• ベストアンサー

外人が日本の歴史について話した逸話

noname#25898の回答

noname#25898
noname#25898
回答No.3

軍事限定とは、書いていないので、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の逸話を。 日本にやってきて、棚田の風景に感動したハーン。 わざわざ、あのような、田を作るとは、日本人の美的感覚は、すばらしいと、言いました。 わざわざ作っているのではなく、狭く、急勾配のため、やむを得ずああいう形になっていると、教えられました。

関連するQ&A

  • 印刷の歴史が知りたいです

    21世紀の現在,世界中で,毎日膨大な情報がさまざまな形で行き交っていますが,18世紀や19世紀の欧米,明治時代や江戸時代の日本で,いわゆる「書籍」がどれほど印刷・出版・発行されていたのかに関心があります。データが記されている出版物やネットのページなど,ご存じの方がおられましたら情報をいただけますでしょうか。

  • 上野山で全滅した、彰義隊

    関が原合戦の東軍、西軍の軍隊数と、明治維新で起こった、鳥羽伏見戦争、会津越後宇都宮戦争、函館戦争の軍隊数は違いますが、日本国内の戦争では世紀の二大戦争だと思います、この中で徳川幕臣で結成され、わずか一日で上野山にて全滅した彰義隊、この彰義隊の隠れた秘話などが知っている方、その秘話を教えてください。

  • 薩摩藩ってすごい藩?

    「ドイツってすごい国?」をみて薩摩もすごいと思ったので質問します。 島津家は日本で(おそらく)唯一、鎌倉時代の守護大名からの歴史をもつ大名で、室町・戦国時代は九州最強を誇り、豊臣秀吉に逆らい、関が原では西軍につき戦闘をおこなうなど時の権力者に逆らいつつも領地を減らされることなく、江戸時代は参勤交代で全大名中最も長距離で負担の重い旅行を強いられ、徳川家は更に島津家を恐れ江戸防衛のため間に親藩・譜代大名を置き、名古屋城などの城を築いて万全の体制を敷いたにもかかわらず幕末には薩摩藩主力の新政府軍に倒されてしまいます。 このように、九州のはずれにある薩摩藩がこれだけ長い間、強大な武力とバイタリティーを持ち続けた理由は何でしょうか?鎌倉時代から明治時代初めまで(幕府を除けば)最強、悪くてもベスト3には入っていたと思うのですが、いかがでしょうか。

  • 日本における貞操観念の歴史について

    詳しい方教えてくださると助かります。 貞操観念は明治以降、西洋思想を吸収する際に付随して作られ、昭和になって広く広まったとする説もある一方、 源氏物語にも、ある種の貞操観念が見られる、と 小耳に挟みました。 実際のところどうなのでしょうか。 日本では昔から、祭りの際のフリーセックスや、政府が積極的に遊郭を作る、大名はホモが多い、などホモ、ヘテロを問わず性風俗に関してはゆるやかだったとされています。でも一方で独占欲や嫉妬もあり、そのため「貞操」が重視される、というのは昔からあったと思います。 勝手な想像ですが、 江戸時代女が男よりも多くなって、女性は操を守るなんていってられなくなり性風俗が乱れる。   ↓ 明治時代、西洋思想を輸入するに当たって、西洋人が日本人の性風俗を見てびっくりする。 彼らはキリスト教徒で、処女信仰なんてのもあるくらいだから当然の反応。   ↓ でもその反応を見た日本人が、「おいおい、うちらは性風俗乱れてるらしいよ、これは直さないと、文化的に遅れてると思われちゃうよ」といって反省   ↓ キリスト教起源の貞操のモラルをまねる   ↓ 今に至る。そろそろヨーロッパの物まねも飽きてきたので、ちょっと乱れてみる なんて思っています。多分間違っていると思うので、 誰か日本における貞操観念の変遷についての定説を教えてください。 よろしくお願いします。

  • 明治時代の外国人教師の名前を知りたいのです。

     明治時代に、日本政府は多くの外国人教師を雇って日本人の教育をした歴史があります。このなかで、ある逸話を聞いたことがあります。外国人教師が帰国するとき、餞別に何がほしいのか生徒が聞いたところ、「あの鳴く樹がほしい。」と答えたとか。彼は、おそらく北ヨーロッパ出身で(故郷に蝉がいなかったため)、蝉のことを知らなかったと思われます。そんな逸話のある外国人教師の名前を知っている方、お教えください。

  • フリードリヒ2世の初恋

     質問させて頂きます。  18世紀のオーストリア・プロイセンについて興味があります。  一般に「フリードリヒ2世(大王)の初恋はマリア・テレジアで、生涯忘れられなかった」と言われているみたいですが、何故でしょう?  一応、日本語で読める関連書籍は20冊近く目を通しているのですが、何処にも明確に書かれていないんですよね。  確かに、マリア・テレジアの結婚相手の候補にプロイセン王太子(フリードリヒ2世)が上がったことがあるのは事実で、フリードリヒの方も乗り気であったことは間違いなのですが……しかし、彼がわざわざウィーンへ行ってマリア・テレジアを見て一目惚れしたとか、恋に落ちたとか言うエピソードは、何が出典なのでしょう?  やはり、上記の話やフリードリヒがテレジアを政治家として評価していた点から、後世の人が勝手に逸話を作り上げてしまっただけなのでしょうか。

