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自然な日本語に添削していただけないでしょうか。(『東野圭吾の「秘密」』)

 日本語を勉強中の中国人です。文章力をつけたいので、作文の練習をしています。私の文章を自然な日本語に添削していただけないでしょうか。  東野圭吾の「秘密」を読み終えた。妻と小学5年生の娘が乗っていたバスが崖から転落し、妻が亡くなった。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に妻の魂が入っていた。その日から、夫と、娘の体と妻の心を持つ妻は秘密な生活が始まった。二人は見た目で親子なのに、実際は夫婦なのだ。いろいろなことで苦しくなってきて、最後に夫の幸せのために、妻は決心がつき、妻としての精神をすっかり捨て、娘の役を永遠に演じ続けることにした。ただ、それを自分の心の中の秘密として。でも、まもなく夫もこの秘密を知った。が、妻の前では口に出しなかった。このように小説の幕が下りた。  私にとってとても納得できないラストだった。果たしてこれで夫は幸せになるだろうか。なぜ二人は素直に生きていけないだろうか。確かにいろいろな壁があるだろうが、肩を並べて一緒に乗り越えていけばいいと思った。気分が沈んでいて、胸がつまっているような感じがした。なんとかして気分変換をしたい。  また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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  • ベストアンサー
  • hakobulu
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回答No.5

