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言葉以前のそれ

言葉以前のそれ 私達がまだ、人類の曙であった頃、そこには、言葉以前のそれで暮らす最初の人々があったと、私は始原に思いをやります。 いつの間にか言葉は、巧みに作られ、多くの形態を生み出すに至ったが、私はいつも、真実の言葉を、真実の想いを、真実のやさしさであるそれを、おもっています。 思慮ある皆様にお尋ねします。 私達の起源、始原、原初であるそれは、一体何であるのでしょうか。 よろしくお願いします。

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  • ベストアンサー
  • ganjusan
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回答No.1

この疑問については無限の回答があると思います。正解がないと言われる世界の代表でもあると思います。私はこのような問題に接したとき、歴史的始源についてではなく、人間的始源について考えるように心がけてきました。つまり、なぜ、人間は喜んだり悲しんだり、考えたり悩んだりするのだろうか。まさにそれは「言葉以前のそれ」の世界でもあると思います。そこから見えてくる人間的感情と、歴史的始源における「言葉以前のそれ」とは同質の問題であると思います。これは経験的に述べていることであって、科学的に論証されているわけではありません。疑問に真正面から答えたものにはなっていないと思います。私も他の方々の科学的説明を期待しています。

noname#112269
質問者

お礼

ご来訪有難うございます。 回答者様には、私と近い視座に立っていただいているように思いました。 真正面から向き合うことについては、自分自身も気をつけなければならないことかと思いました。 ご回答有難うございました。

その他の回答 (19)

noname#111369
noname#111369
回答No.10

人類の祖先は一体何だったのか?。 2本足で歩く生き物で、 毛皮は無く皮膚が剥き出しだった。 そして、何時の頃から動物の毛皮を服としていたかも知れない。 さて、ここで疑問なのが、 人類の先祖が1つの生物じゃないのかも知れない。 そう、 同時期に生きる生物が人類の特徴を持った2種以上居たのかも知れない。 片方は既に言語を操り会話が成立していたかも。 そして、もう片方の種族は言語をつかさどる遺伝子が無い。 そして、お互いの姿が何処と無く似ているという訳だ。 ゴリラやモンキーや猿やマントヒヒなどの哺乳類は毛皮もあるし足も手の様なモノも居る。 その生物よりも人間に近い生物が2種居たとしたら?。 混血が生まれるのも ごく自然なのかも知れない。 そして、新たな種族の誕生に成ったかも知れない。 そう、人間だけが言語能力を持つというのは人間の驕りだろう。 しかし、異なるのは人間が手先を器用に使いこなして、 文字や絵を残せた事。 そう、人類の祖先は洞窟の壁に絵を書き残して居た訳だ。 もしかしたら、言語能力の遺伝子を持たない種族は絵を壁に描いていたのかも知れない。 という事は生活環境が全く異なる人類の祖先が2種族居ても変ではない。 とすると、 言語を発していた人類の先祖の先祖は何モノだったのか??。 まだ、人類の先祖がミッシングリンクとして空白なのでしょうから・・・。 http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF/?from=websearch 過去の人類の祖先研究者たちが間違った研究方法をした為に、 人類の祖先であるかも知れない骨を粗末に扱った様です。 なので、人類の遺伝子など付着して遺伝子の研究標本として使えない事が起きたとか。 まっ、人類の遠い遠い先祖は、 リスみたいに小さな哺乳類だったのでしょうね。 恐竜の巨体の動く中で昼間は隠れて休息をとり、 天敵の眠る夜に行動していたとか。 当然に言語能力がある種もいたのでしょうね。 オウムなどの鳴きまねの得意なね。 で、感情のままに叫ぶ種と、幾つものパターンの組み合わせを操る種がいたのでしょうね。 で、類人猿はゴリラやモンキーとか人類の先祖とか進化の分岐が・・・。 何故に人間は毛皮が無いのか?。 水辺を好んで居たのかも知れないね。 そう、イルカやクジラやオットセイやアシカなどは人間と似て毛皮が無いよね?。 哺乳類は木の上から水中まで幅広く生活圏を持つ種で溢れていたのかも知れないね。 水中で暮らす哺乳類は尻尾が進化して水中と陸を行き来する哺乳類は足が進化して、 木の上で生活する哺乳類は足も手も握る力を発揮できる形態に進化したのかもね。 なので、水辺に居た人類の祖先の生物は鳴きまねして遊んでいたかも知れないね。 そうそう、言語遺伝子 http://www.appliedbiosystems.jp/website/jp/biobeat/contents.jsp?BIOCONTENTSCD=71934&TYPE=B が発見されたとかで、 で、マウスにまで言語の遺伝子の欠片?が存在?・・・。 FOXP2 http://ja.wikipedia.org/wiki/FOXP2 ブローカ野 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%AB%E9%87%8E

