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背理法と対偶証明の違いについて

B-jugglerの回答

  • B-juggler
  • ベストアンサー率30% (488/1596)
回答No.12

はい、もろもろ了解。 質問の内容は、背理法の根拠を示せばいいのですね。 私は逆も出すのかと思っていました。 「対偶法の証明が背理法と同じものになる」のも示すのかと。 これは好いんですね。 この分野の本職に聞いてきたことと、書いていただいたことを持って プロの意見としてください。 これでおしまいにします。 回答N0.9かな? 私が式を立てた分ですが、間違っています。 素直にお詫びします。  #(A∧¬B)が正しくて、(A⇒¬B)これがちがう  #[(¬(A⇒B)∨¬Ki)]≡[(A⇒B)∧Ki] ここも、  # [(¬(A⇒B)∨¬Ki)]≡¬[(A⇒B)∧Ki] こうですね。 で、ですね・・・。 Caperさんの書いていただいたことに対して、 これを持って正しいと出来ます。  #論理学の専門が言っています。 問題になるところが2番目のところですね。 ~~~   ところで、背理法によって、仮に、 2) (A∧¬B)→¬A が証明されたとします。つまり、「 A が真であって、B の否定が真であるときに必ず A の否定が真となる 」ことが証明されたとします。   2) という合成命題は恒真命題ではありません。ですから、いまここで、2) という命題が常に真であることを証明したとします。 ~~~ これが背理法の元になるところですかね。  #私、置き間違えたところ。 「」の中の部分です。  >「B の否定が真であるときに必ず A の否定が真となる」  >質問者さんからのの引用ですよ。 これだけ見ると、対偶ですね ここよく見てくださいね。 2番の部分(背理法の部分と言ってもいいかな)は 「Aが真でかつBの否定が真である ならば 必ずAの否定が真になる」物を探してきます。と言う主張ですから。 式にすると、(A∧¬B)⇒¬A (a式にしておきます)ですね。 この(a)式は 対偶の式と明らかに違いますね。 「」のなかの (Aが真でかつ)の部分をどかしてはダメですよ。 もう一回背理法を整理しますと、 命題A⇒B の証明で、¬(A⇒B)≡(A∧¬B)⇒¬A から 演繹的に、Ki(つまりは矛盾ですね)を捜していく方法ですね。 2番の式は 捜せたと言うことですね。 (A∧¬B)⇒¬A なる Ki を見つけて、この命題が 「常に真」となることが分かった、としましょう、と言うことです。  (a)式が常に真 になるように、反証しましょうということですね。 これが出来ているとします。 ここから先はいいでしょうか? 私も間違っていないと思いますし、専門家もOKだと。 4番が引っかかるかもしれませんが、真理値表を作ってみてください。 ¬(否定)、∧(AND)、⇒(含意) の真理値が分かれば、 トートロジーだと出て来ます(最悪の場合はそれでも大丈夫) 5番ですね ((A∧¬B)→¬A)∧((A∧¬B)→A) これが得られます。 このときに元の式 ((ψ→¬φ)∧(ψ→φ))→¬ψ Ψを(A∧¬B)、φを単体のAと置き換えてください。 左辺(と言っていいのかどうか)、十分条件のほうが得られますね。 元の式は¬Ψに対してトートロジーですね。 1~5の工程で、元の式を得ることが出来ました。 私が分からなかったのは、Ψが単体のAのようなものだと思っていたんですよ。条件の一つだと。 これがちょっと違いましたね。 対して、φ はそのまま条件の一つなんですよね。 Caperさんとkabaokabaさんへ改めて御礼を。

skoyan
質問者

お礼

はい、もろもろ了解。 質問の内容は、背理法の根拠を示せばいいのですね。 ・・・・・・、書いていただいたことを持って プロの意見としてください。 これでおしまいにします。 ● 質問の私の内容は、kabaokabaさんの((ψ→¬φ)∧(ψ→φ))→¬ψが 背理法の根拠式と言う説に対しての説明です。彼は途中で逃げ出したの です。 ●貴方もこれでお終いと、正しいかどうかが未定の内に、逃げないように してください。 回答N0.9かな? 私が式を立てた分ですが、間違っています。 素直にお詫びします。 ・・・・・・・・  で、ですね・・・。 Caperさんの書いていただいたことに対して、 これを持って正しいと出来ます。  #論理学の専門が言っています。 ●専門家が言おうと、子供が言おうと間違いは間違いで、正しいものは正しいのです。 問題になるところが2番目のところですね。 これが背理法の元になるところですかね。 省略 2番の部分(背理法の部分と言ってもいいかな)は 「Aが真でかつBの否定が真である ならば 必ずAの否定が真になる」物を探してきます。と言う主張ですから。 式にすると、(A∧¬B)⇒¬A (a式にしておきます)ですね。 この(a)式は 対偶の式と明らかに違いますね。 「」のなかの (Aが真でかつ)の部分をどかしてはダメですよ。 省略 ●(Aが真でかつ)の部分を私がどかしたとのことですが、ご希望通りに (Aが真でかつ)を入れて(A∧¬B)⇒¬Aとしましょう。 [(A∧¬B)⇒¬A}≡{¬(A∧¬B)∨¬A]≡¬A∨B∨¬A≡¬A∨B≡A⇒B となります。つまりA⇒Bを証明するときに、¬B⇒¬Aを仮定するのはダメ と言う私の反論に対して、今度はA⇒Bを証明する前提にA⇒Bを仮定しているのです。これは同語反復と言う恥ずべき論法ですよ。 ・・・・・・・・・ ● 従って、以下の理屈には論ずべき価値はありません。専門家の意見などに惑わされず自ら考えるべきです。 省略 Caperさんとkabaokabaさんへ改めて御礼を。 ●礼など言うのは全員が恥をかくことで、不要なことです。  教えていただく筈の先生に申し訳ありませんが、酷すぎますよ。

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