1、 > 東野圭吾の「秘密」を読み終えた。妻と小学5年生の娘が乗っていたバスが崖から転落し、妻が亡くなった。 →添削無し 2、 >妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に妻の魂が入っていた。 →妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に妻の魂が【潜り込む】。 : シチュエーションからいって「入る」だけでは弱い感じがします。 添削例のように「潜り込む」とするのも良いですが、#2さんの「乗り移る」のほうが魂には適しているでしょう。 また、ここは重要な場面でしょうから、現在形にして臨場感が出すほうが良いでしょう。 3、 >その日から、夫と、娘の体と妻の心を持つ妻は秘密な生活が始まった。 →その日から、夫と、【娘の体を持つ妻との】秘密【の】生活が始まった。 : a. 「娘の体を持つ妻」とするとすっきりします。 b. (たぶんですが)「秘密な」という表現は無いと思います。 4、 >二人は見た目で親子なのに、実際は夫婦なのだ。 →二人は見た目【では】親子なのに、実際は夫婦なのだ。 : 「二人は( )実際は夫婦なのだ」というのが基本的な構造です。 「見た目」について取り上げて述べるならば親子である、という補足が加わっているわけで、「見た目では」とする必要があります。 5、 >いろいろなことで苦しくなってきて、最後に夫の幸せのために、妻は決心がつき、妻としての精神をすっかり捨て、娘の役を永遠に演じ続けることにした。 →【やがて、様々な場面で無理が生じるようになり、】【妻は】夫の幸せのために、【自分の心】をすっかり捨て、娘の役を永遠に演じ続けることに【する】。ただ、それを自分の心の中の秘密として。 : a. 「いろいろなことで苦しくなってきて、最後に夫の幸せのために、妻は決心がつき」 という箇所が不自然な印象を与えます。 「最後には」とすると多少は良くなりますが、「苦しくなる」の内容が漠然としているため他の表現に替えたほうが良いでしょう。 「やがて」などを使うと、前の文からの流れという意味でスムースな表現になるでしょう。 b. ここは「精神」よりも「心」のほうが適しています。 自分の考え方・思想というよりは、自分の感覚・気持ちという意味が強いと思われるからです。 c. 「演じ続けることにした」という過去形はどうしても報告的ニュアンスになります。 あらすじの説明ですから、それでも良いのですが、ここは重要な場面だと思われるので、「演じ続けることにする」と現在形にして臨場感を出したほうが良いでしょう。 6、 >でも、まもなく夫もこの秘密を知った。が、妻の前では口に出しなかった。このように小説の幕が下りた。 →【】まもなく夫もこの秘密を【知ることになる】が、【それを】妻の前で【口にすることはなかった】。このように【して】小説の幕が下りた。 : a. 逆接の連続はなるべく避けたほうが良いでしょう。 前の文脈から、この「でも」は逆接として必須ということはありません。 ここでは使わずに、後の逆接を生かしたほうが良いでしょう。 仮に前を使うとすれば、#2さんのご回答のように、後のほうの逆接を使わないようにします。 b. 「知った」でも悪くはありませんが、「~することになる」とすると、「後々、そういった結果に至る」という「あらすじの説明」にふさわしい表現になります。 c. 「口に出さなかった」のタイプミスだと思いますが、シチュエーションからすると「口にする」→「口にしなかった」とするほうが適しているでしょう。 「口にすることはなかった」のようにすると、 「口にすることは(決して)なかった」というニュアンスを出すことができます。 「口に出さなかった」でも大きな問題はありません。 また、「妻の前【では】」という表現はとても自然です。 私の添削例では、「口にすること【は】なかった」のほうに重点を置いたので「妻の前で」としています。 d. 「このようにして」とするほうが自然です。 7、 > 私にとってとても納得できないラストだった。果たしてこれで夫は幸せになるだろうか。 →添削無し。 8、 >なぜ二人は素直に生きていけないだろうか。 →なぜ二人は素直に生きていけない【の】だろうか。 : ここの「の」は、 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/151080/m1u/%E3%81%AE/の[二]の、 (3)(「のだ」「のです」「のだろう」などの形で)確信的な断定・推定を表す。 「ついに失敗した—である」 「君がやった—だ」 にあたると思われます。 今回の作文のように、「二人は素直に生きていけない」ということを断定する場合は、「の」が必須になります。 「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか。」 は(ネイティブでもありがちですが)誤った表現になります。 「二人は素直に生きていけないだろうか。」 であれば単純疑問文として成立しますが。 9、 >確かにいろいろな壁があるだろうが、肩を並べて一緒に乗り越えていけばいいと思った。 →添削無し。 10、 >気分が沈んでいて、胸がつまっているような感じがした。なんとかして気分変換をしたい。 →気分が【沈み】、胸が【つまる】ような感じがした。 : 「ていて」「ている」は継続の用法です。 これは、「読み終わった時点」の感想を述べている(と読者は受け取る)作文ですから、継続の用法を使うと不自然になります。 「今でもまだ、気分が落ち込んでいる」という文であれば、「読み終わった時点から継続して」という意味になりますから自然です。 これは、「読み終わった時点の感想」ではなく「今の気持ちについて」述べていることになるからです。 11、 >なんとかして気分変換をしたい。 →【なんとか】気分【転換】を【図りたいと思う】。 ⇒早く気持ちを切り替えなくては・・・。 : 「なんとかして」でも悪くはありませんが、ちょっと強すぎる表現です。 なんとかして、絶対に、何がなんでも必ず、というニュアンスがあるので、読後感としては幾分大げさな印象を与えてしまいます。 「なんとか」でもまだ強いのですが、妥協しましょう。^^; 「早く気持ちを切り替えなくては・・・」  ぐらいの軽いタッチでいいように個人的には思います。 12、 長い文章の割りに良く書けていると思います。 <明らかに不自然な箇所> 「妻[は]秘密[な]」 「素直に生きていけない【の】だろうか」 「気分が沈ん[でいて]、胸がつまっ[ている]ような」 全体的に総合して、75点 です。 <まとめ>  東野圭吾の「秘密」を読み終えた。 妻と小学5年生の娘が乗っていたバスが崖から転落し、妻が亡くなった。 妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に妻の魂が潜り込む。 その日から、夫と、娘の体を持つ妻との秘密の生活が始まった。 二人は見た目では親子なのに、実際は夫婦なのだ。 やがて、様々な場面で無理が生じるようになり、妻は夫の幸せのために、自分の心をすっかり捨て、娘の役を永遠に演じ続けることにする。ただ、それを自分の心の中の秘密として。 まもなく夫もこの秘密を知ることになる。が、それを妻の前で口にすることはなかった。このように小説の幕が下りた。  私にとってとても納得できないラストだった。果たしてこれで夫は幸せになるだろうか。なぜ二人は素直に生きていけないのだろうか。 確かにいろいろな壁があるだろうが、肩を並べて一緒に乗り越えていけばいいと思った。 気分が沈み、胸がつまるような感じがした。早く気持ちを切り替えなくては・・・。  