noname#112269
質問者

補足

二種の交配によって人が生じたとするならば、両親は人でなく、その子だけが人であったと言う推測、しかもおおいにアバウトではあるが、シンプルな推測が成り立ちます。 省察の糧とさせていただきます。 毛皮や皮膚の話、鳴き声、オウムの話、動物の用いる信号と、人間の言葉の方向性の根本的な違いなど、詳しくはお礼の方で考察したくおもいます。 基本的には、姿はあまり考慮しておらず、人型かそうでないかはあまり重要視はしていません。 と言うのも、人であっても身体を欠損することはあり、しかしそのことによって人でなくなるということがないように、また、運動神経が極端に低く、キャッチボールなどをできないとしても、人間としては不足はないように、さらには、瀕死の状態であっても、生物としては絶望的であるが、人間としては完全であるように、ねずみの様な生き物であっても、人語を解し、なによりも人間的な振る舞いをなすというのであれば、喩えば真理についての思索などを為すのであれば、あるいは、人と話すのであれば、彼は人間であると認められると思います。 一方で、完全な人の形をしていて、健康で、運動神経もあり、頭もよいとしても、人間を疑われるようなことがありえるように、人間であると言うのは、一概に、姿かたちではないのであると私は思います。   動物については、人は動物の諸事情を理解してやれると思うのですが、動物はと言えば、人間を理解することは難しいと思います。彼らは敵ではないのでしょうが、もっと言えば友でもあるでしょうが、それは、私達が無敵であるからでしょう。 しかしながらこの問いにおいては、理解することは、では人のすべてなのかと、そのようなことをも問いたいと思いますので、人間と他生物の間についても万遍なく思量して、疑問を解決しわだかまりをなくせたらとも思っています。人として知っておくべきもののうちで、何が最もらしいのか、真実とは一体なんであるのか、と言う問いでもよいかと思います。 ご回答有難うございました。

  • fdnfqr
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回答No.9

まず考えられるのは人類が発生時に自然の中での共有からはじまります、風の音、葉っぱのさえずりで人類は感覚機能が初めに発達したのです。自然界の音、周波数を自然の中から無意識的に発見したのです。集団生活になり物を奪い合う時も動物の泣き真似で既に認知が生まれ泣きまねの音の強弱だけで人類は意思疎通を図った。昔の話の受け売りですが九州地方の寺の梵鐘が京都で聞こえたという話です。動物的感覚でわかったのだと思います。田舎のその又田舎の山奥で生活をすれば電気もガスも水道もない、自然の摂理から離れれば人類は聴覚、嗅覚、など5感も含めて退化していったのです。自然とともに生活をあわせる。創意工夫で火を偶然発見したのです。自然にさからえば必ず大地が怒り地震、雷雨、大風が生じます。自然には木霊(こだま)が存在します。究極シャーマニズムだと考えます。真言宗僧侶より

