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想像について

  • 質問No.1302663
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お礼率 14% (2/14)

想像というのは、その人が今まで見てきた映像や画像、聞いたり読んだりした言葉や、その他いろいろな記憶の集大成(?)なんですか?

例えばある人物をパッと想像するだけでも、顔や髪型、服装のような映像の情報だけでなく、
想像しているのは誰なのか、その人に持つイメージとか、そういう映像にならないような情報など、
膨大な情報が動いて、やっと想像が出来るんでしょうか?


ということは、他人と同じ物を見ることは出来ても、
同じ記憶や感性を持っていない限り、
同じテーマを出されても同じ想像をすることはほぼ不可能なわけですよね。

回答 (全2件)

  • 回答No.2

ベストアンサー率 100% (1/1)

私は「他人と同じものを見る」ということもないと思いますよ。同じ花を前にして、「きれいな赤よね~」って2人で感嘆していても、その2人の「きれいな赤」体験はおそらくちがうでしょう。yamamo170cm さんがおっしゃるように、それぞれの人の感性とかそれまでの記憶とか傾向とか文化とか、もろもろで。それでも、私達は「あ~きれいだ。きれいな赤だね」という瞬間をこころから共有できるのですよね。そう考えると、自分達をいとおしく感じませんか?私は感じます。

想像も、同じ想像をすることはないと私は確信しています。ただ、ユングの元型じゃないですけれど、人間全体としての体験ってのが積もっていて、その部分がイメージとしてでてくるときには、同じ「ような」イメージを全然ちがう背景の人たちが「想像する」(イメージとして想起する)ということは確かにあるようです。遠く離れたところ/時代に同じようなイメージや神話のモチーフがあったりとかいうように。

それから、「イメージの自律性」って言葉があります。(ご存知かもしれません。)数十年前までは、「想像する」っていうのは、人間の意識の自由を象徴する機能だみたいに哲学されていました。つまり、私があるものを想像しようと思うと、私の思うがままに自由に想像できる、と。ところが、最近は、いや、そうではない、と言われてきています。イメージにも自律性があって、「私」にかかわらず自然と沸いてきたり、あるものを想像しようと思っているのに別のものがイメージとして浮かび上がってきたり、想像しているイメージがひとりでに展開して変化していったり、という体験、ありませんか?イメージの自律性とは、そういうことです。じつは、「想像」というのは、私達が主体としてあるものを思い起こして想像する、というだけでは説明がつかない現象だということです。

yamamo170cm さんの質問の意図からは、ずれてしまったかもしれませんね~。どうして、「同じ想像をすることは不可能」ということを思うようになったのですか?
  • 回答No.1

ベストアンサー率 8% (102/1147)

面白い疑問だと思いました。基本的にはあなたの考え方は正しいのだろうという印象を持ちました。想像は記憶の総合されたものだろうと思いますが、私は記憶の中には大脳皮質によるものだけでなく、小脳による記憶というのが意外に大きいのではないかと思います。ただ私は、いわゆる素人ですから、これは単なる想像です。想像の中で言葉が関係していないものは小脳が関係していないだろうかと思っています。想像という言葉もそれこそ人によってその意味が違うかもしれません。例えば、ギターを想像してみろといわれた時、ギターを見たことがない人、ギターを聴いたことがない人、ギターを弾いたことがない人、等いろいろな人がいますが、こういう人達はどのようにギターを想像するでしょうか。ギターの演奏家になると反って想像できないかもしれません。
お礼コメント
yamamo170cm

お礼率 14% (2/14)

回答ありがとうございます。
小脳が関係…ですか。参考になりました。
投稿日時:2005/04/02 22:55
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