1mizuumi
質問者

お礼

 申し訳ありませんが、補足欄以外に質問を二つ追加させていただきます。 3. →【やがて、様々な場面で無理が生じるようになり、】【妻は】夫の幸せのために、【自分の心】をすっかり捨て、娘の役を永遠に演じ続けることに【する】。ただ、それを自分の心の中の秘密として。  「様々な場面」は「いろいろな場面」でもよろしいでしょうか。「様々」のほうが書き言葉っぽいでしょうか。 4. >→【】まもなく夫もこの秘密を【知ることになる】が、【それを】妻の前で【口にすることはなかった】。このように【して】小説の幕が下りた。  なぜ「知ることになった」ではなく、「知ることになる」なのでしょうか。 _______________________    ご親切に添削していただきありがとうございます。詳しく説明してくださり、大変助かりました。今回、「現在形にして臨場感が出す」という大きな収穫がありました。例によって「は」と「が」はまた間違っています。改善したいです。まだよくわからないことがありますが、もう一度教えていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

1mizuumi
質問者

補足

1. >今回の作文のように、「二人は素直に生きていけない」ということを断定する場合は、「の」が必須になります。  ここはちょっと難しいです。なぜ「の」が必要なのかまだよくわかりません。なぜ「二人は素直に生きていけない」ということを断定する必要があるでしょうか。 >「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか。」 は(ネイティブでもありがちですが)誤った表現になります。 「二人は素直に生きていけないだろうか。」 であれば単純疑問文として成立しますが。  「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか」は間違いで、「なぜ二人は素直に生きていけないのだろうか」のように「の」を入れたのが正しいということになるのでしょうか。「二人は素直に生きていけないだろうか」は単純疑問文として成立するとはどういう意味でしょうか。 2. ><明らかに不自然な箇所> 「妻[は]秘密[な]」  ここの「は」はなぜ不自然なのか説明していただけないでしょうか。

その他の回答 (6)