noname#112269
質問者

お礼

ようこそいらっしゃいました。 兆しというものがあるのかなと思いました。 ご回答有難うございました。

noname#123390
noname#123390
回答No.8

ご丁寧なお礼を頂いたので、また何か追回答をせねばならないかといった気分になっています。 >原始時代、人類、あるいはそれになるはずであった種にとって、自然と言うものは決してやさしくなかったでしょう。実り少なく、災厄多し、そういう世界だったと私は推測します。しかも、今よりずっと脆弱な生き物であった人間は、では、何によって生きていたのか。一体全体、智慧の真実とは何なのか、その様なことを考えての質問でした。 なるほど、それでご質問の深い意味が理解できたような貴がしました。 この不器用で体力のない、ただのまっぱだかの肉の塊のような人間の先祖が、密林を降りて他の猛獣に食われたり飢えたりしながら今の隆盛に至った端緒は何だったのか、人類が得た最初の知恵の木の実が何かの強力な武器、例えば石つぶてなんかでなければとても生き抜いてはいなかっただろうということなのでしょうか。 ここは哲学スレですが、詩学とはちょっと異なります。むしろ伝統にのっとって真理の学問だと私はかんがえていますので、どうしても情緒に流れてしまうような考えは避けるべきかと思います。それで、結局最初にもどってしまうのですが、 脆弱な人類は、やはり今に至るまで唯一の頼みとした卓越した理性の援軍が自身の生き残りを可能にしたのだろうと思わざるを得ません。今の言葉の主流は考えるためのツールですが、それ以前の主流は鳥のようにコミュニケーションでした。より複雑な思いを多数の仲間に伝え、ココロと意図を一体化させて他の天敵やら自然に立ち向かって生き抜いてきたのでしょう。我々の祖先はむしろ鳥に近く、少なくとも神ではなかったと思います。詰まらない結論でしかありませんがあしからず。

noname#112269
質問者

お礼

再度ご回答有難うございます。 かつて、と書き出しては筆の追いつかないほどの遥かな太古の事、私達はいみじくも小さなサルのようであったらしい。それだけでもかなり信じられないことではあるが、彼らがどのようにして暮らしていたか、今のサル達を見て類推するのが最も妥当だろうか。 回答者さんいわく、小鳥のように多彩な声色によって、種々のコミュニケーションを図ったのではないかと言う説、それは、ありえなくはないと思います。おそらくは、現生の人間の声はそれほど美しくないから、太古の人間、乃至猿人の声も、似たようなものであったかと思うのでしょう。 しかしこの声の喩えで注目したいのは、同じく太古から危機を経て生き残ってきたのであろう鳥類から得る示唆です。私は、鳥が生き残ったのは、翼を獲得したからであると考えます。おそらく、小鳥達が多彩な声色を扱うのも、空に出て、心肺機能の発達した後に、小型化が進んで、あのような甲高い音色となったのではないかと考えます。あくまで推察です。鳥の鳥たる所以は、声ではなく翼であると、私には思われます。 人の声色多彩説を否定はできませんが(実際に多彩な声色は出せる人もいる)、それが直接の理由で人類が生き残ったとは、今は結論できません。 次に、理性の援軍という表現をされていますが、これが人間の表象ではいかにも、もっともらしいものであると一見すれば思えるかもしれない。事実、理性によって色々の力学を生み出して利器を発達させてきたのは一角の事実でしょう。しかし、それが誕生した当時は、援軍になるほどのものであっただろうか?それは考えにくい。人類の現在の叡智は、未来から見ればおよそ原始的であるかもしれないけれど、太古において、いきなりこの発達した叡智が生まれると言うのは感覚的にも理性的にも、感情的にもありえないと思います。 石つぶて、あるいは火を持ったとして、それが如何ほどのものなのか、本当にそれで、生き残れたのか? 自然の猛威に対して、声色と、複雑多種のコミュニケーションと、幾ばくかの利器で、本当に凌げるのか? 太古の人類はそれほど強靭だったのか?強靭な肉体はそれだけ多くの食料を必要とします。現生の人類は、比較的省エネタイプです。 私の考える処では、おそらく、ほとんどの人類は死亡し、なんらかでともに堪え忍んだ人たちの子孫が、われわれではないかというものです。その様なことがあったので、人類にはどこか粛然とした奥ゆかしさが備えられているのではないかとおもいもします。   ご回答誠に有難うございました。

