邪馬台国はなかった??
お願いします。
今さらですが、いまだにどっちだなんてやっている邪馬台国論争のなかの、『邪馬台国はなかった』という説について、「『邪馬台国』は『邪馬壱国』」の間違いだというものがありますが、では『ヤマイチコク』というクニの実態は考古学的に実証されたものなのでしょうか。
ヤマタイであろうとヤマイチであろうと中国の文献にしか出てこないもので、実態がよくわからない条件は変わらないし、どちらの名前が正しかろうと文献に書かれている、倭国の政治機構や国々との相関関係が変わるわけではありません。ヤマタイでなかった場合、「どちらの名前が正しい」という論争は単に畿内のヤマト政権または九州のヤマト郡などの語呂合わせのご都合上の問題だけに思えてしまいます。
初めからヤマイチコクならば、「邪馬壱国○○所在説」などと言う、今と全く同じ論争があるだけだろうし、逆に「邪馬壱国は邪馬台国の間違いで、邪馬台国こそヤマトである!」なんてセンセーショナルな説が話題になってたりして、何ら今と変わらないでしょう。
実際に主張する先生方の著作を読めばいいことかもしれませんが、この論争を紹介する文面を見ても、間違いだという説の紹介だけで、『もし間違いだったらどうなのだ』ということが書かれていません。
『邪馬台国』が『邪馬壱国』だった場合、邪馬台国(という古代日本の政治形態解明や所在地)について考古学あるいは歴史学上どのような影響があるのでしょうか。
単に言葉の遊びならば、確かに「ヤマタイコクはなかった」ことになるので一般人にとってはすごく大変といえば大変ですが‥‥