  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)
回答No.7

#6です。 1. >1mizuumi さんは、 「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか」という文を、どういう意図でお書きになったでしょうか。 「二人は素直に生きていけない」という(1mizuumi さんご自身の)断定があったはずです。 そして、その断定を前提にして、「どうしてそうなのだろうか?」という疑問を投げかけていることになるでしょう。  ご説明はわかりました。しかし、その断定はあったかどうか自分でもよくわかりません。どうしよう。単純疑問文のつもりで書いたと言ってもおかしくはないような気がします。 : a. 例を挙げてみます。 【シチュエーション1】 ある日、1mizuumi さんは友人と遊びに出かけて帰宅が深夜になってしまいました。(あくまで仮に、です^^;) 家への帰り道で、「お母さんに叱られるかな?」と心配になります。 このときの気持ちは、「お母さんに叱られるだろうか?」と表現するでしょう。 「叱られるかどうかは不明(=わからないので断定できない)」という前提で文は作られていることになります。 なので、「の」は使いません。 前回述べた単純疑問文とは、こういう意味です。 尤も、そういう用語が文法的に存在するのかどうかは不明です。 【シチュエーション2】 ある日、B さんは友人と遊びに出かけて深夜に帰宅しました。 家へ帰ったらお母さんに大きな声で叱られました。 それで、次のように日記に書きます。 「なぜ、お母さんはあんなに怒るのだろううか」 これは『「お母さんが怒った」という断定』を前提にしているはずです。 断定という表現が良くないのかもしれませんが、「(怒ったということを)確定した事実として扱っている」と言っても良いでしょう。 「怒らなくてもいいじゃないの!」という主張が文の骨子だろうと思います。 つまり、『「お母さんが怒った」という断定』を前提にして自分の主張を表現している文と言えるでしょう。 うまく説明できませんが、反語的疑問文とでもいった感じでしょうか。 少なくとも、決して「答えを求めている文ではない」ことは確かでしょう。 その意味で単純疑問文とは言えないように思ったわけです。 前回は、この点に関して、 『その断定を前提にして、「どうしてそうなのだろうか?」という疑問を投げかけていることになるでしょう。』 と述べました。 疑問を投げかけている形であるには違いありませんが、今回のように「主張の表現」と解釈したほうが私の意図が伝わりやすいと思います。 b. >「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないのだろうか?」 という文においては、 『「猫は泳げない」という断定』が必須の疑問です。 この断定が無ければ、この【疑問自体が発生しません】から、 「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないだろうか?」 という文は誤りになるわけです。  「この断定が無ければ、この【疑問自体が発生しません】」ということはよく理解できません。「どうして猫は泳げないだろうか?」だけでありえるでしょうか。もう少しほかの例も挙げていただけないでしょうか。 :  「この断定が無ければ、この【疑問自体が発生しません】」について。 やはり、「断定」という言葉の使い方が不適当であったのかもしれません。 「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないのだろうか?」 という文は、 『「猫は泳げない」ということを、「確定した事実として扱っている」』疑問文です。 と解釈していただければと思います。 私の言いたいことの骨子は、「猫は泳げるだろうか?」という単純疑問文とは別のものだ、ということです。 c. >A:「私は、二人は素直に生きていけないと思う」 B:「本当に二人は素直に生きていけないだろうか?」(単純疑問文) この場合、B は「二人は素直に生きていけない」ということを断定してはいません。 ですから、「の」が不要になります。  やはりこの説明はよくわかりません。「本当に二人は素直に生きていけないのだろうか?」はなぜだめでしょうか。混乱中です。 : ここは、 『「二人は素直に生きていけないだろうか」が単純疑問文として成立するシチュエーション』 について述べた部分ですね。 『B は「二人は素直に生きていけない」ということを断定してはいません。』とは、 B は、「二人は素直に生きていけない」ということに対して「純粋な疑問」を持っている、という意味です。 「純粋な疑問」とは、「わからないので尋ねている」というニュアンスです。 「本当に二人は素直に生きていけないのだろうか?」は、疑問ではなく「本当に二人は素直に生きていけないのだろうか? いや、生きていけるはずだ」という反語的用法と捉えられます。(常に、というわけでありませんが、少なくとも今回の文脈から言うと、そうなるでしょう) ただ、この会話における「二人は素直に生きていけないだろうか」も反語的表現と解釈できる場合がありますから、例としてはあまり良くありませんでしたね。 体系立ててご説明できないのが素人の辛いところです。 2. >「妻は生活を始めた」であれば自然な表現です。  「その日から、夫と、娘の体と妻の心を持つ妻は秘密な生活を始めた」ならよくなったでしょうか。 :  「その日から、夫と、娘の体と妻の心を持つ妻は秘密な生活を始めた」とすれば、少なくとも日本語表現としては正しいものになります。 しかし、このシチュエーションには向いていません。 間違いではありませんが、「始まった」とするほうが遥かに自然です。 なぜ自然なのか? という疑問を感じられるかもしれませんので少し補足しておきましょう。 「妻は生活を始めた」は、「妻は」ですから、「妻について述べる」という意図があります。 「妻の生活が始まった」は、「始まったこと」を優先して述べる意図があります。 「あらすじを語る」というシ場合は、全体の流れを大局的に語っている、という意味で後者のほうが妥当です。 3. >「知ることにな【った】」「口にすることはなか【った】」 と続くと語感が良くないからです。 いくら語感が悪くても必要であれば使いますが、ここは大丈夫です。  しかし、「知ることになる」は現在形です。なぜもともとの過去形を現在形に勝手に変えられるのでしょうか。そのルールはよく理解できません。 : 尤もな疑問だと思います。 ただ、過去のことをすべて過去形で話す必要はありません。 文法的に正確な説明はできませんが、一番の理由は、前後の文脈から判断可能な場合は OK ということになるでしょうか。 私流の説明が許されるならば、 「読者を過去の時点に引きずりこんでしまった段階においては、過去の場面にタイムスリップすることができるので、現在形でも構わない。」 ということもできるように思われます。 不明点が残るようでしたらまた補足なさってください。 また、念のために申し上げておきますが、私の回答についての疑問を、新たな質問として立ち上げていただいても構いません。 私は専門家ではありませんので全く気にしませんし、却って勉強になることのほうが多いと思っています。  

