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論理的帰結について。 ヘルプをお願いします

《論理的帰結》にかんして質問いたします。  p = (x = 1)∨(x = 2)  q = (x = 1) このとき、  「qはpから帰結されない」 でよろしいでしょうか。 p⇒qは、 推論として偽なので 「qはpから帰結されない」でいいと思うのですが… 実は、哲学カテに論理についての質問がありまして、 数学カテの皆さんにできましたら、回答を寄せていただきたいと思いまして。 わたしが答えていいのですが、自分の回答に確信がもてません。 ヘルプをお願いできませんでしょうか? http://okwave.jp/qa/q8176882.html http://okwave.jp/qa/q8176882.html 質問名は、 「論理学について」 です。

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http://okwave.jp/qa/q8176882.html を見ました。(こんな、基礎的でかつモロに宿題丸投げの質問は「コタエだけ教えてもらっても勉強になんないよ。自分で教科書読みなさい!」ってことで放置して良いと思いますが、それはさておき)  論理を定義する流儀によって用語や話の順序が異なるために、キチントやるには背景(「どう教わったの?」)を知る必要があるんですけど、ま、要するに以下のような話かと思われます。 ●「文」というのは命題のことでしょう。 「AならばB」というのは「Aでないか、またはB」の短縮形だと思うことができる。すると命題は、以下のどれかの形をしていると言えます。  アトム (真か偽かのどちらかであるような要素で、これ以上分解できないもの)  命題の否定  命題と命題の選言 (「または(∨)」でつないだもの。順番は関係なし)  命題と命題の連言(「かつ(∧)」でつないだもの。順番は関係なし) ●さて、命題は以下の三通りに分類できます。 「恒偽(矛盾, 充足不可能)」: 命題を構成するアトムにどんな風に付値(真か偽を割り当てること)を行っても、命題が真になることがない(命題を充足するような付値が存在しない。命題を充足するモデルが存在しない。どう解釈しても命題が充足できない)ということ。 「恒真(トートロジー)」:命題を構成するアトムにどんな風に付値を行っても、命題が真になる(あらゆる付値が命題を真にする。あらゆるモデルが命題を充足する。解釈によらず命題が充足される)ということ。(「同義反復」と呼ばれることもあります。qa/8176882では「論理的真理」という用語を使っているようですが、「(宇宙の)真理」みたいな神がかった話と混同しやすいから紛らわしくていけません。) 「整合的(充足可能)」:「矛盾していない」ということ。つまり、命題を構成するアトムに旨い付値を行えば、命題が真になるようにできる(命題を充足するような付値が存在する。命題を充足するモデルが存在する。ある解釈によって命題を充足できる)こと。 ●否定・連言・選言については(言わずもがなですけど):  ある命題fの否定¬fがある付値において真であるとは、その付値においてfが偽であること。  ある命題fの否定¬fがある付値において偽であるとは、その付値においてfが真であること。  ある命題fとgの連言f∧gがある付値において真であるとは、その付値においてfとgが共に真であること。  ある命題fとgの連言f∧gがある付値において偽であるとは、その付値においてfとgの少なくともどちらかが偽であること。  ある命題fとgの選言f∨gがある付値において真であるとは、その付値においてfとgの少なくともどちらかが真であること。  ある命題fとgの選言f∨gがある付値において偽であるとは、その付値においてfとgが共に偽であること。 となれば以下は当然。  ある命題fが恒真なら、fは恒偽ではなく、fは整合的。fの否定は恒偽。  ある命題fが恒偽なら、fは恒真ではなく、fは整合的ではない。fの否定は恒真。  ある命題fが整合的なら、fは恒偽ではない。fの否定は恒真ではない。(fの否定は恒偽であるか、あるいは整合的。)  ある命題fとgが恒真なら、fとgの連言 f∧gも恒真。fとgの選言f∨gも恒真。  ある命題fが恒真, ある命題gが恒偽なら、fとgの連言 f∧gは恒偽。fとgの選言f∨gは恒真。  ある命題fが恒真, ある命題gが整合的なら、fとgの連言 f∧gは整合的。fとgの選言f∨gは恒真。  ある命題fが恒偽, ある命題gが整合的なら、fとgの連言 f∧gは恒偽。fとgの選言f∨gは整合的。  ある命題fとgが整合的なら、fとgの連言 f∧gは恒偽,恒真,整合的のどれでもありうる。fとgの選言f∨gは整合的。  ある命題fとgが恒偽なら、fとgの連言 f∧gも恒偽。fとgの選言f∨gも恒偽。 ●「文の集合」は「いくつかの文の集まり」と同義でしょう。 「いくつかの文の集まり」「文の集合」:  「いくつかの文の集まり」がある付値において真であるとは、その付値において文(命題)fと文(命題)gを共に真であること。(つまり、その付値において連言f∧gが真であること)  「いくつかの文の集まり」がある付値において偽であるとは、その付値において文(命題)fと文(命題)gの少なくともどちらかが偽であること。(つまり、その付値において連言f∧gが偽であること) ●「論証(推論)」:  命題p, qについて「前提pから結論qを導く」ということ。 ●「妥当な論証」:  前提とする命題pを充足するようなどんな付値でも、結論となる命題qを充足する、ということ。  特に、pが恒偽である時には、どんな結論qを持ってきても「妥当な論証」になります。また、qが恒真であるときには、どんな前提pを持ってきても「妥当な論証」になります。  「前提pから結論qを導く」が「妥当な論証」であるなら「pならばq」は恒真であり、「pならばq」が恒真なら「前提pから結論qを導く」は「妥当な論証」です。 ●「非妥当(な論証)」:  前提pを充足するような付値であって、しかも結論qを充足しないようなものが存在すること。(特に、qが恒偽であるときには、どんな前提pを持ってきても「非妥当な論証」になります。)「前提pから結論qを導く」というのが「妥当な論証」ではないなら、それは「非妥当な論証」です。 ●「帰結する」:  命題pから命題qが帰結するというのは、「pを充足する付値ならどれでも、qを充足する」ということ。つまり、「前提pから結論qを導く」というのが「妥当な論証」である、ということ。 ●「帰結しない」:  「前提pから結論qを導く」というのが「非妥当な論証」である、ということ。 ●「(論証の)前提を付け足す」:  前提pを、pと命題fとの連言 p∧fで置き換えること。 ●「(論証の)前提を取り去る」:  前提が命題fと命題gの連言f∧gであるとき、これをfで置き換えること。

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質問者からのお礼

丁寧な解説ありがとうございました。 あの質問を読んで以来、あたまが混乱してしまっていたので、非常に助かりました。 ありがとうございます。 さいわい、回答が一つ寄せられたようなので、 あの質問には、ご助言どおり、答えないことにします。

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