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「こころ」の「上二十八」

k99の回答

  • k99
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回答No.3

先賢のご回答に補足。 5 あまり使いません。 なお、「勝手」(口語では「お勝手」と言うケースが多いと思う)のみで台所などを指します。http://dictionary.infoseek.co.jp/?ii=0&lp=0&sm=1&sc=1&gr=ml&qt=%BE%A1%BC%EA&sv=KO&se=on ここに付いている出入り口が「勝手口」であり、勝手口から派生して「勝手」が台所を指すという説明は倒錯しています。 6 1)植木屋(当時、郊外には市内の庭園のための植木屋が多くありました)の敷地に入っているので、断らずに入ってもとがめられるところではありません(二十六で、そのようなやり取りがあったはずです)。敷地内は、いわばその植木屋のショールームのようなものですから、自由に見ても問題はありません。それは声をかけたほうが望ましいですが。  で、子供に「声を掛けてくれればいいのに」という正論を言われたために苦笑した、ということだと思います。 2)この場合は、伝言を頼んでいるために、お駄賃(チップ)としての小遣い銭を与えている、と思われます。 7) 「今斥候長(せっこうちょう)になってるところなんだよ」 今と違って、子供の遊びとしてメジャーなものに「兵隊ごっこ」がありました。軍隊のまねごとをするわけですね。意図的に無視されていますが、この時代は戦間期ですが、勝ち戦のあとだったわけで、軍に対する嫌悪感はあまりありません。  それで斥候長(先賢ご回答通り、偵察部隊の長)の役をやっている、ということでしょう。 なので、この子供が藪の中から出てきたことが、さほど不思議ではないわけです。

1mizuumi
質問者

お礼

 ご親切に回答していただきありがとうございます。とても参考になりました。本当にありがとうございました。

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