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「恩讐の彼方に」、文中の年代について

  標題の短編小説「恩讐の彼方に」について、以下の事柄をお教えください。   菊池寛「短編と戯曲」文芸春秋社1988年を底本とするものによる本文中に  記述がある年代は、   江戸を出奔した 安永3年 (1774年)   洞門の掘り始め 享保9年 (1725年)   洞門貫通のとき 延享3年 (1746年)  となっています。   西暦は、小生が確認するために付したものであり、いずれも和暦しか記載は  ありませんが、年代が不整合です。   これは、転記ミスでしょうか、それとも原本に誤りが あるのでしょうか。

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回答No.1

こんなサイトを見つけました。 これによると、小説中に記載された実之助の年齢などを手掛かりに、安永3年 (1774年)は享保3年(1718年)の誤りではないかと推定されています。 ご質問の回答としては「原本に誤りあり」となるかと思います(大作家の小説にも意外に細かなところに誤りがあることはあります。もっともそれは作品の評価を現ずるものではありませんし、細部に拘泥しないところも逆に大家ゆえといえるかもしれません)。 ご参考になれば幸いです。

参考URL:
http://www.ffortune.net/social/seso/nihon-edo/aono-domon.htm
roshunante
質問者

お礼

 zephyr-breeze さん 早速のご教示感謝致します。  普通、時代考証を行って年代の設定などをするはずが、 なぜ誤謬が生じたのか疑問でした。 「青の洞門完成?(1763)」を拝見して、同じ疑問を持っ た方がいらしたこと、検証をしていることに接して安堵い たしました。  それにしても、関連サイトを見付けられた貴方も、たい したものです。

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