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召集令状は断れなかったのですか
兵隊に向いていない男は絶対にいると思います。 太平洋戦争中に召集令状が来ても、断れなかったのですか。
- satoshi2017
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- f272
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召集令状が来る前に,20歳になった時に全員徴兵検査を受けています。そのときに兵隊に向いていない男であれば丁種(障碍者),戊種(病者)になって召集令状が来ることはありません。 召集令状が来たら断ることはできません。理由なく召集に応じなければ罰金刑もしくは拘留に処せられます。
- japaneseman5963
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三島由紀夫は仮病でのがれたとと言われています(結核みたいな、医者にニセ診断書を 書いてもらった) 私の親は平時に入隊しましたがその後指を負傷、年齢的にも赤紙は来なかった もっぱら送り出す方で生き延びたけど戦後栄養失調みたいなので死にました
- MIKI-PAPA
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「絶対に断ること」は出来ませんでした。それが戦争と云うモノです。 私は、当時旧制中学3年生(満15歳)で奈良(現丹波市市)の海軍航空隊に甲飛練習生を志願して入隊したので「召集令状」に付いては知りませんが、断れば「厳しい罰則(懲役)」があったように思います
召集令状は、国からの命令です。 兵士としての適性検査があり、それに落ちない限り、召集されます。 拒絶はできません。 向いて居るかなんていうのは、基本的にありません。 なんでも労働力としては必要となるからです。 荷物を運ぶだけの労働者だっていくらでも必要なわけです。 適性が必要ない仕事はいくらでもあるわけです。 拒絶は、上に書いた適性検査があるわけで、これに逃れるようにしようとした人はいますが、そのために一切の食べ物を食べさせず、ガリガリに痩せさせてまともに働くこともできないようにして、兵役を免れたと言う人はいますが、そもそも、兵役を免れたところで、寝て居るだけしかできない状態になります。 戦時などは、労働力が欲しかった時代に、寝て居るだけの人を養えるような家というのはほとんどありません。 また、そういう事は自宅周辺ではいくらでも噂が立ちます。 村八分となり、そもそもそういう地区ではまともに生きていけなくなります。 当たり前ですけど、戦時に生活保護や、人権なんてものはないですからね。
- eroero4649
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まず徴兵のシステムから説明します。 大日本帝国では、20歳になると徴兵検査を受ける義務がありました。ここで心身の検査がされて、甲種もしくは乙種と判定されるといわゆる合格となり、兵役の義務が発生します。丙種、丁種などに分類されると不合格なので兵役には就かなくて済みます。兵役には就かないで済む反面、特に地方では「あいつは兵隊にも採用されない使えないやつ。地域の恥さらし」と差別されたようです。 2年間の兵役の義務を終えると一旦除隊となり、その後は「予備役兵」となります。これは平時は軍役につかなくても、戦時になって予備役呼集がかけられるとまた軍役に復帰しなければなりません。「召集令状」や「赤紙」と呼ばれるのはこの予備役の呼集のことを指します。 この場合は既に一度軍役に就いて兵隊としての適性はあると判断されていますから、拒否はできません。 我が国において「義務」を断ることがどのくらい社会的にリスクを負うかは、「俺ァ税金なんて払わないぜ」とやってみるとよく分かると思いますよ。国からうるさくいわれるだけじゃなくて、「納税は国民の義務ですよ!」と見知らぬ人からお説教をされることを逃れることはできません。
- lolipop-sapporo
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>兵隊に向いていない男は絶対にいると思います はい、そうです。そのために太平洋戦争終結までの日本では、20歳に達した成人男子は全員徴兵検査を受けることが義務付けられていました。 「甲種」「乙種」合格の男性は即入営となったそうですが、「丙種」以下だとそうではなかったようです。ただし、戦争末期になると、兵員不足のため「丙種」の男性にも召集令状が届くようになりました。 >召集令状が来ても、断れなかったのですか 当時の「兵役法」によると、「兵役を免れるために逃亡し、または身体を毀傷し、詐病、その他詐りの行為をなす者は3年以下の懲役、現役兵として入営すべき者が正当の事由なく入営の期日から10日を過ぎた場合は6月以下の禁錮に処せられ、戦時は5日を過ぎた場合に1年以下の禁錮、正当の事由なく徴兵検査を受けない者は100円以下の罰金に処せられる(74条以下)と規定されていた」そうです。
お礼
申し訳ありません。僕の質問の文章が拙かったので、誤解を与えてしまったかも知れません。 僕の言う「兵隊に向いていない男」というのは、「殺し合いが大嫌いな男」という意味です。その徴兵検査で「殺し合いが大嫌いな男」を排除することが出来たのでしょうか?
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お礼
申し訳ありません。僕の質問の文章が拙かったので、誤解を与えてしまったようです。 「兵隊に向いていない男」というのは、「殺し合いが大嫌いな男」という意味です。「障害者」や「病者」のことを言っているのではないのです。