1mizuumi
質問者

お礼

 度々ありがとうございます。とてもわかりやすいです。おかげさまで、納得いきました。お疲れ様でした。本当にありがとうございました。

  • hakobulu
  • ベストアンサー率46% (1655/3578)
回答No.6

#5です。 1. 今回の作文のように、「二人は素直に生きていけない」ということを断定する場合は、「の」が必須になります。 a.  ここはちょっと難しいです。なぜ「の」が必要なのかまだよくわかりません。なぜ「二人は素直に生きていけない」ということを断定する必要があるでしょうか。 : 1mizuumi さんは、 「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか」という文を、どういう意図でお書きになったでしょうか。 「二人は素直に生きていけない」という(1mizuumi さんご自身の)断定があったはずです。 そして、その断定を前提にして、「どうしてそうなのだろうか?」という疑問を投げかけていることになるでしょう。 他の例を挙げてみます。 「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないのだろうか?」 という文においては、 『「猫は泳げない」という断定』が必須の疑問です。 この断定が無ければ、この【疑問自体が発生しません】から、 「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないだろうか?」 という文は誤りになるわけです。 「断定する必要がある」という意味ではなく、 「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか」という疑問は、 「二人は素直に生きていけない」という(1mizuumi さんご自身の)断定が無ければ発生しない。 ということです。 b. 「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか。」 は(ネイティブでもありがちですが)誤った表現になります。 「二人は素直に生きていけないだろうか。」 であれば単純疑問文として成立しますが。  「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか」は間違いで、「なぜ二人は素直に生きていけないのだろうか」のように「の」を入れたのが正しいということになるのでしょうか。「二人は素直に生きていけないだろうか」は単純疑問文として成立するとはどういう意味でしょうか。 : 「二人は素直に生きていけないだろうか」が単純疑問文として成立するシチュエーションとは、たとえば次のような会話が考えられます。 A:「私は、二人は素直に生きていけないと思う」 B:「本当に二人は素直に生きていけないだろうか?」(単純疑問文) この場合、B は「二人は素直に生きていけない」ということを断定してはいません。 ですから、「の」が不要になります。 2. <明らかに不自然な箇所> 「妻[は]秘密[な]」  ここの「は」はなぜ不自然なのか説明していただけないでしょうか。 : 《その日から、夫と、娘の体と妻の心を持つ妻[は]秘密【の】生活が始まった。》 まず、「妻は」は、「生活が始まった」に掛かっています。 「妻は」は、「妻に関して述べてみると」「妻について話しますが」という意味を表しています。 「妻は【若い】」「妻は【考えている】」「妻は【泳ぎが得意だ】」などのように、【】内は全て「妻に関して述べている内容」です。 しかし、「生活が始まった」というのは、(夫と)妻に関して述べていることになりません。 ここは「(生活が)始まったこと」について述べられている箇所です。 「妻は生活を始めた」であれば自然な表現です。 「私は仕事が始まった(×)」 「私は仕事を始めた(○)」 と似たような関係でしょう。 3. →【やがて、様々な場面で無理が生じるようになり、】【妻は】夫の幸せのために、【自分の心】をすっかり捨て、娘の役を永遠に演じ続けることに【する】。ただ、それを自分の心の中の秘密として。  「様々な場面」は「いろいろな場面」でもよろしいでしょうか。「様々」のほうが書き言葉っぽいでしょうか。 : どちらも、基本的には「種類が多い」という意味なので、「いろいろな場面」でも、特に大きな問題はありません。 ただ、「種類が多い」は、 『「異なったもの」が「たくさん」ある』のように言い換えることもできるでしょう。 この場合、 「いろいろな」は「たくさん(量)」に、 「様々な」は「異なったもの(質)」に、どちらかと言えば重点が置かれているようなイメージがあるように思われます。 それと関連しているかどうかは不明ですが、 おっしゃるような『>「様々」のほうが書き言葉っぽい』という感覚は私にもあります。 ただ、書き言葉でも「いろいろな」のほうが適している場合もあるでしょう。 一例を挙げれば、 「今年はいろいろな問題が次々に起こって大変な年であった」 などのような場合でしょうか。 これなどは、「問題の数が多かったので大変だった」という意図が文にあるからではないか、という気がします。 4. →【】まもなく夫もこの秘密を【知ることになる】が、【それを】妻の前で【口にすることはなかった】。このように【して】小説の幕が下りた。  なぜ「知ることになった」ではなく、「知ることになる」なのでしょうか。 : 「知ることにな【った】」「口にすることはなか【った】」 と続くと語感が良くないからです。 いくら語感が悪くても必要であれば使いますが、ここは大丈夫です。 また、この部分について、#5の<まとめ>のほうに反映されていなかったのでお詫びして訂正いたします。こちらの添削内容を優先してください。 うまく説明できたか自信がありませんので、不明点が残るようでしたら、お手数ですが何度でも補足なさってみてください。  

