明しようとすると、遠い昔の倭人たちの頭の中にあった「たび」という語には、travelingという概念は全く含まれていなかったからではないかと結論するしかないですよね。 で、この仮説を裏付けるべく調べてみたところ、白川静さんが、昔は「家を離れることを旅といった」(字訓)と説いていらっしゃいました。 言い換えますと、倭語の「旅」は、もともとは「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」といった、後世には当たり前になった時間的概念は含んでおらず、単に「家」から離れた、ある空間的な一地点に身を置いているという、純粋に空間的な概念だけを示す言葉だったということになりますよね。 こう考えますと、はじめて「旅」に動詞がない根源的な理由も、これを動詞化するには、漢文訓読(倭訳)の必要性から発明された、「概念語+サ変動詞(す)」という人為的な手段を用い、無理矢理「旅(を)する」という語を生み出さざるを得なかった事情も明らかになったと言えるのではないでしょうか。 なお、同様の手段は、倭語ならぬ、古代外来語の「愛」を無理矢理動詞化せんとして、「愛(を)する」という滑稽な漢語・倭語合成語を明治期に発明したときにも駆使されたわけでして、現在、この語が男が女を落とす上で必要不可欠な動詞?となったことについては申し上げるまでもないですよね。 私には、この「愛(を)する」という人造語、人工語に、人間の心の中で最も尊厳性ある心情を逡巡することなく託せる人の神経がいまだに理解できないのです。 かといって、今さら「愛しの○○さん、~」とかと口説こうものなら、相手女性は腹を抱えて哄笑すること間違いないですし。 (閑話休題) でも、人間である以上、家を離れた一地点に身を置いたからには、早かれ遅かれ、家と現在地との間に横たわる時空の隔たりに興味・関心を向けざるを得なくなり、こうして「旅」が時間的概念をも包摂する語へと変化していったのではないでしょうか。 そこから、「はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」という時間的概念としての「旅」が意識されるまでは一っ飛びだったでしょうし、そうでなくとも西行にしても、芭蕉にしても生来無益に反省好きな詩人だっただけに、必然的に旅のプロセスや中間性などというものの孕む謎に、詮なきことと知りつつ、囚われざるを得なかったのではないでしょうか。 >さんざん妻や女を泣かせる男、それも極上の男性というものは、「旅」によって仕立てられ、洗練されたりなんかして。 だったら嬉しいのですが、「さんざん妻や女に泣かせられてきた男」としては、旅はその傷心を慰めるための現実逃避以外の何ものでもなかったような気がします。 以上、スレ汚し、失礼をばいたしました。

mashumaro2
質問者

お礼

kadowaki様、重ねてのご回答、まことにありがとうございます。 >遠い昔の倭人たちの頭の中にあった「たび」という語には、travelingという概念は全く含まれていなかったからではないかと結論するしかないですよね。 このたびも、大変得難い気付きをご教示下さり、とても嬉しいです。 そして「愛」同様の手法についても、なるほどと感じ入った次第です。 酷く自明のことながら、日本の古典にふれるほどに、 漢学/漢文化の測り知れない影響力につき、思い知らされます。 「月日は百代の過客にして~」は、まぎれもなく 「夫天地者萬物之逆旅 光陰者百代之過客…」で始まる 李白の『春夜宴桃李園序』を踏むものかと思われます。 一方では心象風景や観想としての西行らを、 また他方では古典的な漢詩の世界を意識しての 都から遠く離れた遥か遠方への旅というものは、 模倣と独創の相克でもあったのでしょうか。 たった17文字に凝縮された俳句の奥や裏には、 いったいどれだけの想いが潜んでいるというのでしょう。 >倭語の「旅」は…後世には当たり前になった時間的概念は含んでおらず、単に「家」から離れた、ある空間的な一地点に身を置いているという、純粋に空間的な概念だけを示す言葉だった >早かれ遅かれ、家と現在地との間に横たわる時空の隔たりに興味・関心を向けざるを得なくなり なるほど、そして横たわる時空の隔たりに対して 次第に微妙な心情が織り交ぜられていったのでしょうね。 余談ながらtravelについては、"travail"が転じて “to make a laborious journey”となり、 一方、漢字の「旅」とは、旗をたててすすむ軍隊という意味を表し、 軍隊が移動することから「たび」の意味になったそうです。 翻って現代では、travelや旅には、骨が折れ、 進軍するような意味合いとはまるで真逆の 愉しみやリフレッシュ的な意味合いが殆どなわけで、もしかすると、 いまから数十年後、数百年後には、 また違ったあらたな意味が付与されたりなんかして? >必然的に旅のプロセスや中間性などというものの孕む謎 また随分と難しそうな、でも面白いことをおっしゃるのですね。 その謎って、いったい何なのでしょう。 必然と偶然の織りなす悪戯? そして謎というか、以下のいずれのどれが最も旅の醍醐味なのでしょうか。 ・「旅立つまで」のあれこれ思い巡らす、旅立ちの時 ・「旅先で」の思わぬ出逢いや小さな幸運や発見の連続 ・「旅から戻って」日常のある瞬間、旅先の事を反芻する まあもっとも、最後のものはただの旅ボケでサボりでしょうけれども。 >旅はその傷心を慰めるための現実逃避以外の何ものでもなかったような気がします。 業平は旅の先々で女人とかかわったものの、詠じる心のその先には、 いつも妻、奥方の面影を見出していたように思われます。 遠く離れた土地ほどに、望郷の念と共に想いが募ったに違いありません。 手の届かないものほど、逢えない人であるゆえに、 人は理想を重ね、一層それを愛しく想うものなのでしょうね、きっと。 業平のような男がいて、女の色香を上手い具合にひきだしはぐくむのか、 それとも、 そこに女がいるかぎり、業平のような雅な男がフラリと訪れ情を交わして去るのか… …恋愛カテご常連のkadowaki様にはあまりに容易い宿題かと存じ上げますので、 次の機会にてよろしくご回答の程お願い申し上げます。 そしてほんとうにありがとうございました。

mashumaro2
質問者

補足

>まず、老婆心から申し上げますが、妙齢の女性が見ず知らずの男に返し歌をするのはたいへん危険な行為だと思いますので、以後お慎みなされますよう。 Pourquoi n'aimez-vous pas "Les Liaisons Dangereuses"?

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