美的感覚の先天的な要素と後天的な要素とは?

このQ&Aのポイント
  • 作風、美的感覚は先天的な要素と後天的な要素の両方が関与しています。ポップス歌手など同じ人が作るとある程度ヴァリエーションがある一方、画家の作風は変化することがあります。
  • 作風の変化は人生のイベントや信仰の変化、旅行、団体への所属、時代の影響などによるものです。美的感覚は一貫性と変化のバランスがあり、個人の傾向や経験によって形成されます。
  • 美的感覚は経験や時代の美的基準に影響される一方、個人の感じる美しい世界やセンスも持続します。作風は表現したいものによって変化し、美的感覚が一定であっても表現するものが変わることもあります。
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作風、美的感覚って先天的、後天的?

ポップス歌手など同じ人が作るとある程度ヴァリエーションがあったとしても、だいだい曲風が似ている気がします。 しかし、たとえば 画家のように作風が変わっていくことがあります。人生のイベントによる信教の変化、旅行などや属する団体などからの新しい作風との出会いや時代の影響などです。 私が気づいている範囲ってこれくらいですが、一貫性と変化ってどういい原因で起こるんでしょうか。 その人の美しい感覚、このむセンスって傾向は持ち続けるとは思うのですが。 美的感覚がからむので金銭感覚のように経験によるものなんでしょうか。美的感覚には服などのように流行やあきるとかもあったり。 磨くということは、たくさんのものにふれて自分の美的センス、自分の感じる美しい世界に気づいていくことなんでしょうか。それとも時代の美的基準に影響されるもんなんでしょうか。 例えば、前衛から保守的に転向していくなどあるのでしょうか。 それともその人がうつくしいと考えるのは不変なんでしょうか。経験により変わるものでしょうか。 また作風は表現したいもので変わるのは美的感覚が一定でも表現したいものが変わるからでしょうか。 すいません。いろいろ書き並べてみまして。

noname#209756
noname#209756

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  • ベストアンサー
  • dogday
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回答No.1

最初に知らなきゃならないことは、美しいという感覚は、感情であって、刺激で想起されること。 変化のない同じものを見てたら感動は薄くなります。美人は3日で飽きる。 作品って、発表し続けることで作風が生まれるので、 先天的な才能だけだと、限界に達したところで同じものしか作れなくなるので、芸が枯渇します。 後天的には、発表し続ける職人的技術の量産性が必要。 このバランスが天才と秀才の分かれ目。 早逝すると変化が途中で止めってしまい、そこまでの評価で止まるので天才は生まれやすい。 最初は天才的でも、時代の変化で評価され続けて生涯天才はそうそういない。 ポップスは流行歌であって、流行に逆らったらポップスじゃないし、 同じ流行を作り続けなければ、新しい他の人が主流になってしまい、流行から取り残されやっぱりポップスではなくなります。 そのためには先天的才能を発揮し続けるための燃料が必要で、それは必ず後天的なもので、外部刺激から受け取るものなので作風が変化します。 一貫性が変化したら、ゼロベースでいちからやり直すってことなので、それができるなら2倍の才能があるってことで、後天的な技術面で天才的。 磨き続けたら、ずっとすり減ってしまいます。自分の加齢により時代の美術基準をさらに盛って、また磨かないと。それが創作の燃料。 >例えば、前衛から保守的に転向していくなどあるのでしょうか。 知識や経験の足りないうちは誰でも前衛です。保守になるほど知識はない。 王道を知った上で、再度、前衛になるか保守になるか選択を迫られます。 >それともその人がうつくしいと考えるのは不変なんでしょうか。経験により変わるものでしょうか。 普遍じゃないですね。美は物体の一側面でしかない。 裏側や別の面を深く知ることで、醜いものも美しく感じるし、ダイヤの原石は磨かないと光らない。 外見は中身の一番外側なんですが、本質を知るには割ってみるしかない。 そのためには、美しいものを壊す覚悟が必要で、一側面の美だけとらえ続けたら、芸術じゃなくて作業になっちゃいます。

noname#209756
質問者

お礼

先天的だけだと限界・・・これって美味しいという味が変わるということとかと似ているかもしれません。 ビールは子供の時、苦いだけですよね。 燃料が必要ってアイデアと似てますね。 ご回答ありがとうございます。

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