1mizuumi
質問者

お礼

 再びありがとうございます。ご丁寧に説明してくださり、大変助かりました。だいぶわかるようになりました。まだ疑問が残っていますが、もう少し教えていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。

1mizuumi
質問者

補足

1. >1mizuumi さんは、 「なぜ二人は素直に生きていけないだろうか」という文を、どういう意図でお書きになったでしょうか。 「二人は素直に生きていけない」という(1mizuumi さんご自身の)断定があったはずです。 そして、その断定を前提にして、「どうしてそうなのだろうか?」という疑問を投げかけていることになるでしょう。  ご説明はわかりました。しかし、その断定はあったかどうか自分でもよくわかりません。どうしよう。単純疑問文のつもりで書いたと言ってもおかしくはないような気がします。 >「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないのだろうか?」 という文においては、 『「猫は泳げない」という断定』が必須の疑問です。 この断定が無ければ、この【疑問自体が発生しません】から、 「犬は泳げるのに、どうして猫は泳げないだろうか?」 という文は誤りになるわけです。  「この断定が無ければ、この【疑問自体が発生しません】」ということはよく理解できません。「どうして猫は泳げないだろうか?」だけでありえるでしょうか。もう少しほかの例も挙げていただけないでしょうか。 >A:「私は、二人は素直に生きていけないと思う」 B:「本当に二人は素直に生きていけないだろうか?」(単純疑問文) この場合、B は「二人は素直に生きていけない」ということを断定してはいません。 ですから、「の」が不要になります。  やはりこの説明はよくわかりません。「本当に二人は素直に生きていけないのだろうか?」はなぜだめでしょうか。混乱中です。 2. >「妻は生活を始めた」であれば自然な表現です。  「その日から、夫と、娘の体と妻の心を持つ妻は秘密な生活を始めた」ならよくなったでしょうか。 3. >「知ることにな【った】」「口にすることはなか【った】」 と続くと語感が良くないからです。 いくら語感が悪くても必要であれば使いますが、ここは大丈夫です。  しかし、「知ることになる」は現在形です。なぜもともとの過去形を現在形に勝手に変えられるのでしょうか。そのルールはよく理解できません。

noname#142902
noname#142902
回答No.4

 こんにちは。  他の方が素晴らしい回答をしています。しかし一応私も参加します。  ×「見た目で」→「見た目では」or「客観的には」or「外見上は」 ●私は→の後の表現の方が良いと思います。  ×「いろいろな」→「色々な」 ●漢字で書いた方が良いでしょう。  △「秘密な」→「秘密の」 ●「秘密だ」は形容動詞かと思います。それよりも、名詞+助詞(秘密+の)の方が良いと思います。  △「それを」→「それは」 ●私は「それは」の方が良いと思います。  △「ただ、それを自分の心の中の秘密として」→「それは彼女だけの秘密だが」 ●私は後者(→の後)の方が良いと思います。  ×「口に出しなかった」→「口には出さなかったが」or「口外しなかった」or「表には出さなかったが」だった。 ●「口に出しなかった」というのは恐らく間違いでしょう。  他の方が書かれている通り、あなたの文章は素晴らしいです。自信を持ってください。将来が楽しみです。  偉そうにしてすみませんでした。参考にして下さい。

1mizuumi
質問者

お礼

 ご親切に添削していただきありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。頑張ります。

回答No.3

 東野圭吾の「秘密」を読み終えた。これはある夫婦の物語だ。妻と~ ~娘の体と妻の心を持つ妻の、秘密の生活が始まった。二人は見た目では親子に見えるのに、実際は夫婦なのだ。 ~演じ続けることにした。それを自分の心の中の秘密として。 なぜ二人は素直に生きていけないのだろうか。 なんとかして気分転換をしたい。 以上の点を直してみました。質問文に不自然な点はありません。いまどきの若いネイティブにひけをとらない日本語です。若いネイティブでも、正しい日本語を使う人は大勢いますのでね。

