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子孫を残す・子孫に受け継ぐための人生観がわからない

私は子孫を残すため・遺伝子に限らずとも子孫に何かを残すために生きるという生物学では鉄板となっている考え方がサッパリわかりません。そのなぜその発想に繋がっているのかというのが普遍的な常識になっているためか詳しく解説しているものに出会ったこともありません。ダーウィンのように適応性を求めるにしても他の方法ではいけないのか、寿命のない生物もいますがなぜそれよりも子孫を残す方法で種の存続・反映を図るのが圧倒的にメジャーなのか。そもそも種が滅びることはいけないことなのか、全く理解不能です。

noname#213069
noname#213069

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回答No.4

今の地球の人口が70億とからしいですが、間も無くピークを迎えると思います。 ピークを迎えた後の数十年、緩やかな淘汰が始まり人口は減っていくでしょう。 と言うのは、2045年にコンピュータの知能が人間を追い越すと、今度はコンピュータが人間を必要としなくなるからです。 機械化が進んだ結果、社会を動かすのに必要な人の数が減るのです。 アンドロイドが人間に取って代わるという未来は楽しそうですが、実際はもっとリーズナブルです。 企業同士の競争もコンピュータが代わりに行うようになるでしょう。 最終的には、コンピュータを監視する人間だけが残り、他は情報のみが飛び交う世界が繰り広げられるでしょう。 凄く質問内容と違いますが、子孫を残して代を終える人間より、コンピュータの方が優れているという事ですね。 もしかすると、コンピュータが人類の進化系であり、行き着いた最果てかも知れません。

noname#213069
質問者

お礼

所詮は生物、永く生きて自分自身で直接世界を維持し続けることができず、現実解として子供を作らなければ未来のない機械に劣る存在。機械とはそれを超えた究極生物といえますね。輪廻からの離脱って感じもします。人間をやめることは悪いことのようで実は大いなる進歩。とても面白いです。ありがとうございました。

その他の回答 (9)

回答No.10

たとえば自分のために生きるのが人生だという人がいたとして、そのために他人の価値を享受する必要はあると思います。そこで自分が搾取享受一辺倒だと大多数のフェアにやっている人からひんしゅくをかって排斥されて自分のためではなくなります。もし全員がフェアでなければ価値を為すことが意味を成さない奪い合いの安心して暮らせない世の中にしかなりません。それが自分のためだという人はよほどの強者でそれゆえに強者の理屈に出られるのでしょうけれども、その人もどこから不満が爆発するかわからないので安心はできず結局自分のためではなくなると思います。ここまで考えると価値を為して対価をもらう場としての社会の意味はわかると思います。そしてそういう社会の繁栄に寄与することの大切さも。現代の繁栄に寄与することは現代の繁栄を次世代へとつなげる意味もあり、その意味で受け継ぐということと表裏一体のものだと私は思います。

noname#213069
質問者

お礼

万人の万人に対する闘争の防止のために社会のことも少しは考えなければいけない、その発想はいい教訓になりました。ありがとうございました。

回答No.9

頭でわかったり、理解したりする必要なんかありませんよ。 下半身でセックスするだけです。生で。頑張って下さい。 セックスしないと、あなたの種が滅びます。

noname#213069
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

  • yuniko99
  • ベストアンサー率15% (31/204)
回答No.8

種が滅びた例は山ほどあります。中小企業じゃないですが 多くの種は滅びます しかし滅びずに 種としては何億年と生きてる種もあります 生命を考えても40億年存在のバトンをつないで来ました そこにはもう生きる魂があると言うほどです 人類も説によっては数百万年タスキをつないできています なぜ詩があるかといえば 固体は傷付き旧型になってしまい 新しい可能性がなくなるからです 尤も動物はそうでも 人間はその限りではなく 脳さえ衰えないなら 死なない方がいいのですが どうしても死んでしまうので 種としては子孫を残して永遠に向かって(飽くまで向かってですが) 子孫に受け継いでいかなければなりません 勿論女性でも子供を作らない生き方もあると思います それは尊重されるべきです。 ただ子孫を受け継いでこなかったら 今の貴方も私も存在してない 居なかったという事です。 貧しく弱い時代を乗り越え 戦争で何百万人と言う人が死ぬ事態も乗り越え 人間は種をつないで来ました。 おかあさん と呼べばお母さんの姿が目に浮かびます 子孫を残す人生観は 未来に人間の世界を存在させるための考えです 自分も頑張り 子供にも託すのです。遥か未来の彼方まで・・・

noname#213069
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

  • k_kota
  • ベストアンサー率19% (434/2186)
回答No.7

基本的には自然科学には主観も概念もありませんので、いわゆる哲学ではどうにも出来ません。 自然科学というのは事実を翻訳してるもので、個人の主観に依らないことが重要です。 >私は子孫を残すため・遺伝子に限らずとも子孫に何かを残すために生きるという生物学では鉄板となっている考え方がサッパリわかりません。 これは厳密に言うと「子孫を残さない種は滅びていくので、結果的に子孫を残そうとしてる種だけ残る」というのをわかりやすく言ってるものです。 >寿命のない生物もいますがなぜそれよりも子孫を残す方法で種の存続・反映を図るのが圧倒的にメジャーなのか。 永遠に寿命の来ない生物も環境によっては死ぬでしょう。 子孫を残す場合は進化により変化が起こります、これが環境変化への耐性となりますので、種として無くならない要因になります。 >そもそも種が滅びることはいけないことなのか いけないかどうかの判断をする存在はいません。いけないと思ってる人間がいる場合は保護するでしょう。 ただ、滅びた種は今はいません、常に地球には「滅びていない種」だけがいます。