回答No.7

言葉以前といえば、愛情とか憎しみとかの感情ではなかったかなあ。 言葉っていうのは、コミュニケーションの手段である以前に思考のツールだから、言葉以前には理性ってのは無かったんじゃないかと思いますね。

noname#112269
質問者

お礼

ようこそいらっしゃいました。 おっしゃることについては、ご意見伺った後、私もそうだろうなと、思いました。しかしながら、そのことをさらに吟味せず、初見諒知すると言うことが、妥当なのかについては、考察してもよいのかもしれないと思いました。言葉以前のそれ、ここでは理性と言う語で語られているそれとは、言葉(思考のツール)であった。それ以前、つまりそれを獲得する前にはそれに代わるものはなかった、。 ここにて自問したくおもいます。ではどうして、それを得たのであろうかと。 もうしばらく考えたくおもいます。 このやりとりで、色々の執着を離れられたらと思っています。 ご回答有難うございました。

noname#112269
質問者

補足

少し、Mokuzo100nennさんへの補足欄をお借りして、皆様へのメッセージを記したくおもいます。 皆様から頂いたご回答やご助言、補足要求等に対するお返事の時期が、まばらになることがあると思います。 一度に読みきれない、咀嚼しきれないと言うことも、私の至らないために起こっています。そういう事態となったときには、そういうことなのであるとご理解ください。

  • ENERGAIA
  • ベストアンサー率9% (5/53)
回答No.6

 人類の曙の時期や、言葉以前の状態が人間としてこの地球上であったかどうかは解りませんが、  存在としての言葉以前の何かがあるとすれば、意識と意図ではないかと、想いを巡らします。  しかし、心の中で思うことも、しゃべるように思っていれば言葉と変わらないかもしれません。  今の人はどうなんでしょうか、やはり心の中で想うのではなく、しゃべることが多くなったのでしょうか。

noname#112269
質問者

お礼

ご回答有難うございます。 自省のための示唆にさせていただきます。 想いはそのまま姿となって現れているように思います。普段想っている事柄が、普段の行動に現れているのではないでしょうか。 しゃべることについては、ある種の仲間意識のようなものが関係していて、心を開いていなければ基本的には喋れないのかなと思います。 世の中には、気軽に喋れることと、慎重にならざるを得ないことがありますが、もし、慎重にならざるを得ない、皆が容易に近づかないことについて、誰も傷つけることなくせっせられたらいいのにと思います。 ご回答誠に有難うございました。