  • 平成時代の歴史的評価 漫画日本史 平成時代タイトル

    後 10年後の 日本史 漫画 平成時代のタイトルは何ですか  漫画 日本史 近世以後タイトル  安土・桃山時代  天下統一の道  江戸時代 1 江戸幕府開く 中期 元禄町人の世   後期 ゆらぐ江戸幕府  明治時代 前期 明治維新 後期 日清・日露戦争  大正時代  大正デモクラシー 昭和時代  戦争の道 太平洋戦争 2後期 戦後日本の歩み 以上だが 平成時代の タイトルは何になりますか  自分の案  1 政治改革 2 平成不況と格差社会  3 IT革命と情報化  質問2  平成時代史の項目は何になりますか 自分の 案 考え  1 社会主義国とバブル崩壊 2 政治改革と2大政党化 3 平成不況 4 阪神大震災とオウムテロ 5 小泉改革と 格差社会  6 IT革命と情報化 7 秋葉原文化 8 フリーター・ニートと少子高齢化社会 9 テロ戦争とアメリカ      

  • 日本はいつから工業大国になったのですか?

    江戸時代までは、武家社会で農業が国の主な産業だったと思いますが、何がきっかけでいつから工業国になったのですか? たぶん、明治時代頃からだと思いますが、日本はどちらかというと、かなり時代遅れな感じがしてます。 それが、いつの間にか、時代が変わってますよね。 第二次世界大戦前から日本はロシア、中国(清)にも 戦争で勝ち、世界大戦では負けたにしろ、戦艦や戦闘機などの技術力は当時では持ってたということですよね。 何故日本は工業国を選んだのですか? 現在でもほとんどの国が発展途上国だと思いますが、 何故、こんなにも差が開いてしまったのですか? 中東の国は地下資源が豊富なのでお金もってそうですし、ヨーロッパに近いからそれなりの技術力が伝わってもおかしくないと思うのですが。 それより日本の方が島国で、アメリカ、ヨーロッパから離れてるから遅れそうな感じがするのですが。

  • 大日本帝国

    知れば知るほどざくざくいろいろなことがわかる大日本帝国。 最近勉強しなおしたり映画見たりしています。いろいろお尋ねしたいところがあります。 1明治維新とはなんだったのか? 2日本の主権は関税自主権が奪われただけだったのか? 3坂本竜馬は莫大な資金をどこから手に入れた? 4居留地に関するあれこれ。 5天皇陛下は何回狙われた? 6そのとき歴史が動いた。あの時こうだったら、日本はこうなった的な。 7第一次世界大戦に関する情報が最近の日本には少ないような。ヨーロッパの戦いだったのか。いっぱい知りたいです。 8さすがに知る人は少ないかと思われますが、演歌のおおもとは演説だったという。やはり立憲君主運動のようなものをさすのですか?庶民が皆演説に参加したのか。 9アヘン戦争の影響を受けて明治維新へと突入したということで間違いないですか? 10江戸時代の金から貨幣経済に移行する苦労。 11傀儡?明治維新以降開国を余儀なくされ、本質は傀儡だったのか? 12その他、お徳情報あれば^-^。 わかる情報のみで結構です。ご意見お待ちしてます。

  • 「自由」という言葉の歴史について教えてください。

    「自由」という言葉の歴史について教えてください。 私は以前から、この言葉の概念はもともと日本にはなかったもので、明治の自由民権運動の頃に、欧米の思想を輸入して、それを中国の漢字を借りて表記し使いだしたものだろうと漠然と考えていました。ところが、、最近入手しました平安時代の11世紀後半のものと思われる貴族の家訓書のような文書(漢字平仮名交じり文)のなかに、「ごたい自由」とか「不自由にて」という表記で出てくるのです。      そこで、これは古代に中国からきた言葉であり、その頃から日本にあるものではないかと思いネットで調べましたところ、岩波文庫の某書のなかに、「中国には、自由を意味する言葉がない。」と書いてあり、結局どう解釈すれば良いのかわからなくなってしまいました。  質問をまとめますと。  1、日本では、江戸時代より以前にも「自由」という言葉があったのかどうか。もしあったとしたら、   一般的にはいつ頃からのことなのだろうか。  2、「中国には、自由を意味する言葉がない」ということは事実なのだろうか、それは、現在はないが    古い昔にはあって、それが日本に来ていたということなのだろうか。 というようなことになりますが、ご教授宜しくお願いいたします。