- 締切済み
弛い付き合い方
これが出来ない方達との付き合い方が解りません。これまで結構あちこちでこのようなからに出会って来ました。 葬儀があると村中総出で仕事も休み手伝う村に母方の祖父母がよそから移住して、数十年後に祖父が亡くなった時、此方として皆さんに申し訳ないから葬儀屋さんを使おうとしたら、誰も来てやらないと立腹され申し訳ない思いで従来取りのやり方で皆さんに甘えてしまいました。通夜または葬儀会場になるべく列席し、どうしても都合が付かない時には香典や弔電を送ると言った弛い付き合い方が何故出来ずにべたべたした関係を遠慮したら一気に飛躍してよそよそしくなるのか解りません。 転勤である田舎を出る時も、当日のお手伝いは非常に感謝しましたが、前日からお茶を沸かして準備して頂くのを遠慮したら手伝いにも来ないと言われてしまいました。大昔ならともかく時既に平成の初期でペットボトルのお茶が出回っていましたか此方としてては皆さんに申し訳ないと思って事でした。
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
みんなの回答
- hue2011
- ベストアンサー率38% (2801/7250)
質問になっていない愚痴ですけど、「こんなことがありますか?」という質問だと思って回答します。 田舎にいくほどこれはあります。 雨がふってくるかなと思って急いで帰ると近所のおばちゃんが洗濯物を勝手に片付けてくれていたり、どっかからのもらい物を、勝手にドアを開けて勝手においていったり。 何かがあったらすぐに助けてくれようとします。しかし何かがあったときに隠そうとしたらおおきに機嫌を害します。 いいともいわないのにこちらの縁側に勝手にはいってきて座り込み話を始めます。もちろんこちらからそれをやるのも全然ウェルカムです。 どの家にも、250ミリリットルのペットボトルのおーいなんとかというお茶が箱で置いてあって、飲んでけといいます。 ドアはあってもないようなもので、さっと勝手に開けて入ってきますし、びっくりしたり嫌な顔をするのは最初から想定していません。 全く面識もない人の母親だったか誰かが死んだというときには部落中に知らせが回り、全くつきあいもなくても葬式には参列する必要があり、当然香典を持っていく義務があります。そして場合によってはそこの息子さんと一緒に棺を担ぐ手伝いもする必要があったりします。 これはこの場ではおわらず、すぐ後にくる彼岸とか新盆のときも行って幾分置いて線香をあげる義務があるのです。もちろん参加しないという自由はあって、それは自分のところでもその日は法事だといえばいいのです。 しかしその法事を自宅でやるならみなさんは当然やってきます。遠く離れた自分の実家でやるといえばいいのですが、ご仏前だけはやってきます。 何をやったか、誰の祝儀不祝儀だったのか、自分のところはどうなのか、がだんだんわからなくなります。 これが田舎というものなのです。 こういう絆を大事にしておかないと、天災を含む非常時にだれも助けてくれません。その代わり絆を結んでおけば丁寧の上にも丁寧な助け合いは保証されます。 要するに、ここに住むにはこれを受け入れなければならないのです。 私生活だのプライバシーは存在しないのです。 いやだったら東京に住むことにして、隣の人間が誰かもわからない生活にするしかないのです。