  • kadowaki
  • ベストアンサー率41% (854/2034)
回答No.5

管見する限り、こういう難問に直面し、最も誠実に答えを出そうともがき続けたのは広義の象徴派詩人だったのではないかと思われてなりません。 ランボーやマラルメをはじめとする象徴派の詩人たちは、「言葉以前」の未だ概念化される以前の世界をいかにしてあるがままに、純粋無垢なままに把捉できるかという、ある意味狂気の沙汰としか思えないような難業と取り組んだと言っても過言ではないはずです。 たとえば、ランボーは事物の表層にこびり付いている、いわゆる概念や語義という名の錆や汚れを剥ぎ取り、本来そうであったはずの酸化する以前の純粋元素の輝き、その原始の、野生の燦めきを取り戻させようとしたのではないでしょうか。 わが国の傑出した詩人であった中原中也にしても、「芸術といふのは名辞以前の世界の作業」(『芸術論覚え書』)と考えていたようです。 それは長い歴史のうちに自明視されるにいたった人間中心主義の否定であり、世界や事物の側から人間を見ることであり、裸形の世界と人間との交歓であり、祝祭であり、照応であったはずです。 こういう裸形の世界と人間とが交合し、エクスタシスにいたったとき、不意に人間の口から漏れた言葉こそが世界そのものを最も直截的に表現した言葉なのではないでしょうか。 >私達がまだ、人類の曙であった頃、そこには、言葉以前のそれで暮らす最初の人々があったと、私は始原に思いをやります。 はい、その当時の言葉は辞書や文法の規範でも、ルールでも、システムでもなく、世界や事物そのものと等価の内実をもって人々に実感されていたはずでして、それはむしろ叫び声や独白に近い、かろうじて後世の感嘆詞に通じる、その意味では血や肉に裏打ちされた、ナマの呼気そのものでしかない言葉だったのではないかと想像されます。 われわれは、その面影を、離乳期頃の赤ん坊が無邪気な笑顔と共に無心で発する喃語にわずかに見出すことができますし、それを懐かしく受け止めざるを得ないはずです。 >いつの間にか言葉は、巧みに作られ、多くの形態を生み出すに至ったが、私はいつも、真実の言葉を、真実の想いを、真実のやさしさであるそれを、おもっています。 言葉は言葉である限り、ある誰か一人によって最初に発せられた瞬間、誕生時の瞬間を必ず持っています。 それが他の誰か他者にその概念(指示内容)と共に伝えられた瞬間、誕生時の《世界=言葉=ヒト》という三位一体を喪い、その代償として、その言葉はコミュニケーションの媒介、手段に変質し、そうして豊かな人間関係、共同体(社会)を生み出したと考えるしかないのです。 聖書の創世記が神と人との至福の関係の記述から始まるように、あるいはわが日本の神話にも神人との同殿共床時代が描かれているように、古今東西を問わず、人間たる限り、自らの存在や意識の原点に思いを馳さずにはいられないということかもしれません。 わが国の傑出した詩人であった中原中也にしても、「芸術といふのは名辞以前の世界の作業」(『芸術論覚え書』)ということを考えていたようですから。

noname#112269
質問者

お礼

ご回答有難うございました。 私も、昔は詩をよく書いていました。当時の自分を思い出すに、やはり非常に孤独であったのであろうと思います。今もそれは変わらぬのでしょう。 さて、私どもの哀しみは、どのようにさすらい、いずこへ向かうのでしょうか。 もしそうだとしたら、あまりにも飄々としすぎて、ますます哀しくなるでしょうか。 しかしながら、哀しみは、浸るものではなく、知るものであるのでしょう。  独り言のようになってしまいましたか ご回答有難うございました。

  • yayuh
  • ベストアンサー率16% (7/42)
回答No.4

表現はいろいろと可能かと思いますが、 「自分との出会いへの渇望」かと思います。 「私」という存在を認めるには、「私以外」の存在を認識する必要があると考えるからです。 コミュニケーションの中においてはそれは名前かと思います。 別の表現で言うならば、自分と自分以外を分ける境界線と言えそうです。

noname#112269
質問者

お礼

名前は、大切にしたいものでもあると思います。 子には、よい名前をつけてあげたいと思うことも、人の名前を覚えることも、色々と大切なことであると思います。 他者の存在を知るということは、根本的なところであると思います。 概して、自身の殻に閉じこもってしまったりするときには、大きな世界を置いてきてしまうものでしょうか。 もしこの世に、認識し得ない他の人が居るとするならば、その人に対して私は、何者であればよいのだろうか、その様に思うこともあります。 自分と他者とは何であるか、その様なことにも、昔はずいぶん興味を持っていたのに、今はどうでしょうか、その様なことは、もう知っている自分がいるのだと、自分自身に助言する私がいるようです。 ご回答有難うございました。