1mizuumi
質問者

お礼

 早速のご回答ありがとうございます。とても参考になりました。本当にありがとうございました。

  • KITAIKKI
  • ベストアンサー率55% (462/838)
回答No.2

東野圭吾の「秘密」を読んだ。 物語は夫婦とその夫婦の小学5年生の娘が乗ったバスが、崖から転落したことから始まった。 3人の親子のうち妻だけが命を落とした。妻の葬儀の夜、娘の身体に妻の魂が乗り移った。 その日から夫と妻の心を持つ、見た目は父娘の親子でもその実夫婦の奇妙な生活が始まった。 そんな生活も次第にほころびが出始めてきた。そして妻は夫の幸せのために永遠に娘を演じ、その秘密を隠し通すことを決心した。 しかしまもなく秘密は夫に知られてしまった。そして夫もその秘密を妻に隠し通すことにした。 物語はこのようにして終わった。  私にとってはとても納得できないラストだった。果たして夫はこれで幸せになれるのだろうか。なぜ二人はお互いの秘密を打ち明け、素直に生きていけないのだろうか。確かにいろいろな障害があるだろうが、手を携えて二人で乗り越えていけばいいのにと思った。読書後気分が沈んでしまい、胸が詰まっていくような感じがした。  こんな感じはどうでしょうか。最後の「なんとかして気分転換をしたい」は中途半端な感じを持たれやすいので、出来れば書かないほうが文章としてはすっきりするのではないでしょうか。  途切れ途切れに添削するよりはと、全体を通して見直してみました。多少とも何かの参考になれば幸いです  でも全体的に見ても、いまどきの若いネイティブたちより、ずっと素晴らしい日本語ですよ。日本語の勉強頑張ってください。

1mizuumi
質問者

お礼

 ご親切に添削していただきありがとうございます。いろいろな言い回しと構文を習得しました。とても参考になりました。本当にありがとうございました。日本語の勉強、頑張ります。

  • layy
  • ベストアンサー率23% (292/1222)
回答No.1

「娘の体に妻の魂が・・・」「娘の体と妻の心を持つ妻は・・・」 の「体」は「身体」のが適切かもしれません。

1mizuumi
質問者

お礼

 早速のご回答ありがとうございます。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

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     日本語を勉強している中国人です。日本語で文章を書く力を付けたいと思い、作文の練習をしています。日常の一場面を切り取って短い文章に綴りました。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。文を成すとき、特に難しいと感じた箇所を作文の後ろに記させていただきました。よろしくお願いします。    母女連心*    「ほら、見て! 見て! あの葉っぱ」と好きな葉を見かけた私が興奮して母に言う。「えっ、どれ? どれ? あの葉っぱか」と母の指差したほうに私の好きなプラタナスの葉がある。あれは一枚透き通る翡翠のようなプラタナスの葉だ。七月の高く青い空を迎え、日差しが透けて葉脈がはっきりと映し出されている。 注 *「母女連心」という中国語の意味は「母親と娘の心がつながっている」である。 1.私と母の言葉の後ろに続く二箇所の【と】はぎくしゃくした感じがします。解決方法を教えてください。 2.「母に言う」の「言う」はほかの動詞か言い方にしたいのですが、「叫ぶ」ぐらいしか思いつけません。適切な表現はないのでしょうか。 3.青空を背景にして、日差しが透けて一枚のプラタナスの葉の葉脈が見える情景を綺麗な日本語で書きたいです。ご教授をお願いします。  また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ大変嬉しく思います。よろしくお願いいたします。

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     日本語を勉強中の中国人です。二人目の息子が無事に産んだ友人への手紙に自信がない日本語の表現があります。自然な日本語に添削していただけないでしょうか。 1.これで父親、母親、息子二人という幸せな四人家族が円満に確立しましたね。 2.○と☆がすくすく成長して、男らしい男になるように強く期待しています。 3.子どもを産んだばかりの体質なので、△さんはぜひお体に気をつけてくださいね。  また、質問文に不自然な日本語の表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。