noname#213069
質問者

お礼

客観的な視点ですね。自然科学は哲学のない中立な学問であることを知って安心できました。ありがとうございました。

回答No.6

 生命というものをどのようにとらえるかで、質問の形が変わってくるのかも知れません。  この質問文では、生命はなぜ子孫を残すのか?あるいはなぜ子孫を残すために生きるのか?と問うているんだと思いました。子孫を残すことで新たな“何か”を求めているように思える生命に、他の方法でもいいのではないかと。  そして生物学としてのとらえ方の“鉄板”とは、進化論の事を言っているようにも思いました。  考えてみれば、子孫を残さない生命体ってないですよね。  たとえを思い付きました。  お鍋に水を入れコンロで加熱すると、泡が出てきます。  じっと見ていると、なにもないおなべの底から突然気泡が現われて、おなべの底から離れたと思うと水面にあがって、あっという間にパチンとはじけて消えてしまいます。  現われては消え、現われては消えて、見ていると不思議を感じます。  おなべと水と火の三つの接点から、なにもないようなところから・・・“無”・・・から、泡が現われます。  でも、その泡が水面に到着すればあっという間に消えてしまいます。  もし、この泡が他の泡とくっついて新たなる泡になったなら、なお不思議ですね。  新たなる泡はまた他の泡とくっついてさらに泡となって存在し、そして存在し続けたら・・・  泡はそれ自身で存在し続けるようになって、そうなればこれはもう自身で、自身を存在し続けようという活動とみなせます。  こうした活動をする物体を生命体というのであれば、生命とは子孫を残すための活動、といえます。  この質問文には生命を化学的に、また物質的にコントロールできないか、との趣旨があるようにも感じますが、知識がないので答えられません  ☆ apronさんの問いを正しく受け止めての感想になっているとは思いません。質問からの連想を“回答”としてみました。

noname#213069
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

  • mmky
  • ベストアンサー率28% (681/2420)
回答No.5

>そもそも種が滅びることはいけないことなのか、全く理解不能です。 ○そうですね。種の保存がなぜ必要なのかの説明がないですね。 これ、信じられないような話だから誰も考えもしないんですね。唯一、2500年ほど前に釈尊がといたのですが、理解したものは僅かで、今では理解さえできないですね。 あえて、書いておきますとね。全ての3次元的生き物は環境に適合する乗り物として創られたものなんです。 乗り物ですから、それに乗る者が存在するはずですね。それに乗るものは3次元以上に存在する生命体なのです。3次元の乗り物がないと3次元以上に存在する生命体は3次元で生きることはできませんね。 3次元の乗り物こそが種ですから種を保存しないと、肉体をもって生まれ変わることができないのですね。 地球では人間型ですが、宇宙にはありとあらゆる種があるのですね。サルや亀や蜘蛛、恐竜やライオン種で生きるしかない生命体もいるわけですね。 人間型種は地球型の星に適合してますので大事に保存しないといけないのですね。保存できないと犬やねこなどにしか生まれ変わることができなくなりますからね。それでもよかったらということなんですが、にわかに信じがたい話でしょう。 でもねこれが本当の世界観なんですよ。ソクラテスはこれを知っていたから知らないものを「無知の知」といっていたのですよ。釈尊は、漢文訳で「色即是空、空即是色」と言ってますね。色が種ですね。空が生命体のことなんですよ。 だから人類は営々と種を保存しているのですね。最初の人類が知っていたことを忘れないようにということで高等宗教や哲学があるのですが、難しすぎるのか、生きることに忙しくて忘れ去られていますね、でも基本は何も変わらないのですね。疑問に思うものが一人でもいれば答えはいつでもあるようにはなっているのですね。

noname#213069
質問者

お礼

生まれ変わりがある宗教であれば同種の生命を作らざる得ないということですか。生まれ変わりがあるかどうかは別にして教えてもらうことのできないような仏教の基本中の基本を知ることができて勉強になりました。ありがとうございました。

回答No.3

あなたがそう思わないなら、そういうあなたの遺伝子は残らず、進化は常に種の維持に収斂するのです。

noname#213069
質問者

お礼

そもそもそう思わない地点で生物としての義務がなく、むしろ無理して子供を作れば迷惑をかけてしまいますね。ですので私は自由に生きることが生物としての義務なのかもしれませんと気づかせてくださいましてありがとうございました。単純な答えですがよく考えてみると深いです。

  • yasuto07
  • ベストアンサー率12% (1344/10625)
回答No.2

あなた自身が答えでしょう、、、。祖父、祖母、チチハハ、あなた。続いているでしょう。 答えはあなた自身、あなたが止めても、祖父祖母の兄弟、父ははの兄弟、あなたの兄弟、と、止まらない流れです。

noname#213069
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

  • zkxzm4kz
  • ベストアンサー率11% (601/5075)
回答No.1

別にわからなくていいんですよ、 わからないまま生物は子孫を残して遺伝子を次へ繋げていくんですから。 あなたの遺伝子がここで止まっても、親族間に残っていて次へ繋いでいくんですから。 人類もなんどか絶滅の危機があって、生き残った人達の遺伝子が今日あるわけですし、 その人たちは別にそんなこと考えてなかったでしょう。 種はいつか滅びます、気にしないでください。

noname#213069
質問者

お礼

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