noname#123390
noname#123390
回答No.3

>言葉以前のそれで暮らす >私達の起源、始原、原初であるそれ 暮らすために必要なそれ?生きるために必要なそれ? 言葉以前といえば言葉は含まれず、ただゼスチュアと接触だけが残りますが、それでは困りますよね。小鳥などにも言葉らしき意味のあるさえずりがあります。愛と憎しみ、つながりと排除のためのツールとして、あるいは感情のたかまりから自然に肉体から迸り出る声として。これらは真実のものだろと思います。優しさばかりではないでしょうが。 人間も良く似たものから言葉は発生したのでしょう。利益社会の形成から言葉がより複雑になってくるのは、ずいぶんあとのことではないでしょうか。

noname#112269
質問者

お礼

ご回答有難うございます 感情や、身振り手振りなどで、多くの動物たちがコミュニケーションをしていますね。虫などは、特殊な匂いを使ったりもするそうです。花と知り合いになる虫もいるとか。 イルカなどは、ずいぶん高等な社会的コミュニケーションをするそうで、鼻から出る泡で網を作って、魚などを囲ったりするそうです。イルカではなく、もっと大きな鯨だったかな? 私達の使う言葉には特有の響きが存在していて、それは、空気や、地面、水中などを伝わって行く音波なのではなく、かといって、空間や時間にも属さない、非常にシンプルなある意味を内包しています。 おそらく、その意味が、私達の言葉には欠かすことのできない、そしてそれがあるから私達は人間で居られるのではないかと、私などは考えています。 つまり、ある種の関係作りのための意味、つまり求愛や敵意、縄張り作り、仲間作りなどの表出と言うよりは、それ自体が意味のある、もっと存在の核心にあるような、言葉であるということです。 ですから、鳥獣の叫びなどに類するものから派生したのではなく、つまり、今我々に残っている喜怒哀楽とは異なる、やはり根源的に何かある、つまり人類の系譜の始点が存在しているのではないかなと、私などは考えるものです。 原始時代、人類、あるいはそれになるはずであった種にとって、自然と言うものは決してやさしくなかったでしょう。実り少なく、災厄多し、そういう世界だったと私は推測します。しかも、今よりずっと脆弱な生き物であった人間は、では、何によって生きていたのか。一体全体、智慧の真実とは何なのか、その様なことを考えての質問でした。   ご回答有難うございました。

回答No.2

言葉は、コミュニケーション=社会性の発達によって必要と なるものであり、逆に言えば、人類の進化における社会性の 発展に応じて発達したものであって、「それ以前」は、 行動パターンが単純で、コミュニケーションの必要もシンプル であり、動物と同じように表情や簡単な合図だけで、十分こと 足りたでしょう。 社会性が未発達な段階では、生殖単位であるファミリーの外との 相互作用は、生存競争=戦いなので、複雑なコミュニケーション は必要なかったはずですから。 認識の深まりにおいて初めて、一方で社会行動(分業化=助け合い) が可能になり、また一方でコミュニケーション(言葉=抽象化)が 可能になったのです。

noname#112269
質問者

お礼

ご回答有難うございます。 言葉は社会性とともに発達してきた、即ち社会の規模、形態によって、言葉もまた多様になったりシンプルになったりするということでしょうか。 原始の社会を想起すると、よく、ジャングルで一人になった個体のシチュエーションを私は想起します。その個体は、何かでファミリーや仲間を亡くして一人になったのであるという設定なのですが、広い世界で只一人、恐ろしい世界に暮らすというのは、どういうことだろうと。 現代の孤独と、原始の孤独は一見全く違うのですが、ともすれば、実際には一人ではないだけ現代の方が辛いのかもしれないですが、実に孤独を超えた人間というのは、一体どのような世界観を持っているのか、どのような世界に生きているのか、その様な人になりとも思います。 終わりの三行については、直ぐには理解に至らなかったので、しばらく時間を頂きたいと存じます。 ご回答